勇者の子孫なんかお断り!8歳
リヨネッタ8歳
スティーブ王子からの鬱陶しいほどに手紙が届くようになった。内容は挨拶と一言だけのシンプルなものだが数が多い。2日に1回でまし、酷いと1日に2.3通届く。
「新手の嫌がらせか!!妾は筆豆になりたくない!!」
リヨネッタは怒りながらも律儀に返事を簡素に返す。勇者の子孫に負けた気分になりたくないからだ。
頻繁にお茶会でも顔を合わせるようになったのに、会えば挨拶と一言だけ添えた手紙に返事をよこせと催促され、少しうんざりもしていた。周囲の人間は婚約者と交流をとることに歓迎の雰囲気でとめてくれそうもなかった。
ある日―
不貞腐れた顔のリヨネッタは、珍しく好奇心をかきたてられる王子の手紙をもらった。
「カエル顔の宰相の息子…?ふむ、呪いの類いのようだな…体液が毒になってしまっていて、自身の毒で体調を崩しやすくなっている…魔法で誤魔化しているが皮膚は緑と紫のコントラストでとても人間にみえない…か…」
彼女の中で魔王だった頃の記憶が蘇る。四天王で側近の1人にいたフローグというカエル魔物だ。
醜く不気味な容姿に加え強力な毒液を吐くが、気弱で誰かのサポートをしたがる世話好きなやつだ。何よりもおやつにかじると良い声で泣いてくれて、甘辛い毒味と鳥の肉の触感が良いハーモニーとなっていてとても美味しい側近だった。
「妾が生まれ変わったのだから、あいつも生まれ変わっていても不思議ではないな。良い人をやっているらしいし、会ってみたいのぅ…」
スティーブからは新しい友達ができたとして書かれていた。じゅるりと涎を飲み込んで、リヨネッタは手紙の返事に自分も友達になりたいから会わせてほしいと書いた。
宰相は最初は王子の婚約者に醜いものは見せられないと拒絶してきた。しかし、リヨネッタは諦めずに両親に将来の為に交流したいと訴えかけた。
両親は謎の呪いがうつるかもしれないと、渋い顔をしていたがスティーブが毎日見舞いに行っていると書いた手紙をみせて、どうしても自分も友達になりたいと泣いてお願いした。
(ここまでお願いしてダメなら、最悪は宰相邸に忍び込んじゃろう。)
邪なことを考え、うつむくリヨネッタに何を思ったのか母親が抱きしめてきた。父親は何かを納得しようと考えるようにうなっている。
「なんて優しい子なの…あなた、ここまでリヨネッタがお願いしているのだから叶えてあげましょう!!」
「ううむ…病弱ながらとても優秀な頭脳を持っている。呪いがとければ時期宰相は間違いない子だし、第一王子の友人ならリヨネッタに横恋慕することもない…か?これ以上私たちの天使が泣くのをみたくない…、だが…うーむ…」
(これはいけるな!!)
ちょろすぎる両親にリヨネッタはほくそ笑んだ。水の魔法を使って更に目元に水を垂らしていけば、ウソ泣きの完成だ。
「お願い、お母さま、お父様!!」
優しい天使どころが、魔王のお願いは受理された。
反対されるかと思った祖父母は、コネを作ることは良いことだとあっさり許可して後押しをしてくれた。
リヨネッタ8歳と半年
最初は渋った宰相夫婦だったが、リヨネッタと息子が手紙の交流から始めて息子が頷けば面会を許可すると返事をくれた。スティーブは例外だったらしい。たまたま呪いを解けないかと大教会にきていた宰相の息子と会って、仲良くなれたこと。王子が故に断るのが難しかったようだ。
実に半年間。
宰相の息子ダヴィデ・ペレスと手紙のやりとりをする時間はとても楽しかった。
彼の字はとても綺麗で、筆記の列が定規を使ったように整った手紙だった。
手紙で気弱だったのは最初だけで、段々と心優しく世話焼きらしい一面が読み取れるようになっていった。
スティーブの手紙と違って似た内容でも工夫をこらしているのか、既視感にあうこともなくついついリヨネッタも本心で返事を返すようになった。
そうして、ついにリヨネッタ念願の面会に半年でこぎつけたのだ。
精一杯お洒落をして、胸元は汚れないようにシンプルにしてもらう。
(フローグはかじると美味しいのじゃが、毒汁が飛ぶと落とすのに時間がかかったのじゃよなぁ)
周りは新しい友達に会うことにそわそわとしているようにみえるが、内心は食欲でいっぱいになり空腹でそわそわとしている。
清潔な日当たりの良い部屋に案内され、ベッドの上に彼女の会いたい人はいた。
だが―
「うっ…ス、スティーブ殿下…」
彼の横に仁王立ちで立ち、不敵な笑みを浮かべるスティーブがいた。嫌な人物にうめいてよろめく。
「おい、今のうめきはなんだ?」
「いないと思っていた人がいたからですわ。」
「ふぅん?」
シレっと顔をそらして、メイドにお見舞いの品を預けた。無遠慮に近づいてきたスティーブから挨拶のキスを手に受ける。その手をギリッと強く握られた。
「僕の返事は3日に1回しか返さないくせに、こいつには2日に1回は返していたそうじゃないか。」
「ほぼ毎日顔をあわせているのですから、会った時に返事を伝えることもありましょう。何を最近そんなに苛立っているのです?体をこわしている人の前です。争いはやめましょう?」
手を引くも強く握られたままだ。そのまま逆に手を引かれて、ダヴィデのところへ連れていかれる。
「ヴィ―。この子が僕…俺の婚約者リヨネッタだ。」
「初めまして、サンチェス公爵家第一子リヨネッタです。手紙でずっとおしゃべりしておりましたが、こうしてお会いするのは初めてですわね。これからよろしくお願いします。」
一礼して、精一杯の笑顔で手を前にだす。握手をしようして、スティーブの手ごと差しだす形になる。しばし沈黙の後、腕をふるがほどけない。
(こやつもしや何か気づいたのか!?監視するつもりかぇ??)
リヨネッタは嫌な予感に苛まれ、抗議の声をあげた。
「殿下、手を放してください。」
「やだ。握手なんて必要ないだろ!」
しばらく離す離さないでもめていると、ダヴィデが笑いだした。
「あーおかしい。2人と真剣なんだろうけど、真顔で手をつないだまま腕をふっているとか、…くくくく。」
「これは、失礼しました。」
リヨネッタはもう一度腕をふるが、やはりスティーブの手は外れなかった。
ダヴィデはもう1笑いして、ベッドの上をはって縁に腰かけた。少し動いただけの両足が奇妙に痙攣してかえる足のようにガニ股になっていた。おそらく立てないだろう
「このような姿で失礼します。ダヴィデ・ペレスです。直接お会いできて嬉しいです。リヨネッタ様。今日はゆっくりしていってください。」
緑と紫の顔色からはわからないが、彼の怯えをリヨネッタは感じとった。
(容姿のことをきにしているのかぇ…。妾もなぜか確信が消えた。予想よりもはるかにフローグに似ているというのに、こやつはフローグではない気がしてしまう。)
スティーブに繋がれたまま、リヨネッタはダヴィデに近づいた。首を傾げるダヴィデの顔に自身の顔を近づける。
(簡単に調べられる方法があるではないか…味は妾を裏切らない!!)
はむり
次の瞬間に四方から悲鳴があがった。
リヨネッタはダヴィデの頬に甘噛みしたのだ。
スティーブも待機していたメイドも、扉からこっそりのぞいていた宰相夫妻すらも悲鳴を上げた。
いち早く、スティーブがつないだ手を引いてリヨネッタを抱き寄せる。渾身の力でハンカチで口を拭かれた。
メイドが解毒剤をもとめて医師を呼びにいく。
気絶した妻を宰相がとっさに抱え、他のメイドに指示をだしながら成り行きを見守っている。
肝心のダヴィデは異様な皮膚でも色が変わったことがわかるくらい真っ赤になっていた。
(人の身だと、ここまで顎の力がないのか…)
思ったより強靭なぶよぶよ皮膚を噛めず、頬にキスをしたような形になってしまった。
(だが、やはりこの味はフローグだ。なぜ本人と確信が持てないのかわからぬが、記憶が相手にないからやもしれぬ。)
口元をいまだにごしごしされ、ひりついてきたのでスティーブをどける。
「友人に親愛のキスをしただけです。私は魔力が高いですし、問題ありませんよ。」
「うるさい、しゃべるな!お願い、死ぬな!頼む、やだ、いやだ」
どかされたスティーブがまたとびついて、口を拭こうとしてきた。冷静さを欠いた彼の声が怒鳴りながら震えていた。そこに何かを感じ、鬱陶しいとリヨネッタは感じた。
「その反応はダヴィデ様に失礼ですよ。手紙にも手の接触や直接触るだけでは毒の体液の効果はないと書いていたではありませんか?」
「あ…、だ、だが僕と言う婚約者の前でキスは見過ごせない!!」
「うっ、口から血がでそうです。やめてください」
口元に持ってくる彼の手からわずかに忌々しい聖なる光をみて、後ずさった。
(こやつ、勇者の力だけなく、聖女の癒しの力も持っているのか!?前の体なら逆に皮膚がこげていたぞ!!おのれ勇者の子孫め!!)
本当に嫌そうな顔で唇を赤くしたリヨネッタを見つめ、やっと泣きそうな顔のスティーブがハンカチを下ろした。
駆け込んできた医師とメイドたちによって部屋から出され、毒症状の検査を受けた後に何でもないとわかったリヨネッタたちの面会はお開きとなってしまった。
後日、改めて正式なお茶会の招待状を送ると話をもらい、不安げな宰相夫妻に見送られてリヨネッタはスティーブと馬車にのった。
スティーブからは勇者と聖女の聖なる光がこぼれており、大変居心地が悪いものだった。
何かを思い出すように上の空になったスティーブは、道中なにも言わなかった。
(そうじゃ、勇者と聖女が結婚したんだったなぇ。あぁ、忌々しい。そういえば宰相の顔は祈りで魔族の力を半減させるとかいう力を持った僧侶の色違いだったな。宰相夫人の色合いと合わせると本人そっくりにだったやもしれぬ。息子のダヴィデがフローグそっくりで本当に良かった!!)
不貞腐れたり、笑ったり、百面相をするリヨネッタを見つめるスティーブの瞳は今までと違い、敵をみるようにどんどんと鋭くなっていた。