第8話 「毛はえ皿」
最近、家族の仲が悪い。
食卓を囲むとき、必ずピリピリとした雰囲気が漂って、誰かの一言ですぐに喧嘩が始まりそうな程である。
いつからだろうか、家族とほとんど口を聞かなくなったのは。
まあ、僕は高校二年生で、この年の男子生徒といえば、誰も積極的に母親や父親と仲良くしようなどとは思わないのだが。
それでも家庭に流れるこの空気感は少し異常な程にも思えた。
理由があるわけではない。ただ、イビツなのである。
春の季節のことだ。僕の家庭環境とは裏腹に、クラス替えが終わったばかりの教室は少し浮かれていて、生徒たちの喧騒が、新学期を盛り上げている。
新しい季節の匂いだ。
僕は机に座って、ぼうっと窓を眺めていると、
「ねえ。昴くん」
と話しかけられた。安堂さんだった。彼女は一年の頃から仲が良い女子だった。僕は、
「なんだい?」
と返事をした。
「怖い話をしようよ」
「え?いま?」
彼女が突然、そのような話題をふってきたので、僕はどんな話なんだろう、と思い聞くことにした。
「まあ、いいよ」
と、僕は言った。
「毛生え皿、って知ってる?」
「毛生え皿?」
「そう。毛の生えたお皿なの。最近じゃ有名な話よ」
「それが、どうかしたのかい?」
と、僕は疑問に思って聞いた。
「お皿に、毛が生えてくるの」
と、安堂さんは、深刻そうな表情で言う。
「それだけ?」
「うん。それだけ」
そこで話は終了した。
家に帰って、着替えて、会話の無い食事をした。
母親が、お箸をバチン!
と机に叩きつけて、低い声で、
「ごちそうさま」
と言って、寝室に戻ってしまったので、僕はお茶碗を洗うことにした。
流しに立って、皿を丁寧に洗っている時、
毛の生えたお皿を一枚見つけた。
「うわっ!」
と、僕は声を上げた。
最初は髪の毛がくっついているのかな、と思った。しかし引っ張っても抜けないその縮れ毛は、すぐに例の「毛生え皿」であると理解した。
数本の毛が、まるでスネ毛のように絡み合っている。
僕はそれをタオルにくるんで、鞄の中にしまった。
翌日、その毛生え皿を学校へ持っていって、朝イチで安堂さんに見せた。彼女は、僕が持ってきた毛生え皿を見て「やっぱりか」という表情をした。
「実はね。最近、多いみたいなの」
と、彼女は言った。
僕は、とても不思議な気分になった。この縮れ毛は、いったい、どんな要因があってお皿から生えてきたのだろうか。
「私も、持ってきたんだ。その、毛生え皿」
彼女は自分の鞄から、タオルにくるまれた皿を取り出し、僕に見せてくれた。
それを見た僕は、
「うわ。何これ」
と、驚いてしまった。
彼女が持ってきた毛生え皿は、カツラと見まちがう程、ぼおぼおになっていた。
「…………私の両親、そろそろ離婚しそうなんだ」
と、彼女は言った。そうして、また元のように毛生え皿をタオルにくるんで、鞄に入れた。
僕は、どう答えていいか分からなかった。それに、あんなに、ぼおぼおに毛が生えてしまったら、恐らく離婚の危機は避けられないだろうな、という気持ちになった。
その時だった。
「おい!昴!これ何だよ?」
ヤンチャなクラスメイトである貴史が、僕の毛生え皿に気がついたらしかった。
僕は、毛生え皿を鞄にしまっていなかったことを後悔した。
「ちょっと見せろ」
そういって、貴史は毛はえ皿の毛をむんずと掴むと、ブチッっとそれを引っ張って抜いてしまった。
その時、
「うぎゃー」
という声が皿からして、それきりだった。
次の日から、
家族の仲は、元通りになった。