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22.探偵vs犯人?

 櫻木珪人は、困ったように答えた。


「いいえ、僕は男じゃありません」

 瞬間、ブザーがけたたましく鳴り響く。俺自身も想像以上の音量に驚き、一瞬肩を跳ねさせた。


「……動作は正常みたいだな。ワイヤレスだから多少の遅延はあるみたいだが、面会室の構造上そこは仕方ない」

「そうだね」

 パソコンの画面に目を移して俺は言う。一方の櫻木は、ひと昔前のSF映画に出てきそうなメカメカしい特製ヘルメットを被ったまま、素っ気なく相槌を打った。


 まぁ、協力と言いつつやっている事は完全に尋問である。これまで留置所内でされていたこととさして変わらないのだ、櫻木が機嫌を損ねるのも無理はなかった。


「なんでも、FBIもこの捜査を使ってるらしいぞ。精度は相当なもんだそうだ」

「それはデマだって話もあるよ。なんでもいいけど」

 自重でズレたメガネを直しつつ、彼はそっぽを向く。言外に早くしてくれ、と急かされているようであった。

 その態度に、思わず俺は必要のない言い訳を並べる。


「……一応言っておくけど、別にお前を疑ってるわけじゃない。ただ捜査が行き詰まったから、視点を変えて関係者全員を参考人ではなく容疑者の目線で見ていく方針に切り替えたってだけなんだよ。ま、お前の場合は普通の事情聴取をしてないからそれも兼ねてるが」

「僕が嫌がったらそう説明しろって、探偵さんにでも指示されたのかい?」

 間髪入れず、彼は完璧に言い当てた。

 驚きのあまり反射的に嘘をつこうと口を開けたが、その瞬間櫻木の冷ややかな目が視界に入る。決して、その目は睨んではいない。むしろ笑っているような、しかし同時に凄みのある目であった。


 しばしの硬直があり、俺は結局飛び出しかけた嘘を呑み込む。


「……その通り、よく分かったな。俺にゃ思いつきそうにないってか?」

「そう卑屈になるなって。むしろ僕は君の頭脳をかなり評価しているよ。垂直思考はともかく、水平思考は僕より遥かに上手いんじゃないかな」

「なんだそりゃ」

 素で尋ねると、彼は虚をつかれたように目を丸くする。そしてその直後、屈託のない笑顔で声を出して笑った。


「ははっ……そういうところだよ。島村」

「なんで笑われたんだ、俺。マジで知らねぇんだが」

「バーティカルシンキング、とかラテラルシンキングとも言うんだけどね。聞いたことないかい?」

「……いや全く。甲虫王者なら知ってるけど」

「それはムシキング。ま、平たくいえば君はお勉強はさておき頭の回転はかなり速いってことだ。だから視点を変える発想も、嘘発見器なんて半分反則技のようなアイテムを持ち出す思考も君なら容易に有り得る」

 けどね、と彼はヘルメット越しに自分の頭を指で叩きつつ、椅子の上で軽く仰け反る。それから弾みをつけて机の上に肘を置くと、(たしな)めるような声音で言った。


「島村、君は嘘をつく時多弁になるね」

「……マジか、そんなに分かりやすい?」

「うん。君は嘘つきに向いていない」

 バツが悪そうに、俺はおどけるように舌を出して誤魔化す。

 思えば探偵にアタッシュケースの存在を隠す時も、俺は随分と喋っていた。言い訳グセというか、そういうものが身に付いているのだろう。


 だがしかし、バレたからと言って引き返すつもりは無い。


 これは文字通りの最終手段なのである。

 俺はパイプ椅子の上で姿勢を直し、櫻木と同じように机へ体重をかける。鏡合わせの姿勢で、俺は開き直るように言った。


「じゃ、言い方を変える。お前の持ってる情報をくれ」

「はいはい、どうせ拒否権もないんだからご自由に」

 足を組んで櫻木は笑う。極めてダサいヘルメットを被っていても尚、彼の端正な顔は魅力を失っていなかった。


 俺の背後に立つ探偵は未だ、何も言う気配はない。事前の相談で俺に全てを任せると言ったのだから当然ではあるのだが、彼の気配の消しっぷりは時折存在を忘れそうになるほどであった。


「訊いていくぞ。櫻木は全て、いいえで答えてくれ」

「いいえ」

「そうじゃなくてね?」

 真顔の櫻木に思わず突っ込む。正直なんとなくやるとは思っていたが、今その鉄板ネタは求めていない。


「気を取り直して……まず、お前の名前は櫻木珪人である」

「……いいえ」

 ビーッ、ブザーが鳴る。ボタン電池ひとつで動いているとは思えないほどパワフルな空気の振動に、俺は思わず目を瞑った。


「ねぇ、試運転はさっきしただろう」

「それもそうか。じゃあ早速本題に行くが、お前は天海聡太を殺した」

「いいえ」

 音は鳴らない。当然のことである、俺は頷いて少しだけ口角を上げた。だが、対する櫻木の表情に変化はないままである。


「よかったな、冤罪が晴れたぞ」

「……こんなもの、警察が信じるとは思えないけれど」

「まぁまぁ。では次だ……お前は、春日商事襲撃事件の手掛かりを知っている」

「いいえ」

 言い終わるよりも早く、ブザーが鳴る。それに反応して今度こそ、櫻木は不快そうな表情を見せた。


「僕は何も知らないんだけど?」

嘘発見器(こいつ)はそうじゃないって言ってるけどな、なんか心当たりあるんじゃねぇか」

 敢えて警部のように、高圧的な態度で俺は櫻木に迫る。既に櫻木に看破されている建前など、この時点ではもはや何の意味を成していなかった。


「こんなもの、どこまで信用出来るか。ただのおもちゃじゃないか」

「FBIでも使われてるって言ったろ。コイツそのものが証拠にはならなくても、信用自体は出来るさ」

「だからそれはデマだって……」

 呆れたと言った様子で櫻木は頬杖を付く。だが、その態度は見方を変えればはぐらかしているようにも取れた。


「本当に心当たりは無いのか?」

「……一つだけ」

「やっぱりあるじゃあないか」

「この捜査には必要ないと思ったんだよ」

 俺が笑うと、櫻木は不服と言わんばかりに口を尖らせる。そして彼はまた頬杖の姿勢をとると、拗ねた子供のような態度と口ぶりで言った。


「天海の奴、春日商事の株を持ってたんだけどさ」

「へぇ、初耳だ」

「知り合いの会社の株を持っているとそいつより偉くなった気がする、だってさ。本当大学時代から変わらない奴だよね」

 全くである。櫻木と目が合い、俺も苦笑した。いやはやまったく、昔から底意地の悪くて、成金丸出しみたいな男であった。そういう所が時々面白くもあったのだが。


 櫻木は苦笑のまま、緩やかに続ける。


「それ、誕生日の前日に全部売っ払ったらしいよ」

「全部?」

「うん、結構あったみたいだけど全部。僕が知ってる春日商事に関連することはそれだけだ」

 手を広げ、彼は無抵抗のポーズを見せる。その様子に嘘をついている様子はなかったし、当然ながらブザーも鳴ることは無かった。


 果たしてそれが、どこまで重要な情報であるのかは分からない。偶然かもしれないし、事件が起きることを知っていたが故の行動のかもしれない。そして天海がくたばった今、それを本人に問うことも叶わない。


 俺はさっさと手元のメモにそれを書き取り、また机に体重を乗せる。


「じゃあ、次だ。お前は春日商事襲撃事件の犯人を知って――」

「知らない」

 その質問は、ただの確認程度のものであり。俺は正直なところほんの僅かな期待すら持っていなかった。そんな上手くいくわけがない、と。


 だが、しかしだ。

 その質問をした瞬間、何故か彼は『いいえ』ではなくそう答えたのである。それも、俺が言い終わるかどうかくらいのタイミングで、だ。

 猛烈な違和感に俺は思わず指に力が入るのを感じる。直後、またブザーが鳴り響いた。


「――違う!」

 直後、慌てたように櫻木は血相を変えて立ち上がる。その様子からは、先程のやり取りに感じられた余裕など一切残っていなかった。


「違う、知らない!」

「いや、しかしだな……」

「本当だ、本当に知らないんだよ!」

 喚きつつ、彼は俺との境界となるアクリル板を殴ってそう叫ぶ。あまりの剣幕に思わず、自分も声のボリュームを上げて応戦しそうになったが、しかしすんでのところで思い留まって俺は浮かしかけた腰をパイプ椅子に戻した。


「誤作動だろ。本当に知らない」

「……分かったよ。じゃあ次だ」

 彼の畳み掛けに、俺は仕方なく一旦折れる。

 その言葉でようやく櫻木は叫ぶのを辞め、また椅子へと直った。もっとも彼の視線はパソコンの方をまっすぐに向いており、明らかに機械のことを疑っている様子である。

 俺はその目に射すくめられているような感覚を覚え、思わずゴクリと唾を飲む。


 もう、やるしかない。

 内心では冷や汗をかきながら。しかし俺は博打にも近い、大きな一手に出た。


「――その犯人は、櫻木珪人である」

 問われた瞬間、櫻木は真顔に戻る。一片の焦りも、そこには残っていなかった。

 ただ、一滴の汗すらかくこともなく。クソ暑いこの部屋の中で、櫻木は涼し気な表情を浮かべていた。


「いいえ」

 刹那、ブザーが鳴った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さ、さ、櫻木ィ~~~~お前~~~~やりやがったな~~~~!!! しかし、櫻木が口を滑らせるというか、動揺して墓穴掘っちゃうところの描写がめっちゃいいですね。あと、ムシキングのくだりも。二つ…
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