⑤登門の儀 その3
千寿が放った一撃が、ついに師匠を捉える。
傷ついた両者に龍炎が近寄る。
そして、今回の登門の儀。その答え合わせが始まる。
「師匠!千寿!」
俺は血まみれの二人を見つけ、瞬で二人の近くへ。
「あ、兄貴?、、、俺、、、」
「よし、意識はあるな。師匠!?師匠、わかりますか?」
俺は千寿の無事を確認した後、仰向けに倒れている師匠に声をかけた、すると
「あー、大声出すな、聞こえとるから、まったく心配性じゃのう」
目を閉じたまま返事をした師匠は、深呼吸するとゆっくり起き上がり胡坐をかいた。俺は一安心したのも束の間、血が流れている師匠の傷を再確認し声をかけた。
「師匠、すぐ傷の手当てを。血が止まっていません。千寿も、腕が」
俺は、救急箱を取りに戻ろうと振り返る。すると、師匠が
「じゃから大丈夫じゃて、お前も忘れたか、龍氣の使い方を」
「あ、、、そうでしたね。これくらいの傷と出血なら」
「うむ、千寿いい機会じゃ、お主は土龍の龍氣が苦手じゃろうから、よく見ておるのじゃぞ。」
そういうと師匠は、無言になった。俺と千寿は師匠に目を向ける。
「あ、傷が、、」
千寿は一言だけ呟いた。傷の周りに龍氣が集まると、傷が少しずつ塞がり始める。龍氣を細胞の活性化に利用し、傷口の治癒をしているのだ。俺も、登門の儀の時には既に気づいて使っていた。ほんと、俺って少し慌てると色々すっ飛ぶな、自分の戦闘時にはそうならないのに、情けない。
「ふう」
師匠は一息つくと、首を回し肩を叩き始めた。
「むう、こんなもんかの、やれやれ、歳を重ねると疲労も増すのぉ、もう20年若ければ、あっちゅう間に塞げたんじゃがな、老いには勝てんのお、なあ龍炎」
「何を言ってるんですか、龍氣の操作は衰えず、千寿を殴り飛ばすほどの腕力も今だ衰えない方の言葉とは思えませんよ」
「なあに、ちょっと言ってみただけじゃ。お主らの成長を感じれて、少々感慨にふけてしもうたわ」
師匠はついさっきまでの厳格な顔つきから、いつも好々爺の笑顔に戻っていた。つまりは、
「千寿や」
「は、はい。あ、ちょ、ちょっと待って」
千寿はまだ両腕の治癒の最中だった。まだコツを掴めないのだろう。龍氣による治癒は水龍と土龍の龍氣が大事だ。両方とも、千寿の苦手分野だ。
「ほほ、よいよい。見たところ既に治癒に必要な龍氣は流れておる。おそらく、体の相性の部分が大きいのじゃろう。そのままにしておれば傷も塞がるじゃろう。じゃが忘れるな、あくまで一時の応急処置で細胞を活性化させておるだけで、疲労はまとめてやってくる。多用は禁物、治癒とは人間の流れゆく時の中で自然と進んでゆくもの。それを捻じ曲げることは自然の摂理に反すること、体に負担がかかるのは当然なのじゃ」
「はい、わかりました。師匠。」
「うむ。両腕の治癒も待つだけ、そろそろ言わねばならんことを言うとするかの」
師匠はそう言うと、背筋を伸ばし、真っすぐな視線を千寿に向けた。
「合格じゃ、千寿。よくぞ登門に至るための技、昇華を使うことができたの。文句なしじゃ、昇華を用いた技でわしの氣鉄を破ったのじゃからな。のう、千寿。自分で至ることができたであろう?」
「はい。師匠に打ちのめされ、膝をついたとき、どうすればいいか考えました。ヒントは兄である、龍炎との稽古でした。あれがなければ達することができなかったと思います。」
そういうと千寿は俺を見た。やっぱり気づいていたんだな。登門の儀の後、師匠から千寿の前で昇華をするなと言われていたけど、いつかの稽古で使ってしまったのを千寿は感じていたんだな。いつもの龍氣と違う違和感に。
「あれは兄貴と龍牙風哭の稽古をしていた時でした。大岩に向かって龍牙風哭を打ち合っていて、俺の岩は風の衝撃波とかまいたちでボロボロになっていました。兄貴の龍牙風哭を見て、龍氣の流れを学ぼうと隣を見ると、ちょうど打ち出す瞬間でした。しかし、兄貴の大岩の前を番いの日陽鳥が急に通りがかりました。危ないと思った瞬間、兄貴は打つ向きを少し逸らして日陽鳥を避け、大岩の端の方に衝撃波が向かうように放っていました。ですが、違和感はその後です。放った龍牙風哭は大岩を切り刻むのではなく、端の部分を木っ端微塵にしたのです。俺はすぐに兄貴に聞きましたが、龍氣を集め過ぎただけだよとしか言われず、自分がいくらやっても切り刻むだけで粉々にすることはできませんでした。腑に落ちずにいましたが、時が経つにつれて記憶が薄れていきました。ですが、ついさっきの師匠の言葉で気づきました。あれは、龍氣の合わせ方だったのだと。」
千寿が言い終わると、師匠と龍炎は笑い出した。そして、龍炎が答えを話す。
「そうだ、俺があの時放った龍牙風哭は普通の初太刀じゃない。急に現れた日陽鳥を避けるために急に方向を変えた。だが普通の龍牙風哭は範囲が広すぎる。万が一範囲内にも入らないよう、一点集中の直線攻撃にする必要があったんだ。とっさだったから俺も見せるつもりはなかった技、龍牙風哭・波濤を使ったんだよ。」
「龍牙風哭・波濤?」
「そう、俺が考えた技だよ。本来龍牙風哭は広範囲に風の衝撃波と風の刃を放つ技。でも俺は風龍の龍氣は苦手で、千寿のものとは威力も範囲も大幅に下がったものだ。それはお前もわかってるだろ?」
「うん、龍氣の相性で威力が異なるっていうのはわかってた。でもあのときは、兄貴が龍氣を込め過ぎたって言っただけだったし」
「俺の単純な稽古の成果だと思った。けど違和感は拭えなかった。それもそうだ、あの時の違和感は技の結果だけでなく、その過程でも無意識に感じていたんだろう。俺は放つ直前で、龍氣の質と量を変えたんだよ。通常風龍の龍氣で放つ龍牙風哭に、土龍と水龍の龍氣を別に纏わせたんだ。違う龍氣に囲まれて、本来の風龍の氣が半減、その代わり土龍によって衝撃波は強化され、水龍によって衝撃を大岩の端に無駄なく流し込んだ。その結果があの一点破壊の直線攻撃になったんだよ。誤魔化すのは正直焦ったけどね」
「俺もさっき気づいて、一撃にかけてみようと思ったよ。俺の得意な火、風、雷の龍氣を流してみたんだ。瞬の踏み込みの直後に、太刀を納刀。右腕の鞘ごと雷龍の龍氣を纏わせ、左腕に風龍の龍氣を伝えて抜刀を最速に持っていく。その流した両腕の上から、火龍の龍氣を刃に流して威力を強化させれば俺の太刀でも師匠の氣鉄を破れるんじゃないかと思って」
「よく辿りついた。まあ、あれだけの龍氣、それに3種類の龍氣を合わせれば、威力もさることながら、両腕にも莫大な負担が向くじゃろうな。日ごろの鍛錬に感謝せいよ?しっかり鍛えておらんかったら、血まみれどころではなく、腕が吹っ飛んでおったぞ、多分」
それを聞くと千寿は一気に青ざめる。両腕を抱えて何やら震えていた。そりゃ両腕無くなっていたのを想像したら怖くもなるな。
「何はともあれ、わしの氣鉄を破り一撃を与えた。わしは通常の技では破れんくらいに氣鉄を込めていたからのう。昇華を一定の威力で放つこと、これが登門の儀の合格条件じゃ。」
師匠は立ち上がり、俺と千寿の目の前に立つ。
「お前たちもこれで登門に達した。登門に達した以上、今後は己の思うがままの技を振るうのじゃ。祓魔龍刀術には、始まりの型しかない。初太刀・初作は各型の龍氣を扱うための言わば試験のような技。それ以外の技は、己で考え築き上げていくものなのじゃよ。ただただ龍氣を極めるもよし、龍氣の合わせ 昇華を極めんとするもよし、お前たちが思う以上に龍氣には無限の可能性が秘めておる。この世界やお前たちのようにのう」
師匠は穏やかに微笑んだ。合格の祝いとばかりの言葉も身に染みる。俺は二度目だけど。
「はは、飛んで喜びたいけど、疲れて立っているのもやっとだわ。兄貴、肩貸してくれよ」
「なんじゃ情けないのう、わしはまだ動けるぞい。ほらほら、もう一人で歩いて帰れるぞい」
「マジで師匠はバケモンだわ。俺の渾身の一撃だったのに、軽くへこむわ」
「ははは」
俺は千寿の腕を肩に回して支えた。師匠は軽い足取りで先に帰っていく。本当にすごい人だ。流石は師匠だな。
「千寿」
「ん?なに?」
俺は千寿を呼び、顔を向けた弟に言った。
「合格おめでとう、冷っとはしたけど、信じてたよ」
「まあ、一瞬ダメかとも思えたけど。兄貴を待たせてたから、3年間」
「そうだな、あれから3年。早いもんだったな、わりと」
「俺も終わってみればって感じかな。かなり疲れたけど」
俺と千寿は笑いながら話す。お互い待ち望んだ瞬間だったから。嬉しさを噛みしめながら、俺は千寿に最後に質問する。
「そういや千寿、さっきの技はなんて言うんだ?お前が初めて自分で考えた技だろう?」
「んー、そうだなー。なんてつけようかな」
傷ついた両腕を眺めながら、千寿は少し黙るとゆっくり口を開いて答えた。
祓魔龍刀術 天龍の型 瞬刃炎 かな
「かっけえじゃん」
「だしょ?」
二人の影が寄り添いながら、来た道を戻っていく。やがてその影は、光の中へと消えていった。
登門の儀決着。己の考えた技が祓魔龍刀術を作っていく。初太刀と初作しか教えないのではなく、それしかなかった。発展させていくのは己の力でということでした。
今後の二人の成長次第でどんどん技が増えそうですね。千寿の初めての技、瞬刃炎。今後も見れると思いますので、楽しみに。
次回は、休憩のひと時。新キャラを出すつもりなので。