11.聴取、天海紗栄子
「失礼ですが、結婚してらっしゃるんですか」
俺は指輪を認めるや否や、そう言った。
他人の技術は盗んで学ぶ。スポーツでよく言われる基本的な考え方である。三日間というこの限られた時間においては、俺は少しでも情報を多く獲得する可能性を広げたかった。
投げ掛けられた言葉に、彼女はややあって答える。
「当たり前ザマス」
――やべぇ、使う相手間違えた。
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「……私が起きたのは六時半ザマス」
気を取り直して彼女の聴取は始まる。天海紗栄子の回想は、前の二人とは別の切り口から始まった。
「それから大広間でモーニングを食べて、あなた達が揃うまではずっとそのままそこでテレビを見ていたザマス」
「ちなみに天海……じゃない、聡太さんは」
「聡太さんは昔から朝食を面倒臭がって食べないザマス。多分、七時くらいまでは寝ていたザマスね」
彼女はスラスラと答えた。名前を聞いて少し気落ちした様子の見える紗栄子夫人は、多分本当に天海の事を愛していたのだろう。罪悪感がムクムクと湧き上がり、胸をチクチク刺し始める。
「七時半くらいに、聡太さんは大広間に出てきたザマス。『誰か来たか』と聞くからまだと答えると『そうか』とだけ。その後はまた自室に戻っていったザマス」
「なるほどなるほど。俺と櫻木はだいたい七時四十五分くらいに到着しましたから、その直前のことですね」
「ザマス」
それは肯定の返事なのだろうか。戸惑ったが、文脈からはそうとしか思えないのでそう受け取ることにする。
「そこからは食事会まで、自室で読書をしていたザマス。時々大広間に出て雑談もしたザマスが、それ以外では特に何もしてないザマスね」
やはり、この辺はホスト側である彼女といえど大差ないか。俺もその場にいた以上ほとんど分かりきっていたことであるから、さほどガッカリはしないのだが。
今更ながら、紗栄子夫人は森本とは反対にかなり堂々とした態度で聴取に望んでいる。先程の探偵の視点を借りるのならば、これは怪しくないということになるのだろうか。
もっとも、彼女はそもそもアリバイを持っているのだが。
「十一時の食事会が終わってからは、森本さんを誘ってパッチワークを大広間で。騒ぎが起こるまではずっとそうしていたでザマス」
「分かりました。ちなみに、その頃に玄関から外に出た人間は」
森本の時の探偵と同じ確認を、今度は俺が行う。森本がいないと言い切った以上望みは薄かったが、それでも聞くだけ聞こうと思ったのだ。
「いるザマスよ」
「えっ!?」
思いもよらぬ言葉に、俺と探偵は身を乗り出す。その反応には流石の夫人も困惑のようで、少し身を引いた。
「だっだっ、誰なんですかその人は」
「あなたザマス」
「え?」
引き攣った表情で、彼女は真っ直ぐに俺を指す。と同時に探偵は勝負ありと言わんばかりに小さく笑った。
「お、俺?」
「騒ぎの直前くらいに、島村さんが煙草を吸いに外に出たザマス。数分でまた戻ってきたようだったザマスが」
即座に探偵の笑みは残念がる表情へと変化する。あぁ、そういや天海を殺してしまったあと動転して煙草を吸いに一瞬出たっけ。櫻木が壊れたハンガーを窓から投げ捨てる様子を見たのも確かその時だ。
「それ以外では?」
「ないザマスね。私は耳がいいですから、間違いなく断言出来るザマス」
ふふんと何故か自慢げに彼女が両のイヤリングに触れると、やたらとデカいそいつはジャラリと軽い音を立てた。まさか葬式にもこいつを付けていくつもりなのだろうか。
「そうですか……じゃあ、最後に」
「はいザマス」
俺は息を呑みつつ、口を開く。場合によってはつまみ出されるのも覚悟の上で、俺は言った。
「拳銃を、扱ったことは?」
「あるザマスよ」
「あるザマスか!?」
サラリと答えるものだから、思わず語尾ごとオウム返ししてしまった。夫人はそれにうむと頷いて続ける。
「よくハワイの馴染みの実弾射撃場に行ってるザマスから。最近は精度もかなりのものになってきたと、スミスからも褒められていたザマスよ」
「は、はぁ……」
スミスが誰かは知らないが、多分射撃場の人間なのだろう。頭の中でマッチョに短髪で迷彩服を着たザ・軍人上がりな白人男性を俺は思い浮かべる。
それよりも重要なのは夫人が見た目によらず拳銃の扱いを心得ていたということだ。無論、アリバイが成立している以上だからなんだという話ではあるのだが。
犯人の特定にこそまだまだ至れそうにはないが、得られた情報自体はかなり多い。俺は喜びを噛み締めながら、夫人へ礼を言った。
「ご協力ありがとうございました、助かります」
「他に聞きたいことは無いザマスか?」
「……あ、そうだ。事件当日でなにか気になったこととかありませんか?」
手応えの喜びに、危うくひとつ忘れる所だった。いかんいかんと自戒しながら俺は尋ねる。すると夫人はやや考える仕草を見せて、それから俺に質問を返した。
「当日じゃなくて、前日でも良いザマスか?」
「構いません。ほんの些細なことでも」
「決して彼女が怪しい、というつもりは無いザマスが。前日の夜に森本さんが突然いらっしゃったザマス」
「……へぇ?」
それは初耳である。彼女の事情聴取でもそんなことは一言も語られなかった。前日だから不要と考えたのか、それとも意図的に伏せたのかは分からないが。
「なんでもパーティに向けたサプライズの準備をしたいのだと。聡太さんの部屋に入れて欲しいと言ったから、鍵を渡したザマス」
「聡太さんは中に?」
「いえ、サプライズですから知られたらいけないザマス。私が聡太さんを外に呼び出して、その隙に入れたザマス」
……それは本当にサプライズだったのか。たとえば明日犯行に使うための、拳銃を盗むために侵入したなんてことも充分に考えられる。
「とはいえほんの一瞬で出てきたザマスよ。ほんの数分くらいの速度だったザマス」
「そうですか。ところで、彼女が部屋から何かを持ち出す素振りなんかは?」
「森本さんを疑ってるザマスか? しかしそれは有り得ないザマスよ。彼女はその日ポケットひとつないワンピース姿で、渡した鍵以外にはプレゼントの入った手のひらサイズの小箱と、取り付けの為に使うらしいプラスドライバーしか持っていなかったザマス。その小箱も出てくる時には持っていなかったザマスが」
彼女はまるで弁護士のように、早口で森本を擁護する。パッチワークに誘うくらいなのだから二人の仲は良いのだろう。実際、その情報からは拳銃を持ち出す余裕があったとは思えなかった。
……そもそも、前日に拳銃が持ち出されたのならば天海本人も何かしらのアクションを起こす可能性だって高い。その拳銃で殺人でもされようものなら天海に責任追及が及ぶ可能性だってあるのだ。そしてそれは仮定の話ではなく、現実のものとして起きている。
不法入手したものであるから警察に被害届とまでは行かずとも、いくらなんでも翌日予定通りに呑気な誕生日パーティを行うことなどしなかっただろう。
「まぁ、そのサプライズの前に事件が起きてしまい、結局何だったのかは分からずじまいザマスが」
心底残念そうに、彼女は言う。俺達の捜査ではサプライズの種らしきものは見つからなかったから、恐らく森本は既に回収してしまったのだと思われる。
――と、その時大広間から鐘の音が響く。ちょうど話がひと段落していたのもあって、俺達は彼女に改めて頭を下げた。
「ありがとうございます。大変助かりました、それでは」
「いえ……ところでザマス」
「はい?」
俺が立ち上がりつつ言うと、彼女は珍しく口ごもる。それからとても言いにくそうに、苦々しい表情で尋ねた。
「櫻木さんは、今どうしているザマスか」
その問いは感情を押しとどめたせいだろう、とても平坦に響いた。とてつもなく平坦で。
けれど、どこまでも悲痛な声であった。