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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第1節 7月編
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7月編 第2話 共に進む

投稿が遅れてしまい申し訳ありません…

 ある日の朝、俺はふと思った。俺は何者で、何をしているんだろう……と。


 不思議に思ってあたりを見回す。


 大きなカーテン、白を基調とした清潔感のある質素なベッド、一定時間毎に電子音の鳴る機械。


(そうだ、ここは病院だ。どうしてこんなことを忘れているんだろう……)


 俺は重度の病気にかかり、余命一年の宣告を受けたことを思い出した。あまりに重要なことを忘れていたことに俺は驚いた。

 深く考えているうちに部屋の静寂を破るかのようにローラーの音が聞こえてきた。恐らくナースが病室に来たのだろう。


「失礼します」


 ナースが入室して来る。白を基調としたナース服に、可愛げのない黒い丸メガネをかけている。

 ワゴンの上にはグリップボードが置かれている。

 相変わらずこの病室には俺1人だけだ。それだけではない。大きな病院であるはずなのに、入院している患者をあまり見ない。それどころか、いつも主治医が病室にやってくるときには息を切らしてぜぇはぁ言いながら入ってくるのだ。


 ナースの名前は洲玖井遼子すくいりょうこ。俺の専属ナースだ。


「あ、おはようございます」


 俺は遼子に気づくと軽く会釈をした。


「洋一さん、今日も変わりはないですか?」


 遼子は俺に身体の状態を聞く。これがいつもの朝の始まりだ。

 俺はなんともないと答えると、遼子はホッとしたように胸をなでおろす。

 遼子に毎日同じことを聞かれ、同じ動作をする。

 その度に俺も少し安心する。


「よかったです。それと今日から薬による治療を始めますね」


(ついに始まってしまうのか……《抗ガン剤治療》)


 俺は少し落胆した。

 しかし、そうでもしないと寿命は短くなる一方だ。


「わ、わかりました……」


「怖いのはわかりますが、そうでもしないと洋一さんの病状はさらに悪化してしまう恐れがあります」


「は、はい……」


 俺は俯いて返事をする。


「それじゃあ、朝食をお持ちしましたので食べちゃってください」


 そう言うと遼子はワゴンからお盆を取り出し、俺のベッドに付いている机に置く。


「ありがとうございます」


 そう言って今日の朝食に目を向ける。

 その瞬間全身の毛が逆立つほどゾッとした。


(げっ……)


 俺は心の中でつぶやく。


 今日の朝食はいつもと変わらず、ご飯と味噌汁とおかずという質素な作りなのだが、おかずに問題があった。そこには俺が今までで一番食べるのに抵抗があった豆腐があったのだ。

 とりあえずいただきますと手を合わせてから味噌汁を口に注ぐ。


「あ、そうそう」


 突然遼子が手をパチンと叩く。

 俺は豆腐が苦手なことを悟られたと思いビクッとした。


「ど、どどどうしたんですか?」


 恐る恐る遼子に聞いてみる。


「本日、この病室に新しく患者さんが入室されますので、把握しておいてください」


 遼子の話は今日この病室に入室してくる患者の話だった。少し安心だ。


「なんだ、そんなことか」


 俺がそう呟いた瞬間、遼子は俺のベッドに乗りかかり、顔を俺に近づけた。少しだけドキッとする。


「そんなことか……じゃないですよ! これは私にとっても、そして洋一さんにとっても大事なことなんです。洋一さんにとってはじめての同室の患者さんなんですよ!」


「は、はい」


 俺はなにも言い返すことが出来ず、ただはいと返事をするだけだ。

 遼子は話終わると、さっと立ち上がって咳払いをしてから、いつもの笑顔に戻った。


(こ、怖ええ……)


「それじゃあ今日も一日頑張ってください」


 そう言って遼子はワゴンを押しながら病室を出て行った。

 俺は1人になり、しんと静まり返った病室を見回す。そこには空のベッドが3台ある。


(確かにこうみてみると少し寂しいような気がするな)


 そう思ったのと同時に、新しい患者のことが頭から離れなかったが、その前に朝食を済ませなくてはならない。


 しかし、その朝食には俺が苦手な豆腐がある。食べるべきなのだろうか……俺は、考え込んだ。


(どうしよう……でも……健康のためだ……)


 俺はゆっくりと豆腐に手を進める。箸で豆腐を切り、持ち上げる。今にもぷるんと今にも音がしそうなほどの弾力。ゆっくりと豆腐を口に運ぶ。


 豆腐を口の中に入れ、ゆっくり咀嚼を繰り返す。豆腐独特の味が口いっぱいに広がる。


「う……」


 この感触に耐えながらも、健康のためだと何度も同じ動作を繰り返し、やっとの事で豆腐を食べきった。


 そして、その味をなくすためにほかの食材をかき込む。なんとかあの独特な味は消え去り、ふうっとため息をつく。


 朝食を食べ終えた後、俺は、入院後からの毎日やっていることを行う。


 それは入院初日にみた夢のことだ。今ではその夢のことは殆どが忘れてしまっている。俺はベッドに隣接した棚から紙の束を取り出した。そこにはその夢の内容を書き出してある。あの夢のことを忘れないようにしているのだ。


 夢ではじめて出会った少女。そしてあの時少女が発した言葉。


『忘れないで。私はあなたのことを覚えている。そして、いつかまた再開する日が来るから!』


 いつかまた再開する日がくる。そう言われてももう会うことなんてできないだろう。俺はそう思っている。何せもうあと一年しか持たない身体なのだ。

 しかし、なぜか心の奥底では再開できるような気がしていた。


 そう考えているうちにいつもなら、遼子が朝食を引き取りにくるはずなのだが、なぜか今日はまだ来ない。いつも来る時間よりも20分ほど時間が経っている。


(もしかして……もう来た……のかな)


 俺はそっとベッドから立ち上がり、病院の廊下をチラッとみる。そこにはただ電気がついているだけで、人の気配は一切ない。


(仕方ない。少し待つか……)


 遼子が朝食を取りに来ないと、俺は病院内を歩く気になれない。俺は、ただひたすら遼子がくるのを待つ。


 そしてさらに30分後、病室のドアをノックする音が聞こえた。


「失礼します。こちらの病室です」


 遼子が病室に入ってきた。


「遼子さん……いつもよりも遅かったですね……」


 遼子ははぁとため息をつく。何か聞いてはいけないことだったのだろうか。


「先程……といっても1時間ほど前なんですが、朝食をお渡しした時に話した患者さんがいらしたので、その準備をしてたんです」


 新しい入院患者がついに来たのだ。

 俺は少しドキドキしていた。


「では、こちらにどうぞ」


「は、はい……失礼します」


 女性の声だ。驚きのあまり俺は口が塞がらなかった。その容姿は……。

 新しい患者は整った顔立ちでどこかの高校のセーラー服を着た、俺とほぼ同年代の女性だったのだ。黒く長い髪を束ね、顔を少し赤くして、緊張したそぶりで入室してきた。


「それじゃあ、お互い自己紹介でもしましょうか」


 遼子がパチンと手を叩く。


「お、俺……あ、僕は……片瀬……洋一……です」


 なぜか言葉が出ない。やはりなにかがおかしい。そんな気がした。この病室の他にも空いている病室はあるはず。

 その瞬間、黒髪の少女は頭を下げた後ニコッと笑い自己紹介をした。


「私は大宮玲衣おおみやれいです。これからよろしくお願いします」


 少しの静寂。


「ちょ、ちょっと待ってください……」


 俺は立ち上がって遼子に歩み寄った。


「どうしたんですか?」


 遼子は何食わぬ顔で首を傾げる。


「どうしたもなにも、これから寝食を共にする同室が異性でいいんですか! 大丈夫なんですか!?」


 いきなりの大声に遼子と玲衣、そして親なのだろうか、同伴してきた女性が驚いた表情をした。


「患者さんにはOKをもらっていますので」


 困った人を見るかのように俺を見て遼子が答えた。


「い、いや……そういう意味じゃなくて…………OK……そう……俺はOKしてないですよ」


 遼子はニコッと笑う。


「どうせOKというと思いましたので」


 確かに少女が同じ部屋というのはダメな話ではないだろう。

 もっとも、俺はあんなことやそんなことはしないし、それぞれのベッドはカーテンで仕切られている。


「ま、まあ……俺はいいですけど」


「ならいいじゃないですか。では、準備を始めますね」


 そう言って遼子は俺の隣のベッドに玲衣の荷物と思われるカバンを置いた。


 それに続いて玲衣と母親らしき女性も続く。

 ふと玲衣が俺の方を見る。そして俺が苦労して食べ終えた朝食を見てボソッと小さく口を開けた。


「あ、ちゃんとご飯食べてる……私も見習わないと……」


 どうやら、玲衣に褒められた? らしい。


 そのまま玲衣は歩みを進めた。

 遼子は準備を終えると俺のベッドの方に歩みを進めた。


「あ、朝食を引き上げますね」


 遼子は俺の机に置かれていたお盆を持ち出す。


 俺は気になっていたことがあった。どうして入院してきたのだろう……と。


 俺は意を決して遼子に聞くことにした。


「遼子さん」


 俺は遼子を呼ぶ。


「どうしたんですか、洋一さん?」


 遼子はお盆をワゴンに置いてから振り返った。


「あの……玲衣さんの……病気って……」


 そこまで言ったとき玲衣のベッドに付いているカーテンがばさっと音を立てて開いた。


「あなたと……同じ……です……」


 少女は一言、少し詰まりながらも答えた。


「ど、どうしてそれを……」


 遼子がニコッと笑う。


「私が教えました」


 その瞬間、俺は遼子に対しての信頼が少し失われたような気がした。


(だ、大丈夫なのか……このナースは……)


 遼子が続ける。


「お互いの同じ病気なら、一緒に頑張ってっくれるかなって思って玲衣さんには教えました。あとで洋一さんにも教えるつもりだったので、もうこれで大丈夫ですよね……」


 遼子の大丈夫はどんな大丈夫なのだろうか……

 俺は少し戸惑ったがまあ、これでいいやと思い、納得する。


 それから少しの間気まずくなり、静寂の時間が流れた。


「そ、それでは薬を持ってきますね」


 そう言って遼子は小走りで病室を後にした。


「じ、じゃあ私は外の空気でも吸ってきます」


 玲衣と同伴の女性も病室を後にした。



 それから数時間後、遼子が大きな荷物を持って入室してきた。


「それじゃあ治療を始めましょうか」


 遼子はそういうと点滴の準備を始めた。


「は、はい」


 俺はこのあと起きることへの恐怖心から声が出せなかった。


「始めが怖いのはみんな一緒です。ですから、一緒に頑張っていきましょう」


 遼子の言葉に少しだけ勇気をもらった。


「そ、それじゃあ……お願いします」


 腕に注射器が刺さり、少し痛んだがそれに耐える。


「もし体調がすぐれなくなったときのためにバケツを置いておきますね」


 遼子は俺のベッドのそばにポリバケツを置いてくれた。


「ありがとうございます」


「それじゃあ頑張ってください。それと何かあったら遠慮せずにナースコールしてください」


 そう言い残し、部屋を後にした。


(今からどうしよう……)


 これから数時間は安静にしなくてはならない。


(本でも読むか)


 俺は棚に立ててある本を一冊手に取ろうとする。

 しかし、ほんの数センチ届かない。


(う……と、届かない)


 俺は何とかして取ろうとさらに手を伸ばした。


 その瞬間……

 ガシャンという音と同時に床に転げ落ちてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 玲衣が屋上からちょうど戻ってきたらしく、俺に手を差し伸べた。


「あ、ああ。大丈夫です。ちょっと本を取ろうとしていただけなんですけどね……」


 俺は棚に置いてあった本を指差した。


「あ、この本知ってます。確かとある学園で起こる事件を超能力とかで解決していく作品ですよね」


 玲衣はどうやら俺が読もうとしていた本について知っているようだ。


《能力学園》


 これがその本のタイトルだ。


 今まで7巻まで発売されており、アニメ化もしているヒット作品だ。


「何巻まで読みました?」


 俺は玲衣に聞いてみる。


「私は6巻まで読みました」


 玲衣が答える。


「俺はあとこれだけです」


 俺は棚に置いてある《能力学園第7巻》を指差す。


「私と同じなんですね」


「よかったら読みますか?」


 すると玲衣は目を輝かせた。


「え、いいんですか?」


 俺は玲衣に本を手渡す。


「もちろん、貸しますよ。先に読んじゃってください」


 玲衣は嬉しそうに本を受け取った。


「じ、じゃあお言葉に甘えて、読ませていただきます」


 玲衣は自分のベッドに戻って本を読み始めた。

 これがこれから始まる波乱の一年の始まりだ。


 その夜のこと……

 この病棟のナースステーションではナース同士が話し合っている。


「災難だったわね……若い男女2人がこの《終末期病棟》に入院されてしまうなんて……」


「そうね……ここに入ってしまったらもう……退院するのは奇跡……ですものね……」

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