〜嫉妬と羨望と桃の香り〜
「あー、どっかにヴァンパイアいねーかなー!」
教室に響いたその言葉に、思わず肩がピクリと反応する。
ヴァンパイア、なんて。
いてもなにするっていうのよ。
「それな!かわいい女の子に血吸われてえ〜。」
今度こそ私の眉間にしわが寄った。
私が怖い顔をしているからか、さっきから男子達がチラチラとこっちを見てくる。
この際ハッキリ言っておくが、私、白浜桃はヴァンパイアだ。
よく少女漫画である、人間とヴァンパイアの恋愛物語。
私はこれがだいっきらいだ。
漫画の中の男女は、キラキラしてて、アオハルを過ごしてて、多少のすれ違いはあるけれど、必ずハッピーエンドで終わる。
だけど、現実はそううまくいかない。
だから、見ていてイライラする。
もちろん私だって、種族を超えた愛は素晴らしいと思うし、憧れている。
でも、もう私は血を吸わないから。吸えないから。
なんだか急に現れた真っ黒な深い、深い穴に落ちそうになって、私は振り切るように席をたった。
男子たちはまだヴァンパイアの話をしていて、きまずすぎて早く帰りたい。
私は淡いオレンジの夕日に目を細めてから、逃げるように教室をでた。
玄関の扉を開けると、ふわりと血の匂いが漂っていた。
普通の人間なら、ここでけが人か!?とかけつけるだろうが、私の家では日常茶飯事の出来事だ。
「あ〜美味しかった♡ありがとパパ♡」
「どういたしまして、ゆい」
「あっ、おかえり桃。夕飯できてるよ、食べよ!」
お母さんが、私に気づいて口元の血をハンカチでぬぐった。
「うん、ただいま。着替えてくるね」
そういうと二人は仲良く夕飯をお皿につぎ始めた。
私はそんな二人の背中を、うらやましい気持ちでみつめる。
私のお母さんはヴァンパイアで、お父さんは人間。
数少ない種族を超えて結婚した者どうしなんだ。
お母さんたちは、私にとって、羨望、自慢、そして。
嫉妬、妬み。
お母さんみたいに、大切な人を大切にできなかった。
お父さんみたいに、相手の愛を受け止めて、受けている愛を返すことが、できなかった。
私は、私だけは。
そこでハッとして、頭をふる。
いけない。今日の私は変だ。
きっと血が足りないんだな。
それでも、給血パックが届くのは明後日。
それまでは、なんとか我慢しなきゃ。
私はどこかふらついた足取りで、階段をのぼっていった。
続く