第7話 4節「イクラの家」
次の日、真下さんと学校でお話をした。
昨日より落ち着いて話すことができた。廊下のベンチに腰を掛けて、窓の外に映る桜の花びらを眺めながら、イクラの増殖について考えをめぐらせた。
「あれは、なんだったんだろう」
と僕は言う。彼女は不安そうな表情で僕を見ている。
「ねえ、今日、あなたの家に行って……例の、そのイクラ見せてもらってもいい?」
「えっ……うん。じゃあ、おいでよ。イクラを……見るといい」
そう言いながら、僕は内心、興奮していた。
真下さんという美しい女性が、僕の部屋に来てくれること……それもあの恐ろしいイクラを、僕の部屋に居座っているあの、まがまがしいイクラの存在を、確かめてくれること……彼女が今日この後、それを見てくれる。
その事実は僕を、いささか慰める気がして、彼女には感謝した。
僕の精神が耐えられないような酷い恐怖をもたらした例のイクラ。
そのイクラの摩訶不思議な謎を、一緒に解き明かそうとしてくれている真下さんの心に救われた。まるで女神だなとも感じた。
「じゃあ、放課後。一緒に帰ろう」
彼女はそう言って微笑んだ。その笑顔は僕をイクラの恐怖から救い出してくれるような気がして、
「ありがとう。本当に、助かるよ」
目の前の、天使のような……最高の女性に感謝した。
昨日のように、授業を受けている時も、休み時間も男友達と他愛のない話をしている最中も、ぜんぜん真下さんのことが頭から離れなかった。
もちろん彼女のことが好きだ、という恋愛感情もあったが、それよりも彼女とイクラへの恐怖を共有することに対する期待と不安の為である。
やがて放課後になって、彼女が僕の元にやって来たとき、案外、自分は落ち着いていたような気がする。
この後、僕の部屋の中で、どれほどイクラが変化していても、傍にはあの真下さんがいる。その事実が僕をかなり勇気づけてくれた。
「じゃあ、見に行こうよ。私、ずっと倫くんが言っているイクラを見てみたいなって思っていたんだ」
「そう、なんだ」
と僕は言う。彼女とどんな会話をしていいか分からなかった。だから、彼女につまらない思いをさせてしまっているのではないかとすごく不安な気持ちになった。
春の風に当たりながら、僕らは坂道を下った。散った桜の花びらで、道路の横側が淡い桃色に染まっている。その光景は、僕たちがイクラの家へと足を運ぶことを、まるで祝福でもしているみたいだった。