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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第6節 12月編
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12月編 第5話 奇跡を信じて

 奇跡、それは低い確率でもたらされるもの。

 その奇跡こそが、風子を救うただ一つの方法なのだ。


 風子が倒れてから早1週間。風子は目覚めることなく、生と死の境を彷徨っている。


「玲衣、お見舞いに行くか」


 ガラス越しではあるが、風子との面会は手術3日後から許可されている。

 それから毎日、朝と夕方にお見舞いに行っている。

 最初見たときは、俺も玲衣も人工呼吸器をつけ眠っている風子を見て泣きそうになってしまったが、風子の前では泣かないと決めた以上、その場で泣くことはしなかった。


「風子さん、早く戻ってきて……」


「俺たちはいつでも待っているからな」


 極力笑顔で、風子に声をかけてからICUを後にする。

 許されている面会時間はほんの数分であるために、そばに寄り添うということができない。とても悔しいが、今は風子の回復を願うだけなのだ。


「風子さん……」


 病室に戻ると決まって玲衣が涙をこぼす。


 今まで一緒に過ごしてきたのに、急にいなくなってしまったのだ。寂しいのだ。


「……洋一さん、玲衣さん」


 遼子も気を遣ってか、風子のことをあまり話さなくなった。


「治療を始めますね」


 重い空気の中、俺の治験が始まる。この流れがここ数日は続いてしまっているが、今日はある提案を遼子にすることにした。


「遼子さん、治験のことなんですけど……」


 だいたい俺が言うことは察しがついているらしく、無言でかぶりを振った。


「残念ながらそれはできません。まだ試験段階であるため、この薬を風子さんに使うことは……」


 遼子も悔しそうだ。拳を強く握っている。

 担当する患者さんを死なせたくないのだろう。


「それでも俺は──」


「洋一さん、私だって悔しいんですよ。また一人患者さんを失ってしまいそうで……なんとかして救いたいのは私も同じなんです。でも……でももう何もできないのが現実なんです。いいかげん現実を見てください!!」


 遼子の突然の大声に俺は体を強張らせた。


「すみません、少し言い過ぎました……とりあえず今は治療に専念してください」


 遼子の声からは力が感じられない。精神的に疲れてしまっているのだろう。


「は、はい」


 返事をしてから右腕を出し、いつものように点滴を始める。


 軽く一礼してから、涼子は病室を出て行った。

 その直後、パチンと言う音が聞こえてきた。


「私のバカ……」


 無言でコツコツと足音が遠ざかって行った。


「洋一くん……」


 玲衣が心配そうにカーテンから覗き込んできた。先ほどの大声を聞けば誰しも心配になるだろう。


「うん、ダメだった。もう……風子さんを救うことは──」


 俺の話を遮るように俺の手を握る。


「まだダメだって決まったわけじゃない。今も風子さんは懸命に生きようとしているよ。なのに私たちが諦めてどうするの?」


 優しくも、厳しい問いかけだ。


「なら……どうすればいいんだ」


 俺はもう何も考えられなくなってしまった。


「待とう、一緒に」


 意外な答えだった。今まで常に行動してきた俺にとって、考えもつかないものだっった。


「……待つ?」


 玲衣は頷き、話を続ける。


「うん、今は奇跡を信じて待つしかないと思うの。下手に行動して、それで洋一くんが傷ついてしまってもいけないと思う。それこそ風子さんが悲しむんじゃないかな。だから……ね?」


 握る手は震えている。玲衣も辛いはずなのだ。強くいられるのが羨ましく感じる。俺と出会った当初はまだ精神的にも弱かったのに、成長したな。


「玲衣は強いな。そんなこと考えもしなかったよ」


 玲衣はかぶりを振る。


「私は強くないよ。洋一くんがいるから、頑張れるんだよ」


 嬉しいことを言ってくれるではないか。


「それなら俺も同じだよ。玲衣がいるから頑張れる」


 玲衣の頬がぽっと赤くなる。


「そ、そんな……私は何もしてないよ?」


「いいや、俺は玲衣に何度も助けられたんだ」


 そうだ、夏祭りの時も、治験の時も、立てこもり事件の時も常に俺の隣には玲衣がいた。そして何度も投げ出しそうになった時にそばに寄り添ってくれた。だから乗り越えられたんだ。


「そんなこと言ったら私だって何度も助けられてるよ。私がこの病院を抜け出した時なんて真っ先に洋一くんが連れ戻しに来てくれた。何回も気を遣わせちゃった……」


 玲衣の目にそっと涙がこぼれ落ちた。


「いつもそばにいてくれたのは洋一くん、あなたなの。これまでも、そしてこれからもあなたの彼女でいることを誇りに思うよ」


「ありがとな、玲衣。俺も玲衣が俺の彼女であると言うことは誇れるよ。何度だって潤一や潤也に自慢してやる。玲衣が俺の大事な彼女だって……な?」


 パッと俺の手を離し、そのまま自身の顔を覆った。

 そして大きな声で泣いた。


 俺は玲衣の背中に腕を回し、何度も背中をさすった。


 口にするのは恥ずかしいけど、玲衣は俺の大事な大事な存在なんだ。だから、泣かないで。泣いてしまったら、綺麗な顔が台無しになってしまうだろ?

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