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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第5節 11月編
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11月編 第2話 イマシメ

 クラスメイトからお祝いの言葉を受けたあと、俺は病室に戻った。


「何かすみません……」


 遼子はニコッと笑う。


「まあ、今回は誕生日をお祝いしたかっただけみたいですし、今回だけはお許しします」


 誕生日というワードを聞いた玲衣が慌てた様子でこっちに来る。


「え、洋一くんってもうすぐ誕生日なの?」


 そういえば玲衣に俺の誕生日を伝えてなかったな。

 これを機に玲衣の誕生日も知りたいところだが。


「ああ、11月8日が俺の誕生日だ」


 玲衣がパチパチと拍手をする。


「洋一くん、お誕生日おめでとう!」


 初めての彼女に誕生日を祝ってもらえるなんて、思ってもいなかった。

 当然のことかもしれないが、嬉しかった。


「ありがとな、玲衣」


「じゃあ、私はこれで失礼します」


 遼子は一礼して病室を出て行った。

 ここは遼子さんにも祝ってもらいたかった。

 誕生日おめでとうとも言わずに出て行くなんて……。

 まだ認めてもらえていないのだろうか。


「洋一くん、私ね、洋一くんの誕生日を祝うことができて嬉しいんだ」


「俺もだ。今まで彼女とかいなかったから、こんなに幸せなことなんだな」


 玲衣の顔がぽっと赤くなる。


「もうっ! こんな真剣な顔で言われると何か恥ずかしいよぉ」


 俺も内心恥ずかしいぞ?


「玲衣に出会えて、やっと生きているという実感が湧いたんだ」


 俺は何を言っているんだ。

 だけど、ここまで言ってしまったらもう引き下がれない。


「え?」


 玲衣が不思議そうに俺を見ている。

 本当かどうか疑っているのだろうか。

 だが、これは本当のことだ。


 玲衣に出会うまでは生きているという実感が湧かなかった。

 ただこの世界に生を受け、とてつもない時間を生きて、やがて死んでいく。

 ただの魂のループの一回に過ぎないと思っていたのだ。


「今までのどうってことないことも、生きていなきゃ見ることもできないし、触れることだってできない。だけどそれが当たり前じゃないってこの病院に入院してから知ったんだ。もうその時は生きる意味すら見失っていたんだよ」


 急な病に倒れ、余命宣告を受けたあの日、俺は生きてていいのかすら解らなくなっていた。


 どうして俺だけ……。

 どうして1人にならなくちゃいけないのか。


 1人悩み苦悩した時期もあった。


「それを1人の女性が俺に差し伸べてくれたんだ。同じ境地に立たされながらも、必死に生きようとしている。残り少ない人生を謳歌しようとしている。そんな姿を見て、その女性みたいになりたいと自然と願うようになった。そして共に病気と闘い、今となっては俺の大切な存在にまでなってくれた」


「それって……私のこと?」


 こくりと頷く。


「玲衣のことだよ。玲衣に出会ってからこの人生がすごく楽しくなったんだ」


 玲衣はかぶりを振った。

 どうしてここで否定するんだ?


「私だって生きる意味を見失っていたんだよ」


 意外だ。

 あの玲衣が生きる意味を見失っていたなんて。

 ならどうしてあんなに前向きに治療に励んでいたんだろう。


「私も余命宣告を受けた時はすごく辛かった。遼子さんから聞いたけど、余命宣告を受けた時、洋一くんは身を投げ出そうとしたんだよね……」


 どうしてそれを……。

 遼子さんは何を意図してそんなことを玲衣に教えたんだ。


「私はね、あのあと手首を何度もカッターで切りつけていたの」


 玲衣がすらっとした腕を俺に見せる。

 手首の方を見ると、生々しい傷跡がいくつもあった。

 俺だけじゃないんだ。《メモリーイーター》に体を侵され、精神的にも辛い時期が玲衣にもあったんだ。


「今ではどうしてこんなことをしたんだろうって思うんだ。辛いことがあるなら誰かに相談すれば済む話なのに、私は……私は……」


 玲衣の目から涙が溢れ出てきた。


「もう何も言わなくていい」


「言わないと……私の気が済まないの。だから話させて」


 泣きながら懇願する彼女を見て俺は何も言い返せなかった。


「私は自分の体を傷つけてしまった。永久的に残る傷をつけてしまった……。だから今までこのことを隠してきた。自分への戒めの意味を込めて。だからずっとこれをつけていたの」


 玲衣はリストバンドを二つ取り出す。赤色と青色のものだ。


 自身の手首の傷を隠すためだろう。

 だが、傷を隠すことが戒めの意味になるんだろう。

 自分一人で抱えているから?

 リストバンドを見るたびに自分の過ちを思い出すため?


「玲衣」


 無意識に彼女の名前を呼ぶ。


「俺も同じだ。身を投げようとしたことなんて誰にも話していない。その場に遼子さんがいなかったら多分玲衣も知らなかったと思う。玲衣と同じ理由で……」


 だけど今はもう違う。

 お互いにパートナーがいるではないか。

 信頼できる仲間が……。


「でも、今は玲衣がいる。一人で抱え込まないで相談できる相手がいるんだ。だから、一緒に歩もう。これからは2人で一緒に辛いことも乗り越えていこう。だって──」


 ──お互いパートナーに助けられたんだから。


「うん。一緒に乗り越えようね」


 玲衣に笑顔が戻る。

 涙を拭き取って最高の笑顔を俺に見せてくれた。

 俺も玲衣に最高の笑顔を返した。

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