13.百聞は一見に如かず
長かった事情聴取は、時間にしてみればほんの二時間程度の事だったらしい。俺達が天海館を辞した時もまだ、例の柱時計は九時を指していた。
――結局、二千万円と拳銃は動かせなかったな。
外から改めて外観を眺めつつ、俺は見つかりませんようにとコッソリ手を合わせる。もっとも彼らはこの後すぐに葬式へと出ると言っていたから、まだ時間的な猶予はありそうであるが。
「警部と連絡がつきました。春日商事の捜査、本日のみ認めてくださるそうです」
「おお、でかした」
探偵は二つ折りの携帯を片手で畳みながら言う。喫茶プレリュードから覗いた際には大量に張られた黄テープが明らかに部外者を拒んでおり、傍目にも中々入り辛い空気であったが、警部からの許可が降りたとなれば別だ。
「じゃ、また渋谷まで乗せてってくれ探偵」
「お願いします、くらい言えないのですか」
「へいへい、おねげーしますでごぜーます」
わざとらしくペコペコと頭を下げると、探偵もまたわざとらしいため息と共に少し離れた駐車場へ向かって歩き出す。
俺は探偵の背後でもう一度、アタッシュケースがバレませんようにと天海館へと手を合わせた。
「……うわ、改めて見るとすげぇな。モーターショーかよ」
Gパンのポケットに手を突っ込みながら、俺は思わず声を漏らす。そこに整然と並んだ高級車達は、それぞれが独特のオーラを発していた。
「まさに、個性の殴り合いって感じだな。こんだけ金持ちがいてよく車種が被らねぇもんだ……そもそも、葬式に黄色のポルシェが相応しいとは思えねぇが」
「なに、個性という意味では貴方のスーパーカブも中々ですよ。喪服で葬式に乗ってくればバッチリ目立てることでしょう」
探偵は俺のセリフに相変わらずの切れ味で皮肉を返す。一億台以上売れてる原付バイクになんの個性があるんだよ、と俺は吐き捨てつつ、駐車場の近くにあった自動販売機のボタンを乱暴に押す。中から出てきたホットコーヒーは、ヤケドしそうな程に熱くなっていた。
それをホイホイとお手玉することで熱を冷ましながら、俺はその駐車場に違和感を見つける。
「……ん? てか、なんでハチロクが停まってるんだ。誕生日会の時はこんな車無かったぞ」
「あぁ、それは鷹崎さんのやつですよ。お誕生日パーティの際は駐車場を開けるために離れた貸駐車場へ停めていた居たらしく」
「ふぅん、執事までもが高級車ねぇ……」
羨望というよりは、もはや呆れに至った感じだ。貧富の差もここまで来るといっそ清々しいというものである。いやそもそも、俺は別に自分が貧困層とは全く思わないのだが。
「……ま、どうでもいいや。ほらさっさと出るぞ、こんなとこ長居したら金銭感覚がバグっちまう。とはいえお前はバグってる側だけどな」
助手席へ缶コーヒーのプルタブを開けつつ回り込むと、探偵は屋根越しに真剣な表情で俺を見つめる。その迫真ぶりたるや、館の中では一度も見られなかったくらいだ。
「ど、どうしたよ探偵。ガソリン代なら出すっての」
「……貴方」
嫌悪と疑念が入り交じった表情で、探偵は革手袋に包まれた人差し指を俺に向ける。そして、彼は冷たい声で言った。
「それ、車の中でこぼしたらぶっ殺しますからね」
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「やぁ、今日は良い天気ですね。絶好のドライブ日和というものだ」
渋谷へ向かうBMWの中、探偵は打って変わって嬉々とした声で言う。テンションの高低差が強すぎてこちらとしては耳がキーンとなりそうであった。
「お、そこのパチンコ屋新装開店らしいですよ」
「お前、パチンコやるのかよ」
「いや全く」
思わず尋ねると即座にそんな答えが返ってくる。この男が何を考えているのかが、俺には全く掴めそうに無かった。
「……なぁ。天海館から春日商事までは車の移動が濃厚、って話だったよな」
「ええ、まぁ。一応電車の可能性もありますが、しかし拳銃と二千万円を持って真っ昼間の電車に乗り込むのは中々ハードルが高い。私なら間違いなく車か、それともスーパーカブで移動しますねぇ」
その挑発には反応しない。その代わり、俺は助手席からコンビニを指しつつ探偵に言った。
「だったらよ。その区間のどこかの防犯カメラを見れば犯人が分かるかもしれないんじゃ? ポルシェにせよボルボにせよ、相当目立つ車だろ」
「……素人、実に君は素人だ」
赤信号で停車しつつ、探偵は呆れるようにハンドルから手を離して頭を抱えるふりを見せる。流石にイラッと来たが、俺が捜査のド素人であるのは事実であるから黙って続きを待った。
「ここは東京だ。天海館から春日商事を訪れるのに、ルートなんて山ほどあるでしょう。それらを全てチェックなんて出来るわけがない」
「……ルートは確かに複数あるかもしれねぇが、ふつう犯人は最短距離のルートを使うだろ」
「最短距離の防犯カメラをチェックされる可能性をケアして、少しだけ迂回するかもしれない。なんならタクシーを使うかもしれない。どこかの貸駐車場に置いておいた、レンタカーの乗用車を使うかもしれない。可能性なんていくらでもあります。その上で言うならば、春日商事へのルート上の防犯カメラを確認するなんて言うのはあまりにも時間効率が悪い」
歩行者信号が点滅する。こちらが赤信号の間に言い切りたいのか、探偵はまくし立てるように早口で述べた。そうして、最後にいつもの意地悪な笑顔で俺を見る。
「……まぁ、どうしてもというのならばそれでも構いませんが。何せ捜査は貴方の自由ですから」
「あぁもういいよ。俺の負けだ」
勝ち負けでは無いんですがね、と探偵はしかし勝ち誇ったように言う。その表情に思わず俺も言い返したくなったが、それよりも先に車は動き出した。
ため息を吐いて、窓越しに空を見上げる。
二羽のカラスが照り付ける陽射しの中を優雅に舞っていた。