8.二日ぶりの事情聴取
窮屈な座席順は、ようやくまともな形に戻る。
だがそれに対して俺達の間に流れる空気は、先程とは比べ物にならないほど酷いものであった。
向かいには変わらず夫人と森本、田辺の三人が座る。対してこちらに座るは俺と――
「――やはり、誰かと食べる朝食は格別というものですねぇ」
優雅に一人、紅茶を啜る探偵の姿があった。誰かと食うも何もこいつ以外は既に食い終わり皿もとっくに下げられているのだが、もっとも探偵はそんなこと気にも留めていないようである。
「……あのザマス」
そんな彼に恐る恐る口を開いたのは夫人だ。呼び掛けの声にもその語尾は付くのだな、と変な感心をしながら俺はその様子を見守る。
「なんでしょう?」
「今更ザマスが、どうしてお二人はここに来たザマスか? 電話では捜査、と言っていたザマスが」
その言葉に貿易商二人がビクリと警戒するように跳ねる。探偵にはともかく俺にはまだ比較的好意的であった二人の目線が、今は怪しむそれに変わってしまっていた。
夫人の言葉に探偵はハムエッグの黄身をつついて割りながら、なんら言い淀むことなく答えようとする。
「あぁ、それはですね――」
「機密事項です」
「え?」
「すみません、機密事項なので……我々からは何も」
しかしすかさず、俺は探偵のセリフに割り込んだ。探偵が何を言おうとしたのか厳密には不明だが、このアホのことだから下手すれば俺が強盗犯として容疑をかけられていることまで喋りかねない。仮にそんなことにでもなれば、間違いなく三人はパニックになるであろう。それだけは避けたかったのだ。
「じゃあ、島村さんが何故か探偵さんに同行していらっしゃる件についてもザマスか?」
「はい。本件については何もお答えできません」
便利な言葉である。せめてそれっぽくしようとドラマの中の警察のように深刻な表情で言ってみるも、Tシャツ姿ではどうにも格好がつかない。とはいえ遮られた探偵も俺に異を唱えるつもりもないらしく、一心不乱にフォークを器用に使って潰れた黄身から流れ出した卵黄にハムを絡めていた。
「そうだ、その捜査事項に関してなんですが。一昨日の皆さんの行動を、改めて教えて貰ってもいいですか?」
それはほんの思いつきであったが、脳内で精査する間もなく口から言葉がするりと抜ける。しかし、彼女らの反応はどれも芳しいものでは無かった。
「はぁ……あまり、思い出したくない記憶ですけど」
「嫌、とは言えないようですな」
「ザマス……」
三者三様の返事は、どれも暗い。自分が何かしら疑われているという事実に対する嫌悪感を、誰もが隠しきれていなかった。
「御協力感謝します。少しだけこちらも準備時間を頂きますが」
今この場で、と言わなかったのはまだ質問の内容を決めていないのと、単純に探偵の食事が終わるのを待ちたかったからである。今のところこいつはタダの邪魔でしかないが、とはいえ捜査と言った手前事情聴取には流石にちゃんと参加させるべきだろう。
「しかし、私達もお葬式の準備がありますから……」
「はい、手間は取らせません。準備が出来次第お一人ずつお伺いしますので」
森本は顔には出さないものの、時間をかけるなよとそう言外に釘を刺してくる。実際俺としてもまだ春日商事の調査が残っている以上、時間の浪費は避けたかった。
俺が頭を下げると同時に、彼女らもまたぺこり会釈程度のお辞儀を見せる。それを皮切りに、机には探偵と俺を残して一旦は解散の流れとなった。
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「……いいよな? 探偵」
「ご自由に。お忘れかもしれませんが、この三日間は貴方の捜査に私が合わせるだけですので」
「あぁ、それもそうか」
そう言ってソファに仰け反ると、探偵はフォークを置いてティーカップを呷った。どうやら完食したらしい。ご馳走様と探偵が口を拭くと、どこからか颯爽とメイドが現れ皿を片付け、そして執事の鷹崎が机を拭き上げていった。
「誰が怪しい、とかあるか?」
「貴方以外で?」
「俺以外でだ」
「そうですね。女性陣の可能性は低いですから、消去法で田辺氏か鷹崎氏でしょうか」
足を組みながら、探偵はそう口にする。女性陣を排した理屈が分からず、目線だけで尋ねると探偵は続けた。
「なに、ただの偏見ですよ。女性が改造拳銃を扱って五人も殺すというのは、いささか荒唐無稽すぎる」
「なるほど。確かに偏見だが納得は出来る」
自分の推理にやや自虐的な評価をしながら探偵は言ったが、しかしそれは妥当な説でもあった。殊更に性差を強調する意図はないが、訓練していない女性が拳銃で複数人を襲うというのはかなり厳しいものだろう。
ましてや不法密輸の改造拳銃である。調整だって、警察なんかが扱うモノ程精密には行われていないはずだ。
「説明していませんでしたが、使用された改造拳銃はコルト・ガバメントです。装弾数は最大八発、春日商事で撃たれたのも八発でした」
「命中率は八分の五、か。高いのか低いのか」
「素人にしてはかなり高い部類でしょう。そういう意味でも、ある程度反動に耐えうる体格の持ち主と私は推測します」
その言葉に、俺は田辺と鷹崎の姿を思い浮かべる。長身で肩幅も広い田辺は無論だが、鷹崎も老齢、小柄なもののあの立ち振る舞いでは簡単に扱いそうな風格がある。いや、ここは完全に予想であるが。
「まぁ、その条件には貴方も該当する訳ですがね」
「だから俺じゃねぇっての」
探偵は意地悪気な笑みを浮かべ、余計な一言を追加する。確かにその条件だけを見れば俺や櫻木、果ては天海だって該当するが。
「んじゃ、最初は田辺にすっかな。鷹崎はまだ皿洗いだろ」
「そうですか。私としては森本氏から行きたかったのですが」
つい先程に捜査は俺の自由と言っておきながら、この発言である。一瞬呆れたが、その声音に確固たる意思があることにハッと気付き、それから少し声を潜めて俺は恐る恐る尋ねた。
「……なんで?」
「美人ですから」
「即答かよ」