12.聴取、鷹崎浩司&神原流華
執事とメイド、二人の事情聴取は大広間で始まった。
個別に行う考えもあったが、彼らは当日朝からずっと働いていたことを考えると、館を抜け出して強盗事件を起こせるとは思えない。だから時短も兼ねて、俺達は二人を同時に呼んだのである。
「……我々は、五時に起きてから事件の時間まで基本的にずっと台所に居ました。朝食の片付けや食事会の準備がありましたから」
「そうですぅ」
鷹崎浩司の言葉に、謎に俯き気味であるメイドの神原流華も同調する。何故かその瞬間探偵がピクリと一瞬硬直したが、俺は特に気に留めず鷹崎の供述を待った。
「無論来客への説明やらで別行動を取ることはありましたが、どれも数分単位で合流しています。我々が聡太さまの遺体を発見した際も、一緒に部屋を訪れていますし」
「なるほど。アリバイの観点だけで見れば相互監視にあった、って感じですね」
これ以上ない程完璧なアリバイである。となると彼らからの情報で期待できるのはむしろ、目撃者としての側面が強くなりそうだ。
無論、共犯という可能性も残らない訳では無いが……。
「お二人は住み込みでここのお仕事を?」
「私はそうですが、流華は違います」
流華、という呼び方に微妙な違和感を感じると、鷹崎は彼女の肩をぽんと叩く。
「彼女は私の遠縁でしてね。高校生なものですから、普段は学校に通いながら仕事を。まぁ、今日は日曜日なのもあって朝から居てくれているのですが」
その言葉に、彼女は下を向いたままブンブン頷く。人見知りなのか、さっきから目線を合わせてくれる様子がない。事実、先程からは鷹崎が喋ってばかりである。
「先程も触れましたが、二人は遺体の第一発見者でしたよね」
「ええ。一時頃に食後のデザートはいつ頃が良いのか伺おうとしたところ、部屋には鍵が掛かっていて呼び掛けても返事がなかったため、合鍵で中に。直ぐに流華に皆様を呼び集めるよう命じ、私は部屋に留まって警察と救急へ連絡を」
「なるほど。その前後で変わったことなどは?」
俺は尋ねる。鷹崎はやや記憶を探る仕草を見せたが、やがて諦めるように首を振った。
「いえ……動転していてそれどころでは無かったというのもありますが、特には何も。流華、お前はどうだ」
「……わかんないでぇす」
蚊の鳴くようなその声に、俺は一瞬違和感を抱く。けれどもその正体を掴み取る前に、鷹崎が申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「すみません、無愛想な奴で。普段は快活なのですが、どうにも緊張しているようで」
「いえいえ、仕方ないですよ」
なんだろう。どっかで見たことあるんだよな、この顔。いや事件の日に会ってるのだから当然なのだが、そうじゃなくて……。
「じゃあ聡太さんの部屋を開けた時、中で変わったことなどは?」
「それも特には。荒らされた様子などもありませんでした」
今度は即答で鷹崎が答える。ということは多分、田辺の言っていたアイドルマイスターとやらのグッズは普段から隠してあるか別のところに保管してあるのだろう。
「……あ、そうだ。当日変わったというか、珍しいことはひとつ」
鷹崎はそこで、閃いたと言わんばかりにぽんと手を打つ。若干わざとらしさすら感じる古めかしい仕草であったが、俺はそこには触れず続きを待った。
「田辺さまはトマトが大好物とお聞きしていたので、料理の中にいくつかプチトマトを入れたのです。しかし、田辺さまはほとんど手をつけることなく残されていまして」
「へぇ、トマト」
なんとも意外な好物である。俺は頭の中に、彼のヤクザ顔を思い浮かべた。
しかし、トマトとプチトマトは全く別物でないだろうか。トマトは食えるがプチトマトの食感がダメ、という話はよく聞く。それが好物から一気に残すほどまでの苦手に逆転するかどうかは人にもよるだろうが、個人的にはそこまで変な話に思えなかった。
「なるほどなるほど。ま、んじゃあこれくらいで……」
この調子だと目新しい情報は無さそうだ、と俺は半ば落胆しながら話を締めにかかる。さっきから神原さんが一言も喋らなくなってきているし、このまま続けるのも可哀想である。
「あ、では私から最後にひとついいですか」
だが、遮って手を上げたのは探偵だった。相変わらず何を考えているのかよく分からん顔だが、その双眸は真っ直ぐに神原流華を向いている。
まさかこいつ、高校生相手にも拳銃の取り扱い経験を尋ねるつもりじゃなかろうな。
俺は内心探偵を危惧しながら、その先を見守る。
「――彼女、他にアルバイトとかやっていますか?」
「はい?」
鷹崎は困惑するように聞き返した。だがしかし同時に、神原は明らかに慌てたと言った様子で探偵から顔を背ける。今にも逃げ出しそうな様子であった。
「ここでのメイド業ではなく、たとえば学校の帰りどこかの店でアルバイトを」
「……」
「もっと具体的に言うと、渋谷区の喫茶店とかで」
「……あ」
その言葉で俺はようやく気付く。そして同時に、観念したかのように彼女もまた首をカクンと落とした。
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
とてつもなく、これ以上無いほど嫌そうな、くしゃっとした表情のまま顔を俺達に上げる彼女。
そこに居た神原流華は、間違いなく喫茶プレリュードで昨日の昼間、俺達が大迷惑を掛けた店員であった。