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2.食えない探偵、食う探偵

 警察署を出てすぐの喫煙所。


 箱の上を舞うは二羽のカラス。

 そして、箱の内に佇むは俺達二人の野郎共である。


 一人は季節外れの暑苦しい茶のトレンチコートを身に纏い、呑気にぷかぁとパイプから吸った紫煙を吐き出している。

 他方で俺は、かの探偵とは対照的にGパンとTシャツという軽装でアクリル板にもたれながら、一箱360円の激安煙草をふかしていた。


「……マズいな」

「別に諦めても良いのですよ、島村幸次郎さん」

「違ぇよ、煙草がだよ」

 瞬発的に返したそれは嘘ではなかったが、しかし大きな嘘でもあった。

 確かにわかばはクソ不味い。一番安くて不味いやつなんて言われているだけある不味さである。

 しかし今に限って言うならば、その不味さには俺の心境も大きく関係していた。


『――三日だ! 三日で真犯人、俺が捕まえてやるよ!』

 警察署中に響き渡ったらしい、俺の啖呵が脳内に蘇る。遅ればせながらの羞恥に身をグネグネと悶えさせながら、俺は盛大に頭を抱えた。


「せめて五日って言うんだったな……いや、一ヶ月か、もっと言うなら半年……」

「そんな条件が呑まれた訳ないでしょう。この三日だってほとんど奇跡、警部からの慈悲のようなものなのに」

「チッ、分かってるよ」

 呆れたように言う探偵を、俺は睨み付ける。彼はそれに、ヤレヤレとわざとらしく首を振った。


「はぁ。全く、本当は貴方のお目付け役などやっている暇は無いのですが……」

「なんだ、名探偵様はご多忙ってか」

「ええ。今この瞬間にも迷える子羊達は、私を待ち望んでいるのです」

 気障(キザ)ったらしい言葉に、俺はニコチンを強く吐き捨てる。勢い良く吸っていた甲斐あってか、俺の煙草は探偵よりも一足先に終わった。


「おい、探偵」

「服部」

「あん?」

服部(はっとり)欣也(きんや)。私の名ですよ」

 言われて、俺は探偵の名前を知らずにいた事に気付いた。思えば、警部の名もである。


「そうかよ。で、探偵」

「なんでしょう?」

 敢えて名前を無視してやるも、余裕綽々(しゃくしゃく)の態度にブレは無い。何処までもいけ好かない野郎だ、と内心毒づきながら、俺は顎でアクリル箱の出口を指した。


「行くぞ」


 **


 そんな探偵も、流石に戸惑ったらしい。

 (かたわ)らを流れる雑踏を見て、それから目の前に置かれた、未だ湯気の立ち込める黒色(こくしょく)の液体をじっと見る。たっぷり十秒あってから、ようやく彼は口を開いた。


「ここは」

喫茶店(サ店)の屋外席だけど?」

「いえ、それは分かっているのですが」

「いいよ、俺の奢りだから手持ちは気にすんな」

「……」

 一瞬、明らかに苛立つ様子を見せた探偵は、しかし目の前のブラックコーヒーを呷る事で平静を取り戻したらしい。熱された呼気を吐き出しながら、探偵は落ち着き払った声音で俺へ訊ねた。


「何が目当てでここに来たのか、と訊ねたのですよ」

「何が目当て? そりゃ簡単だ、お前の推理だよ」

 俺はそう言って、探偵にやや遅れて自分の珈琲を啜った。


「情報収拾は捜査の基本、ってな。もっと言えば、ここで俺がお前の推理に穴を見つけりゃ、その時点で俺は解放される」

「なるほど。それでわざわざ警察署から数キロも離れた春日商事の向かいに位置する、この喫茶プレリュードを」

 納得した様子で、探偵は首を向かいの建物に向ける。春日商事と無骨な看板を掲げた(くだん)の建物は、今は閉鎖されているらしかった。


「屋外席を選んだのも、全てそのためということですね」

「あぁ。平日だし、夕方とはいえ真夏にエアコンの無いこの席に座りたがる奴なんてまず居ねぇ。殺人だ強盗だって、物騒な台詞も喋りたい放題だ」

「えぇ。注文だけは少し面倒なようですが……失礼」

 コートから玉のような汗を流して尚、彼は涼し気な顔で室内へ向け手を挙げる。バイトであろう店内のウエイトレスはそれに気付いて一瞬嫌そうな顔を見せたが、すぐに諦めたようで猛暑の下へと重い足を引き()って現れた。


 彼女が室内外を隔てる扉を開けた瞬間、天国のような冷気と、彼女の柑橘系の甘い香りが俺達の席にふわり漂う。そんな彼女は、気怠そうに間延びした声でメモを開いた。


「はぁい、ご注文をお伺い致しまぁす」

「デラックスパフェをひとつ……それと、そうですね。ゴールデンメロンも頂きましょうか」

「えぇと、デラックスパフェと、ゴールデンメロンですねぇ。屋外席ですと暑くて溶けちゃいますからぁ、屋内でのお召し上がりをお勧めしますけどぉ……」

「お気になさらず。こちらで頂きますよ」

「……そうですかぁ、それでは少々お待ちくださぁい」

 最後の抵抗をいとも容易(たやす)くイナされた彼女はガックリと肩を落としながら、再度冷気と香りだけを俺達に残して去ってゆく。この様子ではどうやら商品も彼女が運んでくるのだろう、席を選んだのは俺なだけに、少し申し訳無い気持ちで俺は彼女を見送り――


「――ってお前、勝手に何頼んでんだよ」

 注文までの流れがあまりにシームレス過ぎて突っ込む機会を失っていたが、先程この探偵の頼んだ品物はどちらも四桁の高額商品である。


「頭を働かせるには糖分が必要不可欠。それに……」

 探偵は指を立て、まるで語り掛けるように述べる。そして。



「なにより、幸次郎さんが奢ってくださるようですからね」

 彼は、どこまでも底意地の悪そうな笑みを見せた。

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