~気になるあのこと桃の香り~
「あー、どっかにヴァンパイアいねーかなー!」
にぎやかさが消えた教室内に、間延びした声が響く。
カーテンを開けている教室には夕日が差し込んでいて、なんだかロマンチックな雰囲気だ。手すりが夕日に照らされてキラキラと輝いている。
今この教室にいるのは僕と、数名の陽キャ男子たちと、白浜さん。
ヴァンパイア、なんて。
何いってんだこいつ、と思うだろう。僕だってそう思うが、この街には本当にヴァンパイアが存在するのだ。
今ではその姿を目にすることはめったにないが、昔はこの街の人口の約半分がヴァンパイアだったんだ。
数が少なくて希少価値が高い上に、人間離れした容姿をもつ彼らは僕ら一般人にとって憧れの的。
しかし中には人間とヴァンパイアが結婚した、という事例もあるのだから、決して恋愛関係になることは夢物語ではない。
美しい容姿。異性に血を吸われるかもしれないというドキドキなシチュエーション。
それに憧れているのは男女問わず。
まあ、僕は興味ないし憧れてもいないけど。
こんな陰キャには一生縁もゆかりもない話だから。
「それな!かわいい女のコに血吸われて〜!」
……ああ、なるほど。さっきから男子達がチラチラと後ろを振り返ったり、お互いをこづき合っている理由。
僕は勉強している手を止めずに目だけを横に向けた。
教室の端にいるのは、見目麗しい少女。
夕日に照らされて金色に輝いているサラサラのツインテールの髪。
伏せられたまつげは、遠くから見ても長い。
庇護欲を誘う儚げな雰囲気の、まさに美少女。
白浜桃。
この学校のマドンナ的な存在。男子も女子も、皆が夢中。僕以外。
きっと男子たちは、白浜さんがヴァンパイアだったらいいな、とでも思っているんだろう。
男子たちの視線に気づいたのか、いつも微笑んでいる口元は、なぜか一直線に結ばれている。
かと思ったら、勢いよく席を立って帰り支度を始めた。
男子たちはえっ、という顔になったかと思うと、一様に残念そうな顔に。
まあ、そりゃ野郎たちだけで放課後に教室に居残っても、何も起きないし何も満たされないもんな。
僕は半分共感しながら、教科書に目を戻した。
彼女が逃げるように教室を出ていったとき、ふわんと桃の香りが鼻をくすぐった。
彼女が出てすぐ、あ〜白浜さんかわいかった〜!と悶絶している男子たちをどこか冷めた目で見て、僕も席を立った。
誰もが知らない、僕だけが気づいている、彼女の秘密。
それは、彼女がヴァンパイアだということ。