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第5話 「霹靂するマゾヒズム」

 


 コンクリートの道に髪の長い少女が正座の態勢で座っていた。




 人通りが少なく民家が隣接しているところで、街灯が一つチカチカと光っている。




 辺りは暗かった。そうして、その夜のうす暗さと少女の髪の長さにより顔を覗き見て確認することはできない。




 また、ただ黙って正座をしているというところが実に奇っ怪である。




 だがそんなことよりも、常識を逸している不気味な箇所といえばその少女の前にお膳が置いてある事であった。




 まるで今から食事を始めるかの如く。


 夜風にさらされながら、街灯の光を浴びながら、通行人の目を引きながら、その少女はお膳の前に座っていた。




「一緒に…………お食事どうですか?」


 撫でるような声で、彼女は通行人の一人に話しかけた。


 通行人は目を丸くした。




 黒い髪が顔を覆い尽くして、赤い服装が地味に目立って、チョイと袖を引く少女の細く幽かな指先がその通行人の腕と心に、触れた。


「……………!っ」


 彼は声なき声をはり上げた。




「……アナタ……ごはんできたわヨ」


 その透き通るような、妖艶な響きを持った、癒しの声は、彼の恐怖を呼び起こした。




 驚きにより血液が顔へ登った。


(なぜ、こんな奇妙な状況に)


 だが、また黒髪の彼女が動いた瞬間刹那にその美しい眼差しと艶やかな唇が、彼の胸を打った。




 その危険な快楽。


 その突き刺すような情熱。




 その場に崩れ落ちた通行人の男性は年の頃なら十七、八。




 彼は


「初対面の僕で良いのかい?」


 と、遠慮がちに問いかけた。




「構いません。いえ、むしろそのほうが」


 お膳にはご飯と、味噌汁と、野菜があった。家庭的な味。


 恐る恐る彼は箸を手に取った。




 もしかすると、この塗り箸は彼女が先に口を付けたかも知れない。




 と、そうして


「この箸は使って良いのかい?」


 と聞いたので


「もちろんです」


 と彼女は進めた。




 そのお米に箸をつけ口へ運ぼうとした時


「アナタ……」


 と目の前の少女が、彼に箸の先を向けている。


「アーン、としてくださいな」


 彼は、その、余りの状況で半狂乱になり


 彼女の不可解な愛を感じるかの如く口を開いた。




 そうして一口お米を食べた瞬間。


 何だか気持ちがよくなってきた。


 眠い。




 とろける様に彼はコンクリートへ崩れ落ち、目を瞑った。


 その上から彼女の匂やかな髪の毛と赤い服と体が、覆い被さった。




「疲れたでしょう。愛してる」


 一生、このままがいい。


 思い返すのは苦しかった人生ばかり。


 愛など、偽りの愛情さえ貰えなかった自分が何故だか、コンナ不可解な愛を受けている。




 世にも奇っ怪な、そして妖艶な彼女の髪の毛とそこから漏れる吐


 息が、心身に染み込んで


 ムニャムニャ。










 私は、暗闇で目を覚ました。


「どこだ?」


 見えない。何もかも。


「ここは?」


 その声が響いて、どうやら巨大な箱の中らしい事に気付いた。




 次の瞬間、ゾッと身の毛がヨだった。


「嵌められた。ここは、輸送船か?行き埋めにされたのか?どの 道、俺は…………」


 押し入れくらいの箱で、手を伸ばすと四方に壁があることに気付いた。




 心拍数が速くなって、呼吸も同時に過呼吸ぎみになってしまった。




「嗚呼、生き埋めだ。閉じ込めだ。このまま一生、お天道様を拝めやしないのか」


 私はばかな事をしたと思った。




 新手のハニートラップなぞというものがここまで進化したのかと、半分関心しながら壁を叩いた。




 叩いて、助けてくれ!ここから出してくれ!と騒げば騒ぐほどパニックになって、その場に再び崩れ落ちた。



 そうして私は瞬く間に意識を失った。


 無の世界をしばらくの間経験したあと、差し迫る恐怖によって目を覚ました。




 だが箱の中は私一人ではなかった。


 首筋に幽かな息遣いを感じる。


 そうして、あの髪の毛も私に触れている。




 先程、少女が私に覆い被さって来たときに感じたあの匂やかな髪の毛の質感と、私の首筋を撫でた初々しい吐息の感覚が再び呼び起こされて愕然とした。




 喜びにうち震えた。


 口をあんぐりと開いて、足をガタガタと震わせた。




 一筋の光も差し込まない漆黒の黒の中で、今目の前にいるのが少女だと何故か直観した。




「君は…………さっきの少女なのかい?」


「はい」




 やはりそうか。やはり彼女だったのか。


 私はいささか安心感を覚えたのだ。




「…………ここは、何処なんだ?」


 息を切らしながら、私は目の前の少女に問いかけた。




「さあ」


 彼女は、そんなのどうだっていいと言うように答えた。


 何も見えない。




 本当に黒い世界だっだが、次の瞬間目が痛くなった。それは少女が付けた携帯の懐中電灯が放った光で、箱の中身を全部は照らすことはできないものの、薄暗く彼女の表情を確認する事ができた。




 呼吸が止まりそうだった。


 彼女は、今まで出会ってきたどの女性より美しかった。


 名前も知らない初対面の女と、四方を壁に囲まれた密室に閉じ込められているという余りに不可思議な現象。




 そして私はある一つの疑問が浮かんできたので少女に聞いた。


「さっき、僕がここで目を覚ました時には君は居なかった。どうやって入って来たんだい?」


「ふふ。秘密ですよ」


 いよいよ混乱してきた。




 乱れる呼吸を制止するかの如く、彼女は声を放った。


「酸素が無くなります」


 それを聞いて私は息を止めた。




 それは、紛れもなく彼女のためだった。


 私一人がこの空間の酸素を独り占めすることはできない。


「酸素が無くなったら、アナタは私の肺の酸素を使って下さいね」


 優しい声だった。


 だが少し恐怖を覚えた。


 この少女の肺の酸素を使えと、一体どういう事だろうか。




「いや、僕の肺を使ってくれ。これはお願いだ」


 私は彼女を犠牲にしてでも生き残るつもりは無かったので、先に殺してほしい願望があってこう言った。




「本当ですか?私は遠慮などしませんよ」


 私はいきなり脈拍が上昇するのを感じた。


 そう、先天的なマゾヒストの血潮がそうさせたのだ。


「構わないよ」


「ありがとう」


 そうしてしばらくの間、彼女と抱き合っていたのだ。


「君、名前は?」


「名前とは、人を縛る呪いの事です。なので教えません」


「へえ」


 そうして彼女の温もりを感じていた。




「お腹すいてない?」


「私のことより、アナタはどうなんですか?」


「大丈夫だから聞いてるのさ」


「少し喉が渇きました」


「大丈夫?」


「私は、平気です。でもアナタが渇いたら、私の身体中の体液を捧げるつもりです」


「どうして……そこまで」


「秘密です」


「君が渇いたら、俺の身体中の体液を捧げるよ」


「そんな事、言って、私は遠慮などしないと言ったばかりなのに」




 私はさらにドキッとした。


 嗚呼、彼女は本気だな、と直観した。


「遠慮など、必要ないよ」


 次の瞬間、彼女は私の首筋に噛み付いた。


 鋭い痛みが快楽となって駆け巡ったからして、私は悲鳴を上げた。




 そして、彼女の口の中で首の肉がえぐれた。


 丁度、頸動脈だったらしく彼女はゴクゴクと何か、液体の物を飲み込んでいる感覚があった。




 私は、目の前で吸血している絶世の美少女をウットリしながら眺めて意識を失った。


















 十分後


 私はヘッドギアを外した。


「2日間の、お試しコースはいかがでしたか?4545円になります」


「そんなに、安いんですか?」


「この、妄想乙ガールでは試作品を使用し、人件費の削減に繋げていますので」


「なるほど」


 私は風俗店を後にした。




 最近は脳内に直接電流を流して、自分の一番好きなプレイができると噂に聞いて入って見たが、この程度か。


 まさか自分が特種なマゾだったとは。


 もう一度、あの美少女に喰われたい。






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