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4.✕潜入○侵入捜査

 喫茶プレリュードをつまみ出されてから丁度二十分後。

 探偵の3シリーズクーペ(BMW)に乗って移動した俺達は天海館の前に立っていた。


 ライオンの頭部の形をした成金趣味丸出しのインターホンを押すも、反応はない。更に数回押しても反応が無いのを確認した俺が連打の構えに入ったところで、隣で何やら携帯を弄っていた探偵が呟いた。


「警部に確認したところ、どうやら近くの葬儀(そうぎ)場で天海氏の葬儀が行われているようです。ということは今は留守でしょう」

「マジかよ。俺には葬儀のことなんて一切知らされてないんだが」

「天海氏本人が亡くなった今、天海夫人……天海紗栄子さんから貴方に連絡する手段が無かっただけでは?」

 そうだろうか。取調室でも言ったように俺は今日の朝、見舞いにここを一度訪れている。にも関わらず、その際の彼女は葬式のソの字も出す素振りは見せなかったが。

 いやまぁ、確かに今朝の天海夫人は昨日の今日でまだ随分と気が滅入(めい)っている様子であったから、単純に頭が回らなかったのかもしれない。夫人の性格はよく知らないが、何せアイツの嫁である。似た者同士の可能性は充分にあるだろう。


「天海氏の葬儀場はここから徒歩圏内のようですが。どうしますか?」

「そうだな……」

 俺は昨日から切りっぱなしである携帯の電源をようやく入れ、時刻を確認する。点いた画面いっぱいに表示された、(おびただ)しい数のの着信履歴はそのほとんどが職場からであった。


「午後六時十五分、ねぇ」

 気付けばとっぷり日は沈み、その癖街は昼以上の明るさを見せている。耳を澄ませば、天海館の外にも関わらず丁度例の時計の鐘が聴こえてくる所であった。


「葬儀つっても今日は通夜だろうから、この館は明日まで留守ってことか?」

「恐らくはそうでしょうね」

「とは言え、春日商事は春日商事で警察が出入りしているから俺達は入り辛いしなぁ……いや、流石に天海館が留守と知っていたらあのまま春日商事に行ったけどよ」

「しかし今から渋谷区の春日商事にまた戻るというのも、億劫(おっくう)な話だ」

 探偵はそう言いつつ、またも携帯を操作して耳に当てる。それから電話先の相手と二言三言言葉を交わした後、直ぐにパタリとその二つ折りを閉じた。


「……どうした? 天海夫人に捜査許可でも取ったのか?」

「えぇ。天海館殺人事件の捜査の際に一度連絡を取ったお陰で、着信履歴に彼女の番号が残っていたので」

「へぇ。それで?」

「何か持ち出すとかでないなら、要はただ中へ入る分には別に構わないと。ただ、鍵を受け取りに結局葬儀場へは向かう羽目に……ちょ、ちょっと」

 探偵が頷いたことだけ確認して、俺は敷地の植え込みへとズカズカ踏み込む。探偵はそれを困惑しながらも、俺の腕をやや乱暴に掴むことで静止した。


「何だよ」

「貴方、一体何を」

「鍵なんて取りに行ってる暇無いだろ。こちとら一分一秒が惜しいんだ」

「しかし……」

「いいから来いって」

 俺は腕を脱力して逃走の意思がないことを示し、その上で改めて敷地へ突き進む。探偵もとりあえずは従うことに決めたようで、やや不貞腐れた表情を浮かべながらも最終的には俺の腕を離した。


 ガサガサと明らかに怪しい音を立てつつ俺達は暗闇に包まれた庭を進む。特にツツジの植え込みは弾力が強く、Tシャツから伸びる俺の両腕を何度も引っ掻いた。


「くそ、真裏に行きたいんだが建物がデカすぎて結構遠いな。二つの意味で悲しくなってきた……あ、そうだところで探偵」

「なんです、くっ、この」

 この期に及んでも探偵はコートを脱がないつもりらしい。彼がその身を枝に阻まれる頻度は俺の比ではなく、そこかしこに木の葉が引っ付いて森の妖怪みたいになってしまっていた。


「春日商事の被害者達の、死因はなんなんだ?」

「……何故、急にそんなことを」

「だってさ、春日商事で殺されたのは五人って言ってただろ? 天海館では外の時間で午後一時に天海の死が発覚して、その時全員集まってる。強盗事件からは大体一時間だ。仮に車を飛ばしても五人も連続で殺して二千万円担いで一時間で天海館に戻るって、殺害方法次第ではかなり非現実的だからよ」

「確かにそうですね。体力的な課題に限らず、方法によっては返り血の問題も起こりうる」

 探偵は珍しく俺に同意する姿勢を見せる。だがそれもほんの一瞬で、すぐに「しかし」と逆説の句を述べた。


「しかし残念、殺害方法は銃殺でした。体力にも返り血にも、なんら問題はない」

「いやあるだろ」

 何故かキメ顔の探偵に、俺は即座にツッコミを入れる。


「この平和ボケした国で、どうしたら善良な俺達一般市民が銃を手に入れる機会があるんだよ」

「それについては心配ご無用。実は天海氏には、前々から拳銃密輸の疑いが掛かっていたらしく」

「……は?」

 にわかに飛び出した、物騒な言葉に俺は息を呑む。


「疑い、と言っていますがほとんど確実だったそうです。証拠もほとんど固まっており、逮捕に踏み切るのも秒読みだった程度には」

「……嘘だろ」

「いいえ、嘘ではありません。もっとも売り捌く為ではなく、本人のコレクター趣味で購入していたとの事ですがね」

 月下、言葉を交わしながらも俺達二人の影は館を撫で続ける。そうして変わらぬ歩幅と口調で、彼は言った。


「しかし彼の死後、警察が部屋を(くま)無く捜索しても拳銃は現れなかった。それは何故か」

「……既に誰かが、部屋から盗んだ後だったからってことか」

「そう考えるのが自然でしょう。もっとも、春日商事の強盗と天海の殺害はほぼ同時に起きていることから、拳銃の窃盗は天海の死とは無関係……それよりも前に行われた別個の犯行として考えるべきでしょうがね」

 当然の話だ。仮に犯人が拳銃を盗むために天海を殺したなら、そこから天海の死から強盗事件には仮に車を飛ばしたとしても(およ)そ二十分のタイムラグがあったはずである。


 ……というか、もっと根本的な話をするならば天海を殺したのが俺である一方で、春日商事の強盗事件を起こしたのは俺でないのだから、その二つが同一人物によるものでないのは当たり前の話なのだ。


 身も蓋もない話だが、しかしこれが一番簡単に納得出来る。ウンウンと一人で納得して頷いていると、しかしそこで俺は魚の小骨の如き、小さくも無視出来ない引っ掛かりを覚えた。


「……いや待て探偵、なんでお前それをさっき喫茶店(プレリュード)で言わなかったんだよ。それを聞いてりゃ、お前が天海館の人間に容疑者を絞り込んだのにも納得出来たのに」

「――なに、わざとですよ」

「はぁ?」

 含みを持った言い方に俺が立ち止まって振り返ると、探偵はニヤリ、悪戯(イタズラ)のバレた子供の様な表情を浮かべた。


「わざと伏せたのです。ニュースを見ていないと言っていた貴方が、口を滑らせて拳銃の話をしないかと期待してね」

「へ、へぇ……」

 探偵の低い声音に、俺は戦慄する。

 こいつ、もしかして三日間ずっとこんなトラップを仕掛けてくるつもりか。


 やっていない強盗事件はともかくとして、このままだと俺がいつ天海殺しの真犯人とバレるか分からない。執念とも言える周到さを見せたその言葉に、真夏にも関わらず俺は震え上がる。

 よもやこれまでバカの珍行動にしか見えなかったアレもソレも、全てが俺の油断を誘う演技のようにすら感じ始めるくらいに、今の彼には得体の知れない不気味さがあった。


 心の中で探偵への警戒レベルを一気に引き上げながら、しかし表面上はポーカーフェイスを取り繕う。大丈夫だ。そもそも彼は、天海殺しを櫻木の仕業と信じて疑っていない。


「……お、やっと着いたな」

 丁度、それと同時に目的地が見える。とは言っても数分前から光景そのものはほとんど変わっていない。ただ、天海館の一室の窓があるのみである。


「ここは?」

「いいか、見てろよ……ほっ、はっ、ふっ」

 俺は窓枠を掴み、そして縦にカタカタ小刻みに揺らす。やがて軽い金属音が鳴ったのを目印に横にスライドすると、それは難なく開いた。


「昨日の俺達にはそれぞれ休憩用の部屋が与えられたんだがな。俺の与えられた部屋、クレセント錠が滅茶苦茶緩んでたんだよ。それがここだ」

「……はぁ、全くもって粗野(そや)粗忽(そこつ)。従った私が愚かでした」

 わざとらしく呆れる探偵を、俺は軽く(にら)む。


「言ったろ。今は一分一秒が惜しいんだ、なり振りかまってらんねぇんだよ」

「……メロス」

「今度は何だよ」

「貴方がメロスだったのなら、いくら時間が惜しくとも彼の葬儀には出たでしょうね。そうでなくともこんな泥棒じみた真似などせず、大人しく鍵を受け取りに葬儀場へ向かってついでに線香の一本でも上げてやった筈だ」

 演劇にすら見紛う、持って回ったような迂遠(うえん)な言い回しは余計に俺の神経を逆撫でる。やや苛立ちを覚えながら、俺はエイヤッと窓枠へ足をかけつつ探偵へ向いた。


「あのな、一応言っとくけどメロスは王様を殺そうとした本物の犯罪者だからな。対して俺は冤罪をかけられただけの無実だ。そりゃあ全然違うだろ」

「そういう意味ではないのですがね……」

 まだ何か言いたげだったが、俺は無視して部屋の中へと降り立つ。背に蒼い月光を浴びる形となったが、その月光もすぐさま探偵の体で覆い隠された。


「……ってお前、結局入るのかよ」

「当然でしょう。どこかの窓から逃げられては困りますし、何より勝負として情報の遅れをとるわけには行かない」

 そうして彼は窓枠に腰を下ろし、何故かそこで足を組んだ。


「――全ての謎は、私が解いてこそ輝くのですから」

 言っている意味は分からんが、どうやらそれは彼の決めゼリフらしい。決まったと傍目(はため)にも自惚(うぬぼ)れの分かる表情を浮かべている彼は、高らかな笑いを上げつつ髪を掻き上げた。



 時間ねぇつってんだろ。

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