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3.宣戦布告、アゲイン

「改めまして。それではお待ちかね、()()()()()を始めましょうか」

 パフェとメロンを目前に並べた彼は、スプーン片手にキリッとした表情でそう言った。


「答え合わせ、ねぇ」

 対する俺はずぞぞと珈琲を啜るのみである。三日後の自分の身も心配だが、今はそれと同じくらい財布の中身が心配であった。


「昨日の昼、貴方は天海館にいた。あそこに居た人間は覚えていますか?」

「天海と夫人、メイドと執事……んで招待客の櫻木、俺。あとスキンヘッドで長身の男と、結構美人な茶髪の女が一人ずつ居たな。知り合いじゃないから、名前までは知らねぇが」

 指折り数えながら俺が言うと、探偵は胸ポケットから二枚の写真を取り出す。そこに映っていたのは、(まさ)しく俺が先程述べた『名前の知らない二人』に相違なかった。


「あぁそう、こいつらだ。ほとんど会話はしなかったが、如何(いかん)せん両方インパクトの強い見た目だったからよく覚えてる。彼らも客なのか?」

「ええ、彼らも招待客です。名前は男が田辺(たなべ)で女が森本(もりもと)。天海の仕事、すなわち貿易業での仕事仲間だそうで」

「ふぅん、貿易業ねぇ」

 相槌を打ち、俺は腕を組む。大学以来の付き合いであった俺や櫻木も就職先は別々だから、道理で知らないはずである。もっとも、昨日の時点から薄々察してはいたが。


 ……しかし、互いに面識のない友達を一緒くたに集めるかね? 普通。


 俺は内心で、今は亡き天海に毒づく。

 まぁ、彼は大学の頃から頭が回らないというか、考えの足らない所は多かった。恐らくまとめて招待したのにも深い意味は無く、ただ自分と仲の良い人間を上から適当に集めたということなのだろう。それでいて互いを紹介することにすら想到しなかったというのは、やはり思考が浅いの一言に尽きるが。


「さて、話を戻しましょう。天海聡太さんが殺されたのは、ちょうど正午。館の中では櫻木のトリックのせいで、午後一時の時間ということになっていましたが……ここでは外の時間で話しましょう」

「あぁ、時計が弄られてたやつな」

 弄られてたやつ、と俺は敢えて強調して追随する。実際には恐らくたまたまズレていただけなのだろうが、しかしこのオンボロのお陰で櫻木への冤罪は生まれたと言っても過言ではない。


「機械発展の目まぐるしいこのご時世です。皆が当たり前のように携帯電話や腕時計を身に付けていますから、ただ時計の時間をズラしたとしても、普通はまず見破られてしまう……普通なら、ね」

 勿体ぶりながら、ゆっくりと彼はパフェを口に運ぶ。いつの間にやら、既に半分近くは探偵の腹の中に消えていた。


「けれどあの時計は普通では無かった。イギリスのビッグ・ベンを(かたど)った物だからか、とても巨大な上に十五分おきに鐘を鳴らすという、極めて存在感の大きな時計だった」

 もう半分も瞬く間に平らげ、彼は持ち替えたフォークと共にカットされたメロンへ手を伸ばす。


「加えて、あの日は皆意図的に腕時計を外していたようです。料理に携わるメイドや執事はともかくとして、貴方達客人までもがね」

「あぁ。天海の知り合いならほとんど知っていることだが、あいつは他人の腕時計を見るとすぐ自分の……なんだっけ、確かオーデマピゲとか言ってたな。そのメーカーの高級時計を自慢してくるんだよ。悪気は無いんだろうが……」

「えぇ。結果として、彼は一時間のズレを誰にも悟られることなく櫻木は犯行に及んだ。一時間前の午前十一時に、君と共にメイドさんの料理の手伝いをすることでアリバイを作ることも忘れずにね」

 フォークを俺に向け、グサリと探偵は呟く。


「さて、時は流れ遺体発見後。そんなトリックなど知らずに捜査に当たった警部は貴方達にある質問を投げかけました。そう、その質問の内容こそが櫻木のトリックのキモ――」

 シャリ、と探偵は音を立てて咀嚼(そしゃく)する。まるでグルメリポーターのようにうっとりとその味わいに意識を傾けて、それから彼は潤んだ口を開く。

 そして俺も釣られるように、彼の言葉を真似た。


「「――死亡推定時刻である正午、アリバイのある人は居ませんか」」

 すかさず、ピンポンパンポンと探偵は正解の音を口ずさむ。しかし実際の経緯を知る俺としては、満足気な彼へ心の中で不正解音を送らずにはいられなかった。


「櫻木のトリックには密室もありましたが、こちらは本題には関係ありませんから割愛しましょう。昨日語ったことですし」

 探偵はフォークを皿に置き、そのまま間髪入れずにメニューへと手を伸ばす。俺はその腕を無言で掴むことで止めながら、視線だけで続きを求めた。


「さて先程誰にも悟られることなくと申し上げましたが、これは一部間違いだ。島村さん、貴方だけは時計のトリックに事前に気付いてしまった」

「……」

 違う、とここで突っ()ねることも出来るが、証拠も無いので仕方なく黙り込む。反論するにしても、段取りを考えると最後にまとめての方が良いだろう。


「或いは逆かもしれません。時計をズラしたのが貴方で、利用したのは櫻木。どちらでも良いことですがね……要するに貴方は館の時間と外の時間に差があることを、私が指摘するより先に知っていた」

「それで?」

「貴方は考え付いたのです。杉並区の天海館から職場の春日商事までは車で片道二十分。この時計を利用して、日頃()き使われている仕返しをしてやろう――そんな具合にね」

 まぁ、妥当な流れである。

 大方(おおかた)春日商事が従業員に過酷なサビ残を課すブラック企業であることも、俺が日頃からそれに愚痴を(こぼ)していたことも既に探偵は把握しているのだろう。


 大きな破綻はない。だが、疑問は残る。


「探偵。犯行時刻の正午……天海館の中では午後一時だが、確かにその時俺達は食後の休憩ってことで全員バラバラに行動していたからアリバイはない。けれどそれだとまだ天海館の人間全員に犯行自体は可能なことになるんだが。もっと言うなら、外部の人間の犯行だって十分に有り得る。まさか俺の勤務先だから俺がやったに違いない、なんて理由じゃないよな?」

「えぇ。ですから、推理はまだ半分です」

 この男、俺に与えられた貴重な三日のうちの一部を奪っている自覚はあるのか。半分という言葉につい苛立ちを隠せず、俺は乱暴に頭を掻きながら人差し指で机を叩いた。


「しかし、ここからは状況証拠の側面が強いのも事実。決定的な物的証拠には欠けます」

「知ってる、だから俺には猶予期間が与えられたんだ。それでいいから、早く教えろ」

「――天道社長は、ケチで有名だったらしいですねぇ」

 唐突に、彼は建物へ視線を向けたままボリュームを上げた。


「なんでも渋谷区のこんな良い立地に構えておきながら、防犯カメラひとつ置くことすらケチっていたようで」

「アレ、二代目社長だったからな。二代目なんてどこもそんなもんだろ。まぁ厳密にはダミーカメラがいくつか備えてあるが……ダミーでも一応置いたあたり、見栄っ張りって言葉のが適切かもしれん」

「へぇ、やはりご存知でしたか」

 探偵の反応に、俺はシマッタと口を(つぐ)む。もっとも、これは春日商事の人間なら掃除のおばちゃんですら知っているような情報だから、知らないフリをするというのも不自然な話ではあるが。


「不思議だったんですよ。この辺には山ほど企業が存在するのに、何故わざわざ中小の春日商事が狙われたのか」

「犯人は防犯カメラが無いことを知っていた、ってか?」

「そう考えるのが自然でしょう。それに、現金は金庫から盗まれた。番号こそ定期的に変えていたそうですが、天道社長は金庫を開ける際に大声で番号を言う癖があったらしいですから、従業員はだいたい皆知っていたそうで」

「なるほどな。確かに身内の犯行である可能性は高そうだ。そして身内だと仮定した場合に、櫻木の犯罪が露呈さえしなければ今頃俺も正午に天海館の厨房に居たというアリバイを主張しただろうから、春日商事の従業員の中でも一際怪しい存在となったって訳か」

 まぁ、そんなところですね。と探偵は満足気に頷く。しかしそれを最後に、彼の流暢(りゅうちょう)な語りは止まった。


「……」

「……」

「……え、終わり?」

「終わりですが?」

 てっきりまだまだ続くと思われていた推理劇は、俺の期待とは遥かに違う形で唐突な終わりを迎える。キョトンとした表情の彼に、俺は早口で質問を投げた。


「い、いやいや。もっと明らかに俺っていう何かがあるんだろ?」

「そんなものがあったなら、今頃貴方は問答無用で檻の中ですよ。これといった決め手が無かったからこそ、わざわざ貴方に任意同行を求めたのです。プレッシャー掛けて勝手に自白してくれたらラッキーですから」

 あんぐりと口を開けたまま硬直する俺とは対照的に、悪びれる様子のない彼は話し疲れたと言わんばかりに水を呷る。それから目にも止まらぬ速度でメニューを開くと、呑気な調子でこう言い放った。


「デラックスパフェ、もう一個頼みますね」

「ふっ……ざけんなよテメェ! なんだそのガバ推理は、いや推理ですらねぇよこんなの! 櫻木の時のキレはどこ行ったんだよ!」

 あまりの怒りに、俺は机越しに探偵の胸倉を掴んで怒鳴り散らす。はずみでメロンの皿が落ちて砕け、視界の端で例のウエイトレスが頭を抱えるのが見えたが、今は気にする余裕などなかった。


「待った、落ち着いてください」

「これが落ち着いてられっかよ! あぁ!?」

「――この三日間は、つまり私と貴方の勝負なのですよ」

 探偵の口から飛び出した言葉に、俺は一瞬困惑する。その僅かな隙に探偵は俺の手を魔法の如くすり抜け、乱れたコートを直しながら俺に改めて向き直った。


「確かに証拠は乏しいかもしれない。けれど私の勘が言っているのですよ、貴方は間違いなく野蛮な殺人犯であると」

「……はぁ? 上等だよヘボ探偵」

 その構図は、取調室のそれとは真逆であった。

 挑戦者(探偵)はただ冷静に、怒り狂う俺へと革手袋に包まれた人差し指を向ける。

 それに対抗するように、俺は右手の親指を真下に向けた。


「三日後、貴方はこの服部欣也に(こうべ)を垂れることになる」

「三日後、テメェはこの島村幸次郎に土下座する」

 熱視線が、火花を散らす。


「必ず、尻尾を掴んでやりますよ」

「絶対、吠え面かかせてやるよ」

「お客さん達ぃ、お願いですからもう帰ってくださぁい!」

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