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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第2節 8月編
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8月編 第1話 決意と宿命

今話より8月編が始まります。

また、それに伴って1話あたりの字数を5000字から約2000字に変更させていただきます。

勝手な判断で申し訳ありませんが、ご理解をお願いいたします。

それでは本編です。

 8月に入り、先月よりも暑さが激しくなった。

 セミがその暑さという運命に立ち向かえと言わんばかりに声をあげている。


 さっと玲衣のベッドにかかっているカーテンが開いた。


「片瀬くん、おはようございます」


朝の朝のダルさを吹き飛ばしてくれるかのような笑顔で玲衣が俺に挨拶をした。それだけでこのだるさが消え去りそうな勢いだ。


「おはようございます」


 俺は玲衣に挨拶を返す。玲衣は俺の挨拶に嬉しそうに笑顔になる。そうして玲衣はまたカーテンを閉めた。


 7月に玲衣が入院してから俺は今までの精神から解き放たれたかのように明るく振る舞うことができるようになった。


「洋一さん、玲衣さん、朝食をお持ちしました」


 遼子が俺たちの朝食を持って病室に入室してきた。

 俺と玲衣はほぼ同時にありがとうございますと言う。その時はお互いカーテンが閉められており玲衣の感情はわからなかったが、俺は何か恥ずかしいという感情が支配した。おそらく玲衣はそんな気持ちではないだろう。


 机に今日の朝食が並べられ、口に頬張る。相変わらず質素な食事だ。あと数ヶ月もしたら飽きてしまいそうだが何とかして食べ切る。


 食べ切ったあとはいつも通り、入院初日の夢について考える。今になってもあの時の夢は不思議に思う。


 知らないうちにじっくりと考え込んでいた。そんな中、急にベッドのカーテンがザッと開いた。


「洋一さん」


 玲衣が洋一に話しかける。


「これ、何が書いてあるんですか?」


 玲衣が俺が持っている紙の束を指差して俺に聞く。


「これは入院初日に……」


 そこまで言ったところで俺はあることが脳裏をよぎった。それは玲衣がこの夢の待ち人なのでは……ということだ。


(彼女にこのことを話してもいいのだろうか……)


 俺はそのまま黙り込んでしまったが、すぐに代わりの答えを見つけ、玲衣に答える。


「入院初日から書いている日記みたいな物です。前日にあったことを紙にまとめているんです」


 俺はあの夢のことがバレるのが怖くて嘘をついてしまった。

 玲衣は感心したように俺の方をじっと見つめている。だんだん俺は恥ずかしくなり、玲衣と目が合わせられなくなってしまった。


「あ、そうだ」


 ふと玲衣が動き出し、俺は体を強張らせたがそれには気づかなかったらしく自分のベッドの方に歩みを進める。


 玲衣が何かを手に持つ動作をして振り返った。両手で本を抱えている。すっかり忘れていたが入院初日に玲衣に貸したままだった。


「これ、お返しします。とても面白かったです‼︎ここでこの魔法が……」


 玲衣は嬉しそうに本のことを語り始めた。


「あっ……ネタバレでしたね。すみません……」


 玲衣はやってはいけないことをしてしまったと俺に謝ってきたが俺はそんなことはどうでもよかった。


 ただ、玲衣が喜んでくれた……この事実だけあればいいと思っていた。今となってはなぜだろうと思うこともあるが、あの時から自分の感情が変わり始めていたのかもしれない。


「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、そろそろタメ口で話しませんか?」


 俺は思い切って玲衣に聞いた。玲衣は驚いたような顔をしていたのだが、すぐに大きく頷いた。


「もちろんです。それじゃあ、私は洋一くんと呼ばせてもらいますね」


「もちろん大歓迎だよ。俺も玲衣って呼ばせてもらうからね。よろしくな、玲衣」


 玲衣は嬉しそうにニコッと笑った。


「こちらこそよろしくね、洋一くん」


 そうお互いの名前を読んでいると、2人とも気恥ずさが込み上げてきた。多分、お互いの顔は燃えているかのように真っ赤に染まっていただろう。顔を合わすことも出来なくなり、黙り込んでしまった。


 そうしているうちに遼子が入室してくる時間になり、玲衣は慌ててじぶんのベッドに戻った。


 俺は玲衣から返された本をパラパラっと開くと一枚の紙切れが挟んであった。


(ありがとうございました。とても面白かったです。読み終わったら感想を言い合いましょう。玲衣)


 この紙切れを見たときに俺は玲衣に貸してよかったと思った。

 もう少しこの余韻に浸っていたかったがそろそろ遼子が入室してくるだろう。俺は遼子を迎える準備をする。


「失礼します。洋一さん、玲衣さん、そろそろ治療を始めますね」


 遼子は朝食を下げながら俺たちに今日の予定を告げた。


「は……はい……」


 玲衣の返事は何か辛そうなものだった。


「俺もこの気持ちはすごくわかるし、副作用とかもすごく苦しいけど、乗り越えた先に何かいいことがあるってそう信じてやっているんだ。大丈夫だ、何かあったら俺が助けてやる」


 俺はそう言い切った瞬間に恥ずかしさが込み上げてきた。だが、その時カーテンの奥で、玲衣がニコッと笑ったような気がした。


「ありがとう、洋一くん。私、頑張るから」


「それじゃあ、今日は玲衣さんから投与を始めましょう」


「はい」


 玲衣の返事は《決意》にあふれている。

 遼子はカートに載せてあった玲衣専用に点滴キットをとりだし、玲衣のベッドへと向かった。


「ちょっとチクッとするけど我慢してください」


「わかりました……うっ……」


 玲衣が少し強張ったような声を漏らした。


「それじゃあ、何か苦しくなったりしたらすぐに呼んでくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 玲衣は遼子がカーテンを閉めたあと、ふうっとため息をついた。


「洋一さんも今から始めますね」


 そういって遼子は俺のベッドのカーテンを開けた。


「お願いします」


 軽く遼子に一礼をする。


「さっきのカッコ良かったですよ」


 ふと遼子が投与の準備をしながらニヤニヤして言った。

 その瞬間に先程の言葉が脳内でフラッシュバックする。

 そして、顔が熱くなるのを感じた。


「わ、忘れてください……」


 俺は深く布団をかぶった。


「でも、洋一さんも変わりましたね。すごいです……」


 遼子は辛そうな表情でそう言った。


「何か……あったんですか?」


 俺は恐る恐る遼子に聞いた。


「いいでしょう。私ののことをお話しします。今までも私はこのような患者さんにあったことがあるんです。でも、いつも最初の洋一さんみたいに自暴自棄になってしまって……カウンセリングとか受けてもらっているうちにすでに病気が進行してしまって……薬とか投与できずに亡くなられてしまうんです。その度に私は自分自身を責め続けました。それでも私は前向きに動かないと、患者さんが元気にならない……そう自分に言い聞かせて明るく振舞ってきたんです。でもこれも宿命みたいなものなんです……」


《宿命》という言葉に何か引っかかるものがあった。


「宿命……ですか」


「はい。この…………は…………とうと………れ…………」


 俺はナースの話す内容に耳を傾けているが、その宿命の真相の話を聞く前に薬がまわり、眠りに落ちてしまった。


「あら、もう寝ちゃいましたか……」


 遼子はそっと器具を片付け、病室を後にした。

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