勇者なんかお断り!!10歳
リヨネッタ10歳
9歳半の時を境にリヨネッタとスティーブは、常に競い合うようになっていた。
リヨネッタからすれば勇者より劣ればそれすなわち死に繋がる可能性を危惧してのことだったのだが、勇者の方も魔王に負ける=プライドの崩壊につながるので双方が意地になっていたともいう。
そうしてわずか10歳にして2人は、国一番の魔法量を持つ才女と最年少剣士の天才という称号を手にすることになった。
リヨネッタの魔法に関して皆が認めることになったのは、ダヴィデの状態を改善して歩けるようにしたことだった。
また、スティーブが最年少剣士という称号を受けたのは、ダヴィデの治療に必要な薬の素材となる水の竜や伝説と呼ばれるリヴァイアサンを倒したことだ。
実際のところダヴィデを味方にほしいリヨネッタがスティーブを煽り、素材を狩ってこさせて前世の記憶を生かしてダヴィデを治したのだ。
スティーブはスティーブで前世の記憶があることから、倒し方を知っていたからできたことだった。
だが、周囲から見れば共通の友人の為に魔法と剣の腕を極めた次期国王とその婚約者という認識だった。リヨネッタは婚約者候補であって婚約者ではないと必死に否定したが、そこが慎ましやかと評価を上げることになった。
リヨネッタの「魔王」と彼に呼ばれる称号は、もはや「魔法を極めた王」の略称として周囲に広まっていた。彼だけが呼べる略称である。
「今度はどんな薬をつくっている、魔王め!!」
「ふふん、聞いて驚け。傷を早く治す作用を持つ薬よ。これで(お前に)切りかかられても問題ないぞぇ。勇者よ」
「何ぃ、またそんなせこいものを作りやがって!!」
2人がそんな喧嘩をする中を、ニコニコと動けるようになったダヴィデが杖を片手に近づいてくる。
「リヨネッタ様のおかげで兵士たちの訓練がはかどるようになりました。これなら、近隣の猛獣討伐にも使う薬として申請できそうです!!」
「くっ、また魔王の評価が上がったか…」
悔しそうなスティーブにだけリヨネッタはニヤリと悪どい顔をみせた。
その顔にムッとしたスティーブがムニッと両サイドから挟む。
「ひゃめよ。顔が潰れる。」
「ふん、良いざまだな。」
「あわわわ、殿下!!リヨネッタ様の活躍が嬉しいからって、ここでキ、キスしちゃだめです!!」
両手で顔を包み、触れ合いそうな距離で(睨み合い)見つめ合う2人に、ダヴィデが勘違いをして頬を染める。その言葉に2人は距離を取ろうとした。
「ダヴィデよ、恐ろしいことを言うでないわ。」
勇者とキス
ゾッとしたリヨネッタが鳥肌をたてて、震える。
そんな怯えた反応の彼女を見て、先に離れようとしたスティーブがとまった。
「なるほど?」
勇者の顔が今度は悪魔の笑いになった。
離れていく途中の手がガッとリヨネッタの顔を再び挟む。
「は?っ、いた…ふむー!??」
「ふっ…」
最初にガチンッと歯同士が当たり、続いて柔らかいものが彼女の口を塞いだ。
目の前には、目を閉じた王子がいる。
「…何するぇ!?」
彼女は彼が離れたタイミングで、大きく手を振りかぶった。しかし、手がスティーブに当たる前によけられてしまう。
悔しそうな、泣きそうな顔をした彼女をみて、傷ついたような、嬉しそうなニヒルな笑顔を浮かべたスティーブが鼻で嗤った。
「泣くほどいやか?ざまぁみろ魔王。だが、俺たちは婚約者同士。このくらいこの先もするだろう。諦めるんだな。」
2人とも最初に歯が当たったせいで口の端から血が零れていた。
両手を顔を覆いながら指の隙間で一部始終をみていたダヴィデは、自身を支える杖を落としても気づかずにオロオロしている。
「…い、…じゃ…」
「む?なんだ??」
「勇者なぞ嫌いじゃ!!大嫌いじゃ!!」
(魔王である妾が勇者とキス!!これでは前世で妾を守って死んだ配下たちにも申し訳がつかぬ!!距離を取らねば!!)
口を押えてリヨネッタはその場を走り去った。
残されたスティーブが久しぶりに泣いてしまったことなど、この時の彼女は知る由もなかったが、後にダヴィデから詳しく聞けることなる。
リヨネッタ10歳半年
リヨネッタはスティーブからの手紙を無視していた。
あれから何度も顔を合わせているが禄に会話をしていない。
キス事件を周囲が知った時の反応は、照れているだろうで片付けられてしまった。
王妃に至っては「フラグクラッシュ!!」と叫んで喜んでいたらしい。
両親もやんわりと今回はリヨネッタ側をたしなめて、スティーブとの交流を取ろうとしてくる。
(この先もあやつがあの調子ならばきっと婚約、いや結婚は避けられない。キスすら嫌がらせで出来るなら、嫌がらせで結婚くらいあやつならやりかねぬよな…。傍で監視することも妾の野望を妨害することもできるじゃろうし。この先あやつから逃げられぬのだろうか…)
血なまぐさい前世でも、幼い今世でも、リヨネッタはキスなど知らなかった。
魔王と勇者にふさわしい血の味のキス
「何かいい方法はないものかぇ…」
独りで戦ってきた彼女は、ついひとりで考え込んでしまった。
実際には考え込んでいただけだが、部屋にこもり気落ちしていると勘違いした彼女を心配して、父親が外に連れ出した。
貴族の幼い令嬢が集まる場所へと彼女を連れていったのだ。
青空の下、広い庭園で行われたお茶会で、まだ善悪も家のしがらみも少ない令嬢たちが、仲良く皆でおしゃべりをして輪になってダンスをするほのぼのした空間だ。
その中でリヨネッタは、周囲から距離を取られている子爵令嬢と出会った。
「お、お前…前世の記憶あるじゃろ!?」
かつての聖女そっくりのその令嬢に、リヨネッタは警戒をMAXにしてそう聞いていた。
彼女は魔王を見る胡乱げな目ではなく、キラキラした目を向けてきた。
「貴方もあるの!?良かった転生者って私だけじゃなかったのね!!」
「ん?なんじゃその反応は?」
「あたしはヒロイン役のアイーシャよ。あなたは?」
「ひろいんやく??あ、これは失礼しました。サンチェス公爵家第一子リヨネッタと申します。」
そう名乗った瞬間、アイーシャの嬉しそうな顔が疑うような顔になった。
「悪役令嬢じゃない!!シナリオに幼少期からの因縁なんかなかったはずだけど…?」
「また悪役令嬢か…異世界の記憶持ちはその役とやらになぜこだわるのぇ。」
「え?もしかして、悪役令嬢をしないパターン!?じゃあ、あたしいじめられずに済む!?」
嬉しそうな顔でアイーシャはリヨネッタの手を掴んで、人気の少ない茂みの中に連れ出した。
「ねぇ、あなたもシナリオ改変をしてくれているの??あたし誰かに決められた人間と幸せになるなんて嫌なの!!」
「妾も嫌じゃ…」
「本当??じゃあ、一緒にトュルーエンドのスローライフ生活を目指すのを手伝ってくれない??」
そこからアイーシャの語る科学の発達した世界の話は、魔法に詳しいリヨネッタの興味を激しく刺激した。
アイーシャは知識のせいで、謎の言葉を発する令嬢として皆から距離をとられていたので、なおさら興味を持ってくれたリヨネッタに好意的になった。
「ふむふむ、一年中冷蔵、冷凍させる機能を持つ冷蔵庫や魔力の低い人間でも火を扱えるコンロとやらは何とか作れそうじゃなぁ。」
「本当!?それなら美味しいご飯のレシピとかあるから他の器具も一緒に作っていかない??」
2人はお互いが敵対同士だという認識を超えて、仲良くなった。
アイーシャは悪役令嬢と一緒に田舎でスローライフも悪くないと喜んだが、リヨネッタは特別な知識を持つ聖女の生まれ変わりと手を組むのも悪くないと喜んだ。
後々、誤解は解けるのだが、その先で2人は熱い友情を交わすことになった。
もちろん仲の良い二人に王妃は歓喜し、嫉妬したスティーブの機嫌は悪くなる一方であった。