表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/36

26.来たる、最終日

 朝風呂は苦手である。

 そもそも、朝が苦手なのだ。それ故に俺は、探偵事務所のバカでかい風呂で朝シャンなるものを終えても尚、眠い目を擦っていた。


「しっかりしなさい島村さん。どうせ明日からは規則正しい生活を送らなければならないのですから」

「サラッと刑務所送りを示唆してんじゃねぇよお前」

 珍しくラフな格好の探偵へ俺は言い返す。珍しくと言ってもここは彼の自宅なのだから、コートを着ている方がよっぽどおかしいのであるが。

 それにしても俺の刑務所送りを冗談ではなく本気で言っているところが腹立たしい。確かに一度は自白している以上、どちらに転んでも刑務所に放り込まれる可能性は高いが、まだそうと決まった訳では無い。俺は未だに逃げ切る気である。

 が、そんなことを正面切って彼に言う訳にも行かない。仕方なく、それ以上の文句は控えることにした。


 探偵が見ていたのだろう。点けられていた朝のニュースでは、もう天海館も春日商事の事件も語られてはいなかった。やれどこどこで事故があっただの、どこどこで詐欺があっただの、さしても珍しくない事件が報道されているのみである。

 きっとこの犯人や被害者達もまた、明日や明後日にはもう忘れ去られたが如く語られないのであろうが。


 なんとなくナーバスな気分になっていると、背後で天海夫人へ電話していたらしい探偵が携帯を折りたたんだ。


「――紗栄子さんに連絡を取りました。再捜査、別に構わないとの事です」

「了解、心が広くて助かる」

「何故私を見て言うのです」

 探偵に指摘され、俺は吹き慣れない口笛で誤魔化しつつ身支度を整える。とは言っても元々さしたる荷物は持っていなかったから、ものの数秒で出発の準備は出来た。


「財布に携帯と……行けるか、探偵」

「えぇ」

 問えば、コートを袖に通しつつ彼は答える。一方特に翻すモノを持ち合わせていない俺は、とりあえずポッケに手を突っ込んで歩き出した。


「じゃ、出発だ」


 **


 チグハグな片言で、ナビは天海館までのルートを指し示す。どうやら探偵事務所からも、天海館までは二十分程の距離であるらしかった。


「そういえば」

「ん?」

「田辺氏と森本氏ですがね、どうやら今日も天海館に居るようですよ」

 ハンドルを握る探偵は、突如思い出したように語った。先程夫人に連絡した際に聞いたのであろうその情報は、俺にとって中々予想外のものであった。


「へぇ、なんで」

「さぁ。夫人を励ますためでは?」

「ほぉん」

 探偵は適当に言ったのだろうが、実際そんな所だとは思われる。田辺はともかく森本は夫人と一緒にパッチワークをする程度には仲も良かったらしいから、紗栄子夫人としても喜ばしい事なのだろう。


「ま、人が多けりゃそれだけ情報は増える。朗報として受け取っとくよ」

 それだけ言って俺は車の窓を開ける。夏とはいえ朝の渋谷には、涼やかな空気が漂っていた。それを胸いっぱいに吸い込み、それから欠伸と共に吐き出す。


「……あぁ。ダメだ、まだ眠い」

「眠っていて構いませんよ。着けば起こします」

「助かる」

 礼を言い、俺はリクライニングを一気に倒す。天井で隠れていたはずの日光が目に刺さり俺は一瞬、反射的に顔を背けた。


「眩しっ」

「全く、手間のかかる人だ」

 ヤレヤレと呆れた様子で、探偵は運転席から器用に手を伸ばして助手席のサンバイザーを下ろす。それに再度俺も礼を言い、それから足を伸ばして熟睡の姿勢へと入った。


 目を瞑るや否や、うつらうつらと意識は断続化し始める。途中で一度探偵が何かを言った気がしたが、返事は出来なかった。そのままガァー、だとかゴォー、という車輪の音に溶かされるよう、俺の意識は薄くなっていく。


 ガァーーーー。

 流石高級外車である。音こそ聴こえるが、それは決して不快ではない。


 ガァーーーーーーーー。

 むしろ、律動的であるお陰か、ある種の睡眠導入にすらなっていた。


 ゴォーーーーーーーーーーーーーーー。

 まるで、それは子守唄の如く――




「――着きましたよ、島村さん」

「ごぉっ」

 いきなり肩を叩かれ、俺は驚いて跳ね起きる。あまりの勢いにBMWの低い天井に思いっきり頭をぶつけ、俺は椅子の上で悶絶した。


「ちょっと、凹まさないでくださいよ」

「ぬおお……痛てぇ」

 殴られた傷口もまだ完治していない。今日も俺の頭には包帯が二周程巻きついているが、今の衝撃でそこにはほんの少しだけ血が(にじ)んだような気がした。


 頭を押さえつつ、俺はふらふらとBMWから降り立つ。駐車場からは、天海館の三角屋根が木々からニョッキリと突き出すように見えていた。


「探偵。櫻木が犯人であることは言わないように」

「勿論。そもそも私はその説を支持していませんし」

 視線はその屋根へ向けたまま、足踏みを揃えつつ互いに言葉を交わす。天海や櫻木のようなかつての親友とはまた違った、謎の絆のようなものが俺達の間には生まれているような気がした。


「……と、そうだ」

 しかし探偵は、ものの数歩で立ち止まる。そうして訝しんで振り返った俺に掌を出すと、くいくいと指を曲げて言った。


「先にガソリン代、貰っていいですか」

 ――前言撤回、絆とか無ぇわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もギャグ多くて面白いです。次回あたりから最後の捜査ですかね?楽しみにしてます!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ