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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第5節 11月編
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11月編 第10話 証言

「どうも──県警から参りました、植田(うえだ)というものです。今回は立てこもり事件の捜査ということで伺わせていただきました」


 警察の制服に身を包んだ男が、警察手帳を俺に見せる。


「は、はあ……」


 立てこもり事件から数日後、植田という男が尋ねてきた。


 どうやら今回の事件について話を聞きたいらしい。

 カウンセリングルームに通され、椅子に座っての事情聴取が行われた。


 植田が前のめりになり、椅子が軋む音が部屋に響く。


「片瀬さんは数箇所撃たれたということでしたが……」


「それについては大丈夫です。今でも少し動かしづらい時がありますが生活には支障はありません」


 俺は腕を曲げたり伸ばしたりする。

 少しだけ痛むが我慢できる程度だ。


「そうですか……では、本題に入ります。まず、立てこもり事件当日の朝に犯人らしきグループから脅迫状と電話が来たというのは本当ですか?」


「はい。遼子さんから聞いた話なので詳しくはわかりませんが、治験に関することだったらしいです」


「治験といいますと?」


「先日国立難病治療研究センターの会見があったはずですが……」


 植田は腕を組んで天井を見た。


「はて、そんなことがありましたっけ?」


「時間が時間でしたから、お仕事をされていたのかもしれません。それ以降はニュースでも取り上げられていませんでしたので」


 植田はメモ帳に俺が話したことを書き込む。


「わかりました。では、片瀬さんは犯人の顔を知っていましたか? こちらが今回逮捕された犯人グループ全員の顔写真になりますが」


 植田が数人の男の顔写真が載っている紙を一枚取り出した。


 犯行当時は全員がマスクにサングラスだったため、顔がわからなかった。


 だが、今一度見返してみるといかにも犯罪を起こしそうな人物が数人と見かけでは優しそうな顔つきの人が数人いた。


 全員が犯人には違いないのだが……。


「いえ、誰も知らない人たちです。ですが、玲衣が主犯格らしき人を知っているみたいでした」


「なるほど、白川さんですね?」


「はい、なんでも10年前に家族を殺されたと言っていました。玲衣が犯人を見たとき、すごく震えていましたから……」


「そうですか。あまり蒸し返さないほうがいいかもしれませんが、もしかしたら重要な手掛かりかもしれませんね……」


「あんまり玲衣を追い詰めないようにだけお願いしますね」


 玲衣にはもうこれ以上辛い思いを抱えないようにしたい。


「わかりました。極力聞かないようにはします」


「お願いします」


 俺は椅子に座りながら深々と頭を下げた。


「それじゃあ続けます。次に、片瀬さんには幻覚作用が引き起こされる薬を強制的に投与させられたとのことですが、今のところ体調はどうでしょうか」


 植田はメモ帳に事件のことを確認しながら質問する。


「今のところは大丈夫です。2回目でしたし……」


「2回目……といいますと?」


 このことをこの人に話しても大丈夫だろうか。


 悩んでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「どちら様でしょうか」


「国立難病治療研究センター所長の羽栗と申します」


「事情聴取を行っているので後にしてもらえないでしょうか」


「それは失礼しました。ではまた後で……」


 コツコツと遠ざかる足音が聞こえる。


「植田さん、ちょっといいですか?」


「お手洗いですか?」


「ええ、まあそんなところです」


「わかりました。ではさっと行っちゃってください」


「すみません」


 植田に頭を下げてカウンセリングルームを出る。


「羽栗さん!」


 羽栗が振り返る。


「おや、片瀬君じゃないですか。どうかしたんですか?」


「ちょっと今事情聴取をしていまして……少し聞きたいことがあるんで少しお時間いただけませんか?」


「いいですよ」


 そう言って待合所の椅子に腰をかける。


「……で、聞きたいことというのは?」


「脅迫のことって警察の人に話しちゃって大丈夫でしょうか……」


「構いません。全部話しちゃってください。その方が片瀬君も気が楽になると思いますし」


「ありがとうございます。ではまた」


 俺は立ち上がり、走ってカウンセリングルームに行く。


「お待たせしました」


「では続けましょうか。先ほどの2回目というのはどういうことでしょうか?」


「実は、俺の治験薬だけ何者かによってすり替えられたんです。それに気付いた羽栗さんはすぐに治験の中止を呼びかけました。ですが、センターに脅迫状が届いたんです」


「脅迫状ですか……」


「はい。この治験の騒ぎが大きくされたくなかったらその薬で治験を続けろって……」


「なるほど。それでずっとその薬で治験を行ってきたと?」


 俺は首を横に振った。


「いえ、正規の薬を送ってもらってそちらで治験を行いました」


「わかりました。それで2回目ということなんですね。今日はこの辺で終わりとします。ご協力ありがとうございました」


 俺は立ち上がってカウンセリングルームを後にする。

 廊下に出ると羽栗が入り口に立っていた。

 頭を下げてその場を後にする。


「すみません、急にお伺いして……」


 羽栗は軽く一礼をしてカウンセリングルームに入った。


「いえいえ、まさか所長さんがこちらにおいでになるとは……後日お伺いしようと思いましたので」


「それはそれは」


「……で、話というのは」


「こちらです。片瀬君から話は聞いていると思いますが、センターに届いた脅迫状です」


 脅迫状にはこう書かれていた。


『今回の件を大きくされたくなければその薬で治験を行え。白川玲衣を殺されたくなかったら要求に従え』


「白川さんを名指しで殺すと……今回の事件、少しだけ大掛かりになりそうですな。これは預からせていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、構いませんよ」


「それでまた後日お伺いさせていただきます」


 その日はそれだけで終わった。



 そして数日後、俺に植田からとある文書が届いた。


『今回の事件に白川家父母殺害事件に関与した人がいるかもしれません。取り調べをしても口を割らず、黙秘を続けているので詳細がわかりません。現在調査中ですので、念のため注意してください』


 あのとき玲衣は震えていた。

 あいつが殺人事件の犯人だとも言っていた。

 今は警察の調査が終わるのを待つのみだ。

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