11月編 第3話 オメデトウ
11月8日になった。
俺の誕生日。
「洋一くん、誕生日おめでとう!」
改めて玲衣にお祝いされるとなんか照れる。
「おう、ありがとな」
玲衣のお祝いから始まった俺の誕生日。
今日一日はどんな特別な日になるのだろう。
今からとてもワクワクしている。
「洋一さん、玲衣さん、おはようございます」
「あ、遼子さん」
軽く会釈をする。
前は何も言ってくれなかったから今日くらいは祝ってほしいな。
しかし、俺の誕生日を祝う様子はない。
忘れているのだろうか。
先週話したばかりだから、それはないだろう。
聞いてみるか。
「遼子さん、今日は何の日かわかりますか?」
遼子は首を傾げる。
「はて、何の日でしたっけ?」
忘れたのか?
たった数日で俺の誕生日を?
ありえない。
「本当にわからないんですか?」
玲衣も心配そうに聞く。
「お二人が知ってて私に知らない記念日でもあるんですか?」
俺たちの担当の看護師でありながら、俺の誕生日を忘れるとは。
「ほら、洋一くんの……」
ここまで言えば思い出してくれるだろう。
でも、遼子はまだ今日が何の日か分からないようだ。
「洋一さんに関する日なんですか?」
なぜここまできてわからないんだ。
俺の誕生日だぞ!
「忘れるなんてひどいです。朝食はいいんで、早く治験をお願いします」
何が何でも思い出してほしい。
祝ってほしい。
だからあえて誕生日だということは言わない。
「で、でも朝食は大事ですよ?」
遼子が言ってることは最もだが、今はその気になれない。
朝から悲しい気持ちにされるとは思いもしなかった。
「あんまり食欲がないんです。ですので……」
「洋一くん、それでも朝食は食べないといけないんだよ?」
「そ、それはわかってるけど……」
玲衣は心配してそう言ってくれたのだろう。
「けど何かな……かな?」
玲衣の目に炎が灯った気がする。
怒っているのだろうか。
「す、すみません……ちゃんと食べます」
玲衣がニコッと笑う。
玲衣には逆らわない方がいいな。
遼子がワゴンから今日の朝食を持ってくる。
今日のメニューは……。
いつもと変わらない質素なものだ。
「いただきます」
「それじゃあ、私は治療の準備をしてきますね」
「あ、はい」
遼子がワゴンを持って退室する。
「なあ、玲衣」
「どうしたの?」
カーテン越しに玲衣に話しかける。
「遼子さん、おかしくないか?」
「何が?」
「誕生日のことだよ」
おかしすぎる。
つい先日誕生日だって話したばかりなのに、忘れていつも通りに振る舞われている。
「確かにおかしいね」
「だろ?」
「でもね、遼子さんは忘れたわけではないと思うな」
本当は誕生日だってわかってる?
なのにいつも通りの対応。
どうして……。
「そうかなあ」
「私も経験あるから」
意外だな。
玲衣の誕生日を知っておきながら祝うことをしないなんて。
許せない。
「だけど、ちゃんと最後にお祝いしてくれたんだ。お祝いされるまでは最悪の誕生日とか思ってたけど、ちゃんとおめでとうって言ってくれて最高の誕生日に早変わりだったよ」
まさに今の状態……というわけか。
「じゃあ、もしかしたら今日何かあるかもってことか?」
「多分ね。私も知らないからどうなるかはわからないけど。でも、待ってみる価値はあると思うよ」
玲衣の言う通りかもしれない。
今は信じて待つしかない。
「そうだな、とりあえず何かあると信じて待つことにするよ」
「うん、それが一番だと思うな」
「ありがとな」
「ううん、私は何も感謝されることは言ってないよ。洋一くんが自分で答えを見つけただけだから」
いいや、ほとんど玲衣が教えてくれたじゃないか。
口では言わなくても心で言わせてくれ。
ありがとう。
そうして、いつも通り治験が始められた。
「それじゃあ始めますね」
「はい、お願いします」
治療薬が体に回り、少しずつ眠くなる。
ああ、誕生日もこうやって眠って過ごしてしまうのか……。
残念だなあ。
『洋一くん、そんなことはないと思うな』
声だけ……ということはまだ俺は眠っていないのか。
『いや、洋一くんはぐっすり眠っているよ。ただ、私が世界を作っていないだけ』
こんなことまでできるんだな。
それよりもさっきのはどういうことだ?
『それはね、目覚めてからのお楽しみだよ?』
焦らさないで教えてくれよ。
『教えちゃったら洋一くんは後悔すると思うな。洋一くんはまだ知らない方がいい』
そうなのか?
『うん、だからこの夢から覚めるまでは別のことを考えていた方がいいかもね』
別のことって言われてもなあ。
『じゃあさ、私のことを話そうか?』
葉月のこと?
どうして?
『うーん、私が話したいからかな。……って言っても、教えられることの方が少ないけどね』
なら話があんまり進まないんじゃないか?
『だから特別に私の本名を教えてあげる』
特別にってことは本当は教えたらいけないことなのか?
『うん』
無理に教えなくてもいいよ。
何かもうすぐ目が覚めそうだし。
『責めないの?』
どうして責めるのさ。
『だってわたしから話を振ったのに何も言えないから』
そんなことで人を責めてたら他の人にも責めまくりだよ。
『そう……だよね。変なこと言ってごめんね』
変なことじゃないさ。
葉月にとっては大きな悩みだろ?
『それは……そうだけど』
ならそれは、変なことじゃないさ。
自分が変だと思うことってほとんどがごく普通のことなんだ。
だからそんなに自分を責めない方がいいよ。
『うん、ありがとね。じゃあ、もうすぐ時間だからまたいつか会おう』
ああ、またな。
「……をにして」
誰かの声。
聞いたことある、優しい声。
そんな声と、物音で意識が現実に戻り、目を開ける。
「うーん」
起き上がると、壁に様々な装飾がされていた。
「あ。目が覚めましたか?」
「は、はい」
あの声は遼子のものだったか。
「ちょっと待っててくださいね。すぐに準備が終わりますので」
準備?
なんだろう。
「洋一くん、少しの間だけ目を閉じていてください」
玲衣に促されるままに目を閉じる。
そして、慌てた二種類の足音が落ち着く。
「開けていいですよ」
目を開けると──。
『洋一くん、お誕生日おめでとうございます』
壁にかけられていた文字にはそう書いてあった。
「洋一さん、誕生日おめでとうございます!!」
遼子が祝ってくれた。
やっぱり覚えてたんだ。
玲衣が言ってたことは正解だったんだ。
「あ、ありがとうございます……」
信じて待てば最悪の誕生日が最高の誕生日に早変わりする。
待っててよかった。
嬉しさから涙がこみ上げてきた。
「俺、こんなに盛大におめでとうって言ってもらえたの、初めてです。ありがとうございました!」
そして、遼子はケーキを持ってきた。
ろうそくの火を消して、拍手を受ける。
他の看護師にお願いして写真も撮ってもらった。
こんな楽しい誕生日が今まであっただろうか。
これが彼の最初で最後の誕生日パーティーになった。
彼の目は輝き、希望に満ち溢れている。
笑顔に満ちた病室。
みんなが楽しそうにしている。
これがまた彼を成長させてくれるものになるだろう。
そして、彼らに1人近づこうとする人影があった。




