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桃の香りと優しいヴァンパイア  作者: チャロたん
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〜保健室と苦い本音〜

「せんせえ!今日は、白浜さんは休みなんですか!?」

朝のSHRが始まる直前、男子が声をあげた。

「ああ、なんかひどい貧血らしくて、保健室行ってるぞ。」

とたん、ざわざわと教室が騒がしくなった。

ほとんどの男子たちは、俺もう授業受ける気なくなったわ…と頭を抱えている。

まあ、僕も心配だ。

朝から保健室に行くなんて、よっぽどじゃないのか。

極度の貧血状態では、ヴァンパイアの身体は大丈夫なのだろうか。

別に他の男子たちと同じ気持ちで彼女のことを考えているのではなく、普通にクラスメイトとして心配なだけ。

僕が仮説をたてている、彼女の秘密。

それは、彼女がヴァンパイアだということ。

仮説にすぎないのだけれど、嫌な予感がする。

次から次へと不安と心配が襲ってきて、僕まで頭を抱えた。

「あれ…なんだか俺まで体調悪くなってきちゃった…。昨日勉強しすぎたせいか…!なので保健室行っていいっすか!?」

「はいだめ〜。お前今日の朝男子たちとマウントごっこして遊んでただろが。元気だろ嘘つくな」

「なっ!?そこは空気読めよりょうぴ〜!」

「りょうぴって呼ぶな!!」

騒がしい生徒と教師のやり取りが頭に入ってこないほど、僕は彼女のことで頭がいっぱいだった。

その状態は5限の理科まで続いて、その頃には考えすぎてぐったりしていた。

白浜さんは、まだ帰ってこない。

彼女の机の横にリュックが置いてあることから、まだ家に帰らずに保健室にいることがわかる。

「保健委員、いるか?」

僕は自分が呼ばれたことを認識して、彼女の席から視線を変え、はい、と手を挙げた。

「すまない。消毒を補充してきてくれないか?実験で使うからな。」

先生はそういって2,3個容器を持ち上げて見せた。

かたいプラスチックどうしがぶつかりあって、カランと鳴る。

「!!先生!俺も、俺も行きます!!」

そこで僕よりも先に声をあげたのは、朝先生と口論していた男子。

「鈴木は行かなくていい。榊だけで十分だ。お前保健委員じゃねえし。それにお前がいると消毒ばらまきそうで怖いんだよ。」

「ひでええ!!」

女子たちがクスクスと笑う。

僕は先生が言った言葉に少し安心して、容器を受け取った。

クラス中の男子たちからの視線が痛いが、気にしたら負け。

僕は少し小走りになって、教室を後にしたーー……。


「失礼します……。」

細心の注意をはらってゆっくりと扉を開けると、外から入ってきた春風に、前髪が持ち上がる。

湿気が少ないサラサラとした、でも暖かさも含んでいる春風が、部屋の中に舞い込んでいた。

やわらかな春の日差しを受けて黄色に光っているカーテンが、パタパタとたなびいている。

開いている窓からは、保健の先生お気に入りの桜の木がたたずんでいる。

ここに白浜さんがいると思うと、ついベッドの方をチラチラと気にしてしまう。

しかし、僕は自分の役割を果たすべく、消毒を補充し始めた。


ふう、やっと終わったか。

一息つけたとき、違和感に気づいた。

「はあ、はあ…はっ…」

浅くて短い呼吸音。その声はベッドの方からしていた。

「白浜さん!?」

僕は失礼だと思いながらも、勢いよくカーテンを開けた。

そこには、いつもの雰囲気とは全然違った、顔を蒼白にして苦しんでいる白浜さんの姿があった。

「どうしたの白浜さん!血が足りないの!?」

彼女の顔を覗き込むと、きれいな顔の驚き眼。

でもすぐに苦しげな顔に戻った。

「な、んで……そんなこと……」

「…実はだいぶ前からそうなんじゃないかなって思ってた。夕日が嫌いだったり、給食でにんにくがでたときは、いつも残してたり。でも、確信は持てなくて。」

けど、彼女の表情を見てそれは間違いではないんだと気づいた。

「ねえ白浜さん。なんで誰からも血をもらわないの?飲む人いないの?」

彼女は何も答えない。

ただ、真っ白な部屋に彼女の浅い呼吸音が響く。

「……私、本当にヴァンパイアだって言ってないじゃない。もうほっといて。」

彼女はそういって、反対方向を向いてしまった。

でも、その背中が、普通の、僕と同年代の女の子のはずなのに、なんだかもっと小さく、頼りなく、孤独に見えた。

「じゃあ、僕の血を飲んでいいよ。」

気づいたら、そう口走っていた。

彼女は苦しいはずなのに、ガバッと起き上がった。

けど、すぐにふらついてしまったて、僕がとっさに支えた。

距離が近くなると、さらに桃の香りが強くなる。

でも、彼女は僕と距離をとろうとした。

「血を飲んでいい、なんて。気軽に言わないで。人間とヴァンパイアの末路は、どれもが幸せになるとは限らないの。」

そう語る彼女の声は、今まで聞いたことがなく、とてもかたい。

だけど、初めて彼女の本音を聞けたきがした。

「……そんなのわかんないだろ。なんでそうやって決めつけて。」

反論した僕の声は、途中でさえぎられた。

「なるのよ!私といると、不幸に!!私は、バケモノだから!!だからいつか、私は、人間を傷つけてしまう……!!」

最後は泣きそうな声で、僕にしがみついてきた彼女。

僕は言葉の意味を理解できなくて、ぼうぜんと彼女を受け入れることしかできなかった。

ーー外の桜は、今までよりも勢いを増した春風によって、その花びらを散らせていた。

                 続く


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