首筋
ふとこんな二人でいたいと思いました。
暇つぶしにどうぞ。
「私あなたのためなら命なんて惜しくないわ。一度捨てた命だもの」
僕の隣で朝焼けに絆された彼女は恥ずかしげもなく僕を瞳に映しながら言う。そんな彼女の手首にはそれを言ってしまえるだけの傷が刻まれている。
陽の光を跳ね返す彼女の裸体は彫刻のように美しく不滅のように思えた。
くしゃくしゃになったシーツはどこか汚れ、彼女の肌に白さを吸い取られたようにだらしなく横たわっている。
「本当よ。嘘だと思うなら証明してもいいわ」
寝ぼけたまま黙り込んでいる僕を見て疑われていると思ったのか彼女は僕をゆすりながら言う。 高く昇り始めた朝日はカーテンの隙間を縫って僕の目に入る。
黙ったまま頷く僕をみて彼女は不機嫌になり、僕に背中を向ける。すらりと伸びる背中はすべり台のように滑らかに曲線を描いている。吸い込まれるように背中に手を伸ばし触れる僕の指は彼女の背骨を伝って項へと導かれる。
彼女はくすぐったそうに肩をすくめる。なによと言いながらどこか嬉しそうに僕の指を捕まえる。重ねられていただけの指たちは次第に絡まりあい、一縷の隙間も許さないようにきつく握りあう。器用に彼女の首に巻きつく彼女の腕は神々しい白蛇のようだった。指先には真っ赤なネイルが施され女らしさを強調している。
いつの間にかこちらをふり見た彼女は二人の間に影を落とし、より彼女の白さを際立てている。握られた僕の指は彼女の腰に引き付けられ柔肌に包まれる。
林檎のように瑞々しく光る彼女の唇は薄く、謙虚に佇んでいる。彼女は指を離し、僕の首の後ろに回り強く引き付ける、さっきまとわりついていた白蛇は思いのほか温かく甘い香りがした。なされるがまま僕の頭は彼女に吸い込まれていく。
彼女は僕に印をつけるように僕の首筋にかみつき、そのまま所在を確かめるだけの口づけを交わした後、乳房へと導く。
いたいよと僕が言うと彼女は微笑み生きている証拠でしょと言う。
彼女の体内に響き渡る声は讃美歌のように瞬間的で儚かった。そんなことをしなくても彼女の全てに包まれていると波打つ鼓動が僕を揺るがしていることで彼女は生きていることが分かるのに。
それならばと思い同じことを彼女にもやってあげようと身をよじってみても彼女は離してはくれない。
「なんで逃げようとするのよ」
「逃げようとしてない」
「うそ」
彼女は逃がすまいとより一層僕の首を強く引き付ける。視界に広がるその白さは向こう側の朝日が透けるようだ。
先ほど噛み付かれた首筋が僕が生きていることを示すように鼓動に合わせて痛みが響く。明日はしっかりと青紫のあざがしっかりと刻まれ、僕と彼女の存在の証になるだろう。
不意に差し込む日差しは勢いを増したようで急に私を現実世界に引き戻してくれる。彼女の頬には二筋の線が流れ僅かに肩を震わせている。
「なに泣いてんの」
「べつに。ただあなたが私の中に埋もれて消えてしまいそうだったから」
彼女は確かめるように僕の胸に飛び込んでくる。
首を守るように枝垂れる黒髪をどかし、僕は彼女の首筋に噛み付く。
「いたい」
「生きている証拠だよ」
口を離し、確かに歯型を残す首筋はやけに愛しかった。
radwimpsさんの「シザースタンド」という曲をイメージしてみました。