〜優しい君と、交換条約〜
キーンコーンカーンコーン……
5時間目終了のチャイムが、真っ白な部屋に鳴り響いた。
白浜さんは今にも泣きそうな顔でうつむいている。
いつもはツインテの髪をはずしていて、きれいな長い黒髪が、柳のようにしなだれている。
そんな、過去があったのか。
僕も呆然として、チャイムが鳴り終わった部屋は、静けさに包まれた。
「……全部私が悪いの。私が、大切な人を傷つけてしまったせいで。私が、……ヴァンパイアなせいで」
ポツリポツリと語る彼女の声は、悲しみと自虐で満ち満ちている。
やっぱり、彼女はヴァンパイアだったんだ。
…白浜さんの過去を、初めて聞いた。
血を飲まなくなった理由。
学校であまり人と関わらなくなったわけ。
こんなにも、重いものを抱えてたんだな。
今まで、完璧だと思ってた。
周りの人間たちは、彼女の容姿と性格だけで、羨ましい、僕達とは違う、とレッテルをはってしまう。
勝手に羨ましがって、勝手に妄想して。
自分が、恥ずかしくなった。
ーー僕は思わず、彼女を優しく抱きしめた。
「えっ、榊くん!?」
たぶん今、白浜さんは顔が赤くなっているんだろう。
体温がフワッと高くなって、耳たぶが赤い。
こんなときなのに、そんな反応にかわいい、なんて思ってしまった。
「…辛かったね」
僕はポン、と彼女の頭に手をのせた。
さらさらの髪が乱れないように、こわごわと。
「っ……」
白浜さんが、僕のシャツをキュッと握る。
「白浜さんが彼を傷つけたのが本当だとしても、自分の存在を否定する必要はないんだよ。でも、それでも白浜さんが罪悪感が残るんだったら、……僕の血を飲んでよ」
僕の言葉に白浜さんは固まる。
「えっ…?いや、だから私もう」
「うん。だから、白浜さんは血を飲むときに、また傷つけてしまうかもしれないって思って、怖くなるんでしょ?ヴァンパイアは給血パックがあるとしても、やっぱり生の血のほうが新鮮で美味しいんじゃないかな。話を聞くかぎり、1ヶ月に20パックしか届かないらしいし。僕は血をあげて、白浜さんは苦手克服、ってことにならないかな」
スラスラと語る僕に、動揺している白浜さん。
白浜さんは黙って考えるような仕草をする。
僕は小さなため息をひとつついた。
彼女は、優しすぎるんだ。
一度大切な人を傷つけてしまって、血を飲むことに、ヴァンパイアの自分という存在に、怖くなってしまった。
こういう、罪滅ぼし的な言い方をしないと、彼女は遠慮して血を吸わない。
たとえ己が傷ついても、人間を傷つけなくてすむのなら、と。
「……ほんとうに、いいの…?」
白浜さんは、弱々しい声でつぶやいた。
彼女は僕から離れて、涙に濡れた瞳で僕を見上げる。
僕は大丈夫だというようにほほえんでみせた。
「うん。僕は白浜さんが傷つくほうが嫌だよ」
白浜さんは、迷って迷って、弱い、でも意志がある瞳で、僕をみつめた。
「…お願いします」
ゆっくりと近づいてくる彼女。
それでもためらっている彼女の背を引き寄せて、首元に近づける。
ドキン、ドキン、ドキン、ドキン。
僕から提案したはずなのに、心臓が早鐘をうつ。
あー、うるさい。自分の心臓。
ドキン。
僕のものではない音が、白浜さんからも聞こえる。
緊張、してるんだ。
僕だけじゃないことに安心して、身を委ねた。
白浜さんはすうっと息を吸って、恐る恐る僕の首筋に牙をつきたてた。
「っ……」
とたん、めまいのようなクラクラとした感覚に襲われる。
視界がぼんやりとにじんで、頭がぼうっとした。
彼女のつやめいた黒髪が、僕の制服にはりついている。
初めての感覚に頭が動揺しているのに、密着したあったかい体と、甘い桃の香りが、安心感を与えてくれる。
この桃の香りは嫌いではない、なんて。
思ってしまう自分にも動揺しながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
続く