32.bites the dust!!
「ちなみに拳銃を持ち出したのは強盗犯が先であり、窃盗犯はその後で確定です。窃盗犯が先に部屋を訪れていたならば、わざわざ後の強盗犯の為に拳銃を一丁だけ残す真似なんてしないでしょうからね」
「……強盗犯やら窃盗犯やら、随分ややこしいね」
「仕方ないだろ、頑張って聞いてくれ」
桜木の野次は恐らく天海館一同、更には警部の意見を代表したものであったのだろうが、こちらとしてはそう表現する他思い付かない。元より本職では無いのだから、話が分かりにくい点についてはある程度勘弁願いたいものである。
「で。売って金にするのか、それとも何かに使うつもりなのかは知りませんが。とにかく拳銃を盗み出した犯人は、自らの犯行を誰にも悟られることなくあの日を乗り切りました。ひょんなことから現れた、警察や探偵にすらバレることなく……ね」
しかし、と俺はそこで唐突に逆接の句を付け加える。
「しかし、安堵した犯人の前に、翌日探偵はまた姿を現しました。そしてその探偵は、何やら拳銃の扱いについて皆様に興味を持っているようでしたね?」
「そうか……我々はあの時、何の事件を捜査しているかは明かしませんでした。強盗事件について捜査していることを明らかにすれば、必ず島村さんが同行している理由についても説明しなければなりませんから」
「あぁ、そうだ探偵。けれど犯人はそんな事情を知るはずもない。だとすれば、犯人から俺達はどう見えたと思う?」
探偵は一足先に答えに辿り着いたらしい。彼はハッとした表情で床を見つめたまま呟き、そして俺はそれに頷いてまたひとつ問いかけを投げる。けれども探偵がそれへ答える前に、俺は天海館一同の方を向いてその続きを言った。
「もしかして、自分の犯行がバレたのでは……そう、考えてしまってもおかしくはありませんよね?」
彼らは何も答えない。肯定も、異論も挟まれる気配はなかった。だから俺は、そのまま一気呵成に最後まで語り切ろうと息を吸う。
「となれば、勘違いした犯人が――」
「慌てて捜査に関わっているらしい島村を殴ったとしても、おかしくはないってことか」
「そういうこった。要するにお前はそもそも殴っちゃいねぇんだよ。殴ったのは窃盗犯の方だ」
180°回転して桜木に頷き、それから俺は少しだけ円を描くように歩き始める。天井を眺めながら、俺はポツリ呟くように語り始めた。
「そもそも、強盗事件自体はそこまで複雑な物ではありませんでした。でも、ひとつの嘘と、ひとつの誤解。これが話を一気にややこしいものにした」
「ひとつの嘘は、僕の名前のことだね。そしてひとつの誤解っていうのが、窃盗犯の勘違いか」
「正解」
パチン、と俺は強く指を鳴らす。
思えば桜木が俺を殴ったならば、犯人は『警告』なんて言葉を使うはずがなかったのである。彼は、俺に謎を解いて欲しいと考えているのだから。
しかし納得した桜木と入れ替わりに、今度は警部が口を開く。
「おい、待て島村。さっきから窃盗犯窃盗犯って言っているが、結局そいつは誰なんだ。見当は付いているのか」
「ええ、勿論ですよ警部さん。そしてその窃盗犯は、この中に居ます」
それは今までの話の流れから明らかであったが、しかし俺の改まった宣告にやはり皆動揺した様子を見せる。気付けば天海館の人々は、それぞれの間隔が少しだけ広がっていた。
「なぁ。誰なんだ、そいつは」
「……あの時、アリバイが無いのは田辺慎一郎さんと森本美樹さんの二人です」
警部の言葉にはそれだけ答えて、俺は田辺慎一郎にゆっくりと歩み寄る。明らかに怯んだ様子の彼から、僅かに1メートルほど離れた位置で俺は探偵へと首を向けた。
「探偵。殴られた後の俺の証言、覚えてるか?」
「はい?」
ポッケに手を突っ込んだまま、まるで明日の天気でも尋ねるような軽さで投げ掛けられたその質問に探偵は眉を八の字にする。それから自分の記憶に間違いがないか、何度も確かめるように数秒硬直した後、やがて呆れるように答えた。
「証言って、貴方『フードで顔は見えなかった。体型も声も覚えていない』とか言っていたでしょう」
「お、そうそうそれそれ。それが聞きたかった」
パッチンパッチン、片手をポッケから出しつつ指鳴らしを繰り返すと探偵はさも鬱陶しそうに首を振る。口には出さずとも、話が見えないと顔がそう言っていた。
それだけ確認して、俺は田辺へとまた向き直る。俺が目の前に立ったことで、田辺は完全に血の気を失った顔色であった。
「田辺さん」
「……なん、でしょう。私は貴方を殴ってなどいませんが」
「今日の田辺さんの服、フード付いてますよね。被って貰っていいです?」
自分の襟首をクイクイと上げて見せると、田辺は震える手で灰色のパーカーからフードを持ち上げる。
「これで、良いでしょうか」
「あぁいや、もうちょい目深くお願いします」
「……こうでしょうか」
ググ、と田辺は更にフードを引っ張る。思わず力が入りすぎたようで、彼の背中は下のシャツが見えるほどに吊り上がってしまっていた。
「ま、ちょっとやりすぎな気はしますが、とりあえずそれでいいです……うーん?」
俺はそれから、ゆっくりと田辺の周囲を回り始める。時に屈み、時にジャンプしながらフード姿の大男を観察する様子は皆に珍妙に映ってしまったらしく、その間は重苦しい沈黙に包まれてしまっていた。
やがて、ようやく顔の強張りも軽減されてきた田辺の正面で、俺はひとつ彼に尋ねる。
「田辺さんって、身長いくつですか?」
「……207センチですね」
「おや、大きいなとは思っていましたが、まさか2mを超えてらしたとは。俺が175だから、まぁだいたい30センチ差ってところですね」
「まぁ、そうなりますね」
気の抜けた調子で笑う俺に、田辺はそれでも固い顔で頷く。それから俺は再度彼の周囲を一周すると、探偵の方を向いた。
「なぁ、探偵」
「なんです?」
そのやり取りは、一体何回目だろうか。多分まだ十回は超えていないはずであるが、それでも体感ではもう数百回を超えた気分であった。
俺はチラリ、もう一度田辺を見る。
それから腕を組んで言葉の続きを待つ探偵に、俺は底抜けに明るい声で言った。
「この身長差、この下から覗き込む構図でさ。フードで隠れて顔が見えなかったって、無理がある気がするんだが?」
親指で背中越しに田辺を指しつつ、俺は首を傾げる。
探偵は何も答えない。仕方なく俺は首を回すと、その先で凍り付く彼女へと同意を求めた。
「……ね? 貴方も思いませんか、森本美樹さん」





