12月編 第7話 別れ
朝がやってきた。いつも通り布団から起き上がって伸びをし、服に着替える。そしてカーテンを開け、玲衣のいる方に体を向ける。
そして挨拶をする。それがいつもの俺のルーティーンだ。
「おはよう、玲衣、ふう──」
言ってから気がつく。風子はもういない。わかっているが忘れられないのだ。あの楽しかった日々を、3人で笑い合ったあのときを。
「……おはよう、洋一くん」
少し言葉をつまらせてから、玲衣も挨拶を返した。玲衣だって同じ気持ちなのだろう。
「失礼します」
軽くノックする音が病室に響き、ガラガラと扉が開かれる。黒い服に身を包んだ遼子が入室してきた。
「玲衣さん、洋一さん、おはようございます。本日の予定ですが──」
今日は風子の葬儀が執り行われる日だ。俺たちも特別に参列させてもらうことになった。
「本日はこの服を着て参列していただきます」
遼子は喪服を持ってきた衣装掛けから手に取り、俺と玲衣に手渡しをする。
俺も玲衣も喪服自体を持っていなかったため、今回は借りることになっていたのだ。
「ありがとうございます」
遼子に一礼をするとカーテンを閉め、喪服に着替える。
「着替えが終わったらナースステーションまで来てください」
「わかりました」
扉を閉める音が響き、足音が遠ざかっていった。
「ねえ、洋一くん」
ふと玲衣が俺に声をかけてきた。少しだけこわばっているように聞こえる。
「どうした?」
「私ね、まだ風子さんが亡くなったことが信じられないの。また病室の扉を開けて『おはよう』って言ってくれるような気がしちゃうんだ……」
俺もそうだ。今まで楽しそうに笑っていた仲間が今となっては何一つ口にせず、動くこともない。本当は風子が生きているのではないかと何度も考えた。
「俺もだよ。あんなに楽しかった日々を一緒に過ごした風子がもうここにいないなんて……信じたくないよ」
風子が亡くなってから数日が経っているが、未だに喪失感がある。もう少し長く生きて欲しかった。もう少し一緒に話したかった。
だがもうここに風子はいない。この病室にも戻ってこない。
「そう……だよね……私だけじゃないよね」
「……風子」
無意識に風子の名前を呼んだ。風子のことを忘れたくないのだ。しかし、誰も返事はしない。
まぶたから涙が一滴こぼれ落ちた。
「それじゃあ、先に行ってるよ。玲衣も準備終わったら来いよ?」
カーテンをバサッと開けて病室を出ていく。それに続いて玲衣も慌てた様子で病室を飛び出した。
「ま、待ってよ」
全身黒の服を纏った玲衣は慣れない靴を履いて廊下を走っている。
俺に追いつくと、はあはあと息を切らしながら俺の横にぴったりとくっついて歩いている。
ナースステーションに着くと、すでに準備を終えた遼子が待っていた。
「お待たせしました」
「それでは、行きましょうか」
遼子に連れられて病院を出て、遼子が運転する車に乗り込む。
今思えば久しぶりの外出だ。
「到着したら、洋一さんたち専用の部屋にご案内します。外出許可を貰っているとはいえ、少しでも他の方との接触を避けていただきます」
「わかりました」
「その部屋からは出られないんですか?」
玲衣の質問に遼子は静かに頷いた。
「申し訳ありませんが、葬儀の時間以外は……」
「いえ、いいんです。風子さんにまた会えるっていうだけでも嬉しいですから」
玲衣はかぶりを振ったが、表情は悲しそうだ。やはり、外出とはいえ自由に過ごせるわけではなく、それが少し悔しいのだろう。俺も悔しい。
車を走らせることおよそ1時間30分、葬儀会場へと到着すると、葬儀社の人だろうか、黒い服を着た男性二人が出迎えてくれた。
「こちらへ」
男たちに促されるまま、会場の中へと入っていく。
そして風子のいる部屋へと通された。部屋には丁寧に飾られた花々の真ん中に一つの大きな柩がある。その中に風子は眠っている。
俺と玲衣は一緒に柩の窓を開いた。
中には優しそうな表情をして、安心したように眠っている風子がいた。風子の周りにも無数の花が並べられている。
「う……うぅ」
風子を見て今までの思い出が蘇り、玲衣は涙をこぼし、嗚咽を漏らしている。
俺は静かに玲衣の肩に手を触れ、部屋を後にした。
そして、夕方ごろから葬儀は始まり、近親者や風子がもともと所属していた芸能事務所の社長らが集まっている。そして、喪主である風子の母親が挨拶をした。長い黒髪をなびかせて一礼すると、紙を取り出した。
「本日はお寒いところ、お通夜の焼香を賜りまして、ありがとうございました。皆様のお志に、亡き娘も喜んでいることと存じます」
といった言葉から始まり、風子の幼少期のことを話している。
そして、風子の晩年の話をした時、俺たちの名前が挙がった。
「2回目の入院生活で、娘も不安が隠せない様子でした。ですが、同じ病気で入院している洋一さんや、玲衣さんに出会ってから娘も明るくなり、面会で会ったときにはいつも嬉しそうに話しておりました。お二人には感謝しかありません。この最期の時まで優しく接していただいたこと、辛く苦しい生活の中、娘を支えていただいたこと、重ねて感謝申し上げます」
黒い眼鏡の奥で涙をにじませながら、俺たちの方を向いて深々と一礼した。
母親の挨拶に俺たちは風子の笑顔を思い出し、涙をこぼした。
そうして厳粛に執り行われた葬儀は終わり、俺たちは風子と最後の別れとなった会場を後にした。
「ありがとう、風子。ゆっくり休んでくれ」
俺は会場を振り返り軽く一礼した。




