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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第2節 8月編
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8月編 第5話 許されざるもの

前回のあらすじ

夏祭りに参加するために浴衣に着替えた玲衣と共に会場へと向かう途中に遼子に会う。

しかし、そこで告げられたのは祭りには参加できないと言う衝撃の事実だった…

「それって……」


 ふと玲衣が小さく呟く。


「ごめんなさい……お二人は……参加が……できないんです……こちら側の……事情で……」


 遼子が頭を下げた。ここまで深刻そうな表情と行動を見てしまうと納得せざるを得ない。


 しかし、玲衣は引き下がらなかった。


「ちゃんと説明してください!」


 玲衣が強めの口調で言った。

 今までで一番悔しそうな顔をしていた。今にも泣き出しそうだ。


「玲衣、落ち着いて……」


「洋一くんは……洋一くんは悔しくないんですか!?」


 この瞬間、俺の気持ちが爆発した。


「そんなの……そんなの……悔しくないわけないだろう‼︎俺だって夏祭りに参加したいよ……だって……だってこんな狭い空間であと少ししかない人生を過ごすんだよ? そんなの嫌だよ……」


 そこまで言ったところで俺は言葉が詰まった。そして一つの推測が浮かび上がった。


「……の……なんですか?」


 俺はボソリと遼子に聞く。


「そ……それは……」


 俺はもう一度、先ほどよりも大きく、はっきりと遼子に聞いた。


「病気のせいなんですか!?」


 そう言い切った瞬間、玲衣がはっとしたように体がビクッと動いた。玲衣もやっと気がついたようだ。


「前々からおかしいとは思ってたんですよ。この病院は有名な病院で設備が充実している。なのに入院患者は少ない。主治医も来るときにいつも息を切らしている。この病院には何か裏があるんでしょ!?」


 遼子は黙り込んでしまった。


「黙ってないで何か言ってくださいよ!」


 俺は病院の壁を強く叩きつけた。玲衣はもう怖がってしまったのだろうか……

 俺はもう周りの状況が分からなくなってしまった。

 それでも遼子は黙っている。


「もう……やめてください……もう……いいです……」


 玲衣は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら震える声で言った。


「そうね……」


 ふと遼子が話し始める。


「然るべき時が来たらお伝えする予定でしたが……いいでしょう」


「然るべき時って……なんなんだよ……」


 俺は遼子に聞く。

 遼子は歯を食いしばった。


「それはお伝えできないです……ですが今回はせめてここの謎を解く《鍵》をお伝えします。洋一さんがおっしゃった通りこの病棟は普通の病棟ではありません。そしてその理由は……」


 ここまで言ったところで何故か頭がクラクラしてきた。

 俺はよろめきながら壁に手をついた。


「洋一くん!」


 慌てて玲衣が駆け寄る。


「洋一さん!」


 遼子も駆け寄ってきた。


「ちくしょう……ちく……しょう……」


 それからのことは何も覚えていない。

 目を覚ましたときは俺のベッドに横になっていた。それからあの時のことを体が思い出したかのように大粒の涙が急に流れ出した。


「う……うぅ……く……そぉ……なんで……遼子さんは……あんなことを……言うんだ……」


 玲衣は浴衣姿のまま椅子に腰をかけてベッドに乗せた腕に顔を乗せて眠っていた。


「ごめんな……玲衣……」


 俺は玲衣の束ねられた髪をそっと撫でた。


 そしてそのまま時間は過ぎ、病室に陽光が差し込む。どうやら俺は朝方まで意識を失い、眠ってしまっていたらしい。

 朝日が差し込むと同時にセミが朝を告げるかのように一気に鳴きだす。まるで残り1週間しかないという己の運命に異議を唱えているかのように……


「う……うーん……」


 朝日の光に包まれながら玲衣が目を覚ました。


「おはよう……玲衣」


 俺は手を振りながら玲衣に挨拶をした。


「よう……いち………くん?」


 玲衣は寝ぼけているのか俺の名前を呼んだ。


「うん。洋一だよ」


 俺は優しい声で答えた。その瞬間玲衣は俺に勢いよく抱きついてきた。

 俺は突然の出来事に驚いた。

 その時の玲衣の体の温もりは言葉では言い表せないほど、優しく、とても暖かいものだった。


「れ、玲衣?」


 俺の胸から小さな嗚咽が漏れ出ている。


「よかった……よかったよ……洋一くん……もう……死んじゃうのかと……思った……帰ってきてくれて……ありがとう……」


 俺は玲衣の背中をそっとさすった。


「ごめんな……心配かけて……」


「ほんとですよ……急に倒れて……驚かないでくださいよ……それと……」


 少しの間を開けて玲衣は俺から離れて起き上がった。顔に残った涙を拭う。そして万面の笑みを見せた。


「昨日は……ありがとう」


 その瞬間陽光が玲衣を輝かせた。

 何故だろう。すごく見惚れた。玲衣から目が離せない。これが夢ならば目覚めて欲しくないほどの輝きだった。


 そしてもう一つの感情が生まれた。この感情はこれからの入院生活の中で一番幸福なもので、一番苦しいものになるだろう。少しだけ頬のあたりが熱くなった。


「俺は……当然のことをしただけだよ。約束したろ? 玲衣に何かあったら俺が助けてやるって」


 玲衣は嬉しそうに微笑む。


「そうだったね。約束したもんね。今度は私が洋一くんを助けてあげる」


「うん、ありがとう」


 俺は玲衣に万面の笑みを見せる。


「でもこれでおあいこだよ?」


 玲衣が腰に手を当ててそう言う。

 そしてお互いに笑い合った。


 今回の夏祭りの件で俺は一つ大きなヒントを得た。


 この病棟は他の病棟とは違う。そして俺たちはこの病棟に入院しているため、この病院の行事に一切の参加を認められていないこと。


 これはこの病棟の謎を解き明かすための《鍵》となるだろう。

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