目覚めし催眠おじさん
みんなが俺のことを見ている気がする。
みんなが俺を笑っている気がする。
みんなが噂している気がする。
大衆の中、俺だけが浮いている気がする。
学生の頃、なぜか全員私服を強要されて行った校外学習の授業を思い出した。
仲の良かった奴らはみんな、ヨレヨレのTシャツに柄モノのYシャツを羽織っていた。今思うとあの服はイ〇ンとかで買ったのかな。
そんな陰キャあるあるは良しとして、実際今、俺は本当に周囲から浮いている。
というのも、この町はどこかRPGのような、古いながらも魅力的な、そんな雰囲気、そんな文化感だ。
つまりどういうことかというと、ダサい云々に関係なく、俺は服装的に浮きに浮きまくっている。
チラ見されて噂とか、そんなレベルじゃなく、しっかり指をさされている。
基本、陰キャは陰キャなりに世界に溶け込もうと無理をしているが、ここまで馴染むことが絶望的だともうどうでもよくなってくる。もはや裸のほうが馴染めるのではというレベルだ。
こんなにユニ〇ロが無力に感じるのも珍しい。お前らよりいい素材を使っているんだぞ。
しかしなんだ、幸いなことに言語は日本語のようで、聞こえる声は理解できる。
「なんだあの服」「誰なんだあいつは」「みすぼらしい」「どこの町の者だ」「目が死んでいる」「口が臭そう」「なぜ素足なんだ」「どこへ行く気だ」「声をかけたほうがいいんじゃないか」
なるほど。口が臭そうは心外だが、大体そんなことを言っている。
少なくともこの世界で暫く生き延びるためにも、服は手に入れるべきだと考えた俺は、服を売っていそうな店を探した。
少し歩いた先に、それっぽい店を見つけた。
しかし、駄目だ。
店先に、店員と思しき女の子がいる。赤茶の髪に大きな黄色い瞳、小さな顔に対しおっぱいの大きい女の子だ。ひまわり柄の三角巾同様、ひまわりのように突き抜ける笑顔で道行く人に声をかけている。
服を選んでいるときに店員に声をかけられることがいかに苦痛かわかるだろうか。
服屋の店員というのはやたらフレンドリーなうえにぐいぐい来るので普通にキョドってしまう。
それが女性ならなおさら。この年になると店員ももはや年下なためそれもつらい。
だが、服を手に入れないことにはどうしようもない。しかし、どうしたものか。
―――その時、俺は不幸なことに、彼女と目が合ってしまった。
「いらっしゃいませー!」
元気な声が響く。適切距離を保って見ていたはずなのに、なぜ声をかけてくるのか。
だが声をかけられて無視するのも人としてどうかと思う。キョドりながらしぶしぶ店へ向かった。
純粋無垢という言葉が似合う彼女の笑顔。俺は言葉に詰まりながら事情を説明した。
「なるほど。そういうことでしたら、お洋服は私が選んであげましょう!お客さんに似合いそうなお洋服がですねー、あるんですよー!」
そんなのあるわけないだろう。服に親しんでこなかった陰キャを舐めるな。だがそれどころではない。意気揚々と服を選ぶ彼女に、俺は無一文であることを告げた。
「ほ?お金がない?」
・・・まぁ、そういう顔になるだろう。金がないなら客ですらない。手のひら返して出て行けと言われるだろうとびくびくしていると・・・
「経験値払いもウチ、できますから大丈夫ですよ?」
経験値・・・払い?存ぜぬ言葉を当たり前のように使わないでほしい。俺は彼女に説明を求めた。
「えーっと、ステータス画面てあるじゃないですか?」
無い。知らないことを当たり前のように言わないでほしい。
「手をこう、すると出ると思うんですけど・・・」
空中に手をかざすと、謎の液晶が出現した。どうやらソー〇アー〇オンライ〇のような世界観のようだ。
「何かをこなすと経験値がもらえるじゃないですか?それで、100経験値1ゴールドでウチは交換して・・・ってええええええええええ!!!!???」
突然大きな声を出されてシンプルにびっくりしてしまった。俺の目の前の液晶を見ると、
孤堂寺 丹生 【Lv.1】
と表示されていた。さっき彼女のを確認したらレベルは8とかだったので、どうせ俺はこの年でレベル1~~?キモーい!レベル1が許されるのは小学生までだよね~キャハハハハハ!と思われたのだろう。
正直露骨にへこんだ。
「特殊能力レベルが99!?すごい人だったんですか!?」
彼女の声に驚き、液晶の下のほうを見ると確かに、そう書いてあった。
「一体どんなことができるんですか!?」
きらきらとしたまなざしが向けられる。その目は陰キャを殺すのでやめてほしい。30年もの間、何も成しえず、なにもできず、迷惑をかけないように静かに生き、それゆえに何をしたいのか、何ができるのかなんてこともわからず、言われたことしかできず人の目を気にして生きてきた俺に、レベル99になっている能力とは何なのだろう。
特殊能力の文字を触ると、こんな文字が出てきた。
【催眠術】
・・・催眠術?この瞬間、俺の脳内でポケットの5円玉と能力、そしてこの世界へ来た意味を理解した。
そうだ。俺はこの世界で催眠術でかわいい女の子たちを騙し、あんなことやこんなこと、エロ同人みたいに!なことをするために送り込まれた、催眠おじさんなんだ。早漏の俺が選ばれたのは、ページ数を抑えるためだろうか。いやそんなことより、ということは俺はこの世界で童貞を捨てられるのか?思い通り俺TUEEEEEEができるのか?そしてもしそうだとすると、最初のターゲットは・・・・・
きょとんとした顔をした彼女のおっぱいを見て、俺は生唾を飲んだ。
今はまだ怪しまれていない。
やるなら今しかない。
賽は投げられた・・・
否。
エロ同人のページは、もうめくられているんだ!!!!!!
すかさず俺はポケットから例の5円玉を取り出し、彼女につきつける。
驚きながらも5円玉を凝視する彼女に、多少の罪悪感を抱きつつも、5円を揺らし、催眠をかけた。
―――お前は欲に素直で、積極的な、Hな女の子だ!!―――
ぺたりと、彼女は座り込んでしまった。ぼうっとした様子で、まるで魂が抜けてしまったようだ。
・・・やったのか?
次の瞬間、彼女は急に動き出した。胸元を抑え、息が荒くなる。
吐息は甘く、頬を赤らめ、よろよろと立ち上がる。
混乱した様子の彼女は、汗だくになっていた。
「なん・・・でしょう・・・?私、変になっちゃった・・・?心臓がドクドクして、なんだか・・・衝動が、押さえられないような・・・!」
小刻みに震え、上目遣いになりながら、こちらを見ている。
「ごめん・・・なさい・・・。私、もう・・・限界ですっ・・・!私・・・、わたしっ・・・・!」
「わたし、もう、破壊衝動が、オサエラレナイっ!!!!!」
けたたましく雄たけびが上がる。獣のようなうなり声と共に、もりもりと隆起する筋肉。小柄だった少女の身体はみるみる肥大化し、ひまわりのように華やかだった彼女の笑顔は、獲物を見つけた獣の顔になっていた。
店の床にひびが入る。体重増加のせいだろうか。小柄な彼女を包んでいた衣服は引きちぎれたが、やわらかそうだったおっぱいはどこにもなかった。
天井すれすれの大きさになった彼女を、今度は俺が上目遣いで見る。
「ワタシ、オカシクナッチャイマシタ・・・!カラダガ、ウズイテ、シカタナイノォォォォォォォォ!!!!!」
フランケンシュタイン博士も、人造人間を作り出したときはこんな気分だったのだろう。
正直、もうどうしようもなかった。
町から悲鳴が聞こえる。店を飛び出した彼女は、向かいの店を荒らしていた。
人を掴んでは投げ、掴んでは投げ。
逃げる人を捕まえて、放り投げる。
レンガの壁を叩き割り、雄たけびを上げる。
「シュゴイ!!シュゴイノォォォォォ!!!!」
こんなに興奮しない事がしゅごい。
否、彼女は今、興奮の真っただ中にいるのだ。
「モット、シュゴイノ、チョウライィィィィ!!!」
困った。
俺の特殊能力は、催眠術レベル99。
この99という数字は、催眠のかけやすさとか、催眠の内容の融通とか、そういう話ではなかったようだ。
その人間の、潜在能力を、爆裂に引き出してしまう。
確かに俺は、欲に素直で、積極的な、Hな女の子と言った。
確かに欲(破壊欲求)に素直で、(破壊行動に)積極的だ。
じゃあHはどこだ。Hは。
「コワスノ、ギモヂィィィィィィ!!!」
「モット、アッツイ、チ、チョウライィィィィィィ!!!!」
HELLのHだ。
しかしこのままではまずい。何かできないものか。このまま彼女を放置して、『連続悪女逝き』させるのもよくない。
―――その時、俺は不幸なことに、彼女と目が合ってしまった。
やられる。間違いなく。しかしよく考えれば、目が、こちらに向いているのなら・・・?
俺は急いで5円玉を出し、催眠をかけた。それはもうシンプルに。
―――戻れ―――
・・・化け物は、みるみる小さくなっていき、さっきまでの小柄でかわいい、少女が姿を現した。
人々が見ている中、そこには彼女の柔肌があった。
屈みこみ、正気になった彼女は泣いていた。
あふれ出た羞恥心を、周囲の人々は気にすることもない。
目線は痛々しく、少女に突き刺さる。
俺は急いで店の大きめの服を掴むと、彼女のもとへ走った。
何十年ぶりだろう。こんな近くに、女の子のぬくもりが―――
店へ彼女を連れ戻すと、俺は自分がしてしまったことを包み隠さず話した。
いい言い訳も思いつかなかったし、嘘も思いつかなかった。
俺は、最低だ。
勝手に自分がエロ同人の催眠おじさんだと思い込んで、若い女の子をこんな目に遭わせてしまうなんて。
30にもなって、こんなこと。俺はまだまだクソガキだ。それもクズの。
こんな罪悪感があるのに、さっきの女の子の匂いとぬくもりと、柔らかさで、息子は元気だ。
最低だ。本当に最低だ。
しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
「別に、わざとされたわけではないみたいですし・・・何より、悪意があって壊させようとしたわけじゃないんですから。しょうがないです。それに、アレが私の素直な欲だったのなら、私にも非があります。ですからそんな顔、しないでください!」
いい子過ぎる。こういういい子がエロ同人で標的になるんだから、本当に世界はよくない。
全世界の同人作家に思いを届けつつ、ただただ、俺は謝った。
町はまだざわついている。今、この状態で俺が出ていくわけにもいかないだろう。ユニ〇ロ服の異常者として吊るし上げられてしまう。
何か気の利いたことも言えないため、先ほどのステータスバーを確認した。
「あっ!」
少女の声が響く。
「見てくださいこれ!すっごい経験値!!」
先ほどの事故で、俺は信じられない量の経験値を入手していたようだ。
催眠成功 100000経験値
強敵撃破 400000経験値
合計50万経験値。彼女の店では100経験値で1ゴールドにしてもらえるので、つまり、5000ゴールド。
彼女の店の服は、Yシャツが1枚30ゴールドくらいのようなので・・・
上から下まで一通り、この世界での服を揃えてもらった。
全部で110ゴールドくらいだった。現実の物価と照らし合わせたかったが、あいにく服を買ったことがないからいくら位するのか知らない。
「あの、買っていただいて早々、こんなことを言うべきではないとは思うんですけど・・・」
彼女がもじもじしている。なんだこのシチュエーションは。恋愛ゲーム的なことなら
「もう、出て行ってもらえませんか・・・?」
デスヨネー。
目からしょっぱい汗が出た。
「違うんです!そういうことではなくて!」
彼女に手を引かれ、俺は裏口へ連れていかれた。
「そろそろ、警備隊が来ると思うんです。ですから早めに逃げてほしくって。」
居座るのもよくないとは思うが、彼女に罪を着せるわけにもいかない。
「私は大丈夫です!というか、私みたいなのが一人で暴れるなんて思われません!ですから、服装を変えて逃げてしまえば、万事OKです!・・・ね?」
・・・こんなに、優しくされたのはいつぶりだろう。
なのに俺は、気の利いた言葉も言えない。
ワタワタしながら頭を下げて、言うとおりにするしか、俺には。
「またのご来店、お待ちしています!!」
なんて素直な子なんだろう。信じられない罪悪感に襲われながら、俺は店を後にしたのだった。
なお、どんなに罪悪感があっても、あの子を思い出すと起つのであった。