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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第4節 10月編
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10月編 第8話 マボロシ

 洋一くんを救う方法。


 それは無謀な挑戦になるかもしれない。

 この方法以外は絶対に通用しない。

 今の洋一くんにそれが受け入れられるのか不安だけど……。


『声が届かない今、玲衣さんにしかもう洋一くんを止める方法はない!』


 わかってる。

 けど、どうやってあんなのに近づけばいいの?


『私にもわからない。けど、今言えることは玲衣さんにしかできないってことだけ』


 全部丸投げってわけ?


『仕方ないじゃない! 私だってできるなら今のこの状況に干渉したいよ』


 わかった。私がなんとかする。

 葉月さんはここで見てて。


『うん、ごめんね』


 なんでここで謝るの?

 謝罪なら後でいっぱい聞くから、マイナス思考だけはやめて。

 私までおかしくなりそうだから。


『うん。頑張って!』


 言われなくてもわかってる!

 恐る恐る洋一に近づく。


「こっちにくるな! 俺のことを覚えていないというならこれ以上近づくな!」


 こんな洋一くんはもう見たくない!

 これが最後であってほしい。

 お願い、戻って!


「洋一くん、落ち着いて。お願い、私は覚えているよ?」


「そんなの嘘だ‼︎もう騙されないぞ!」


 人を信じることをやめてしまったの?

 今の洋一くんの目に光なんて一切光が差していないじゃない。


「お願いだから、もうやめて……」


 それでも洋一は暴れ続ける。

 なんで……なんでよ……。


「どうして暴れるの?」


 私の問いに洋一は答えなかった。



「あんたなんか知らない。早く出ていって」


 来るな……これ以上来るな……。

 恐怖の感情が俺を支配した。

 こんな世界早く終わってくれ。

 またいつもの世界に戻りたい。

 お願いだからもうこんな辛い目に遭いたくないんだ。


 だから……。

 早く消えてくれ!


 消えてくれないならどうすればいい?

 そうか……。


 ──この世界を壊せばいいんだ。


 武器となるものを探す。

 ちょうど机にハサミが置かれているではないか。

 このハサミでこの世界を……殺す!


「うらああああ!」


 ハサミを壁に刺してそのまま下に引きずる。

 壁紙が切り裂かれ、ビリビリに破れた。


「この病院を壊さないで!」


 遼子さんか。まあ、赤の他人に自分の大切な病院を壊されたらいい思いはしないだろうな。


「俺には関係ない!」


 遼子の言うことなんて無視だ。

 この間違った世界をぶち壊す。それだけさ。


「私の病室を壊すな!」


 玲衣もやっと本性を表したか。

 襲いかかるならさっさと襲いやがれ!

 窓には土砂降りの雨が打ち付けている。

 稲光とともに雷がどこかに落ちる。

 空が光るたびに、ハサミを至る所に刺し続けた。


 ボロボロになった壁やベッド。

 止めに入った主治医や、ほかの看護師にもハサミを刺した。

 血に塗られたハサミ。

 金属の部分はすでに真っ赤に染まっている。

 それでも主治医たちは俺に立ち向かう。

 腹部から血が出ていると言うのに、傷口を抑えようとすることもせず、ただ俺を取り押さえようと腕を伸ばす。


「──ちくん!」


 俺の名前を読んだのは誰だ!

 誰だ誰だ誰だ誰だ!

 周りを見回しても、皆凶暴な獣のような目をしている。

 だけど、俺の名前を呼んだ者は心配そうな、悲しい声。

 幻聴でも聞こえたのか?


「俺を取り押さえるなら早く取り押さえやがれ! だけど、俺に近づいたやつは容赦なくハサミで斬る!」


 なんだよ。

 何矛盾したことを言っているんだ、俺は。

 膠着状態が続くに決まってるじゃないか。


「みんな、やっておしまい!」


 なんだよ遼子さん。

 俺は悪者なのかよ。

 なら、お前らの望み通りに死んでやるよ。

 手に持ったハサミで死んでやるよ。

 ハハハハハ。

 いい気味だな。俺を忘れたせいでこの病院も事故物件だ。

 ご愁傷様だぜっ!


「せいっ!」


 気合とともに自分の腹部にハサミを押し付ける。

 血が出てくる。けどなぜだろう、痛みは感じない。


「死にやがった。こいつ自害したぞ。私たちは何も知らない! 私たちはこいつとは面識なんてないんだ! そうだろ?」


 なんだよ。

 今になって遼子さんは現実逃避かよ。

 玲衣は悲しんでくれるはずだ。


「いい気味よ。見知らぬ人が勝手に死んでいくってのはね」


 玲衣……。

 君なら信じてくれるって思ってたのに……。

 どうして……どうしてなんだよ。

 少しづつ体から力が抜けていく。


「つまらない人生だったよ」


 そうだ。

 こんなつまらない人生なんて早くからやめてしまえばよかったんだ。

 俺は静かに目を閉じた。



 なに……やってるの?


 洋一くん、なにを持ってるの?

 まさかこれが襲いかかるための道具ってことなの?

 こんな貧弱な武器で?


「洋一くん、もうやめて!」


 何回この言葉をかけてるんだろう。


「もう死んでやるよ!」


 こんな道具で死ねるわけがない。

 だって、洋一くんが持っているのは……。


『今の洋一さんにとっては武器となるんじゃないかな?』


 どういうこと?


『洋一くんは今人を信じられなくなる代わりに自分自身を過信している。だから、あんな貧弱そうな道具でも洋一くんにとっては最高の武器だと錯覚しているはずだ』


 そんな……。


『だから、早く! あの方法をやるんだ』


 葉月の声からも焦りが感じられる。


 わかった。やるよ。人前で恥ずかしいけど、やるしかないんだ。


『頑張って!』


 うん。


「せいっ!」


 洋一が気合と同時に道具をお腹に刺す。

 ばたりと倒れる。

 当然、出血はない。

 彼が持っている道具に殺傷能力なんてないんだから。


「洋一くん、今戻してあげる」


 洋一の唇に私に唇を近づけた。

 お願い、戻ってきて!



 暖かい。


 なんだろう、これ。


『洋一くん!』


 葉月か?


『やっと届いた。玲衣さんが成功させたんだ』


 届いた?成功?


『多分もうすぐ洋一くんは目が覚めるよ』


 そうか、あの世界から抜け出せたんだ……。


『あの世界?』


 ああ、だけどもう必要ない世界。俺を忘れてしまった世界なんていらないんだ。


『大変だったんだね』


 そうかもな。


『じゃあ、玲衣さんによろしく伝えておいて』


 任せとけ。



 目を開けると、明るい日差しが目に差し込んだ。


「まぶしっ」


 目の前には遼子や玲衣の姿。


「洋一くん」


 玲衣が抱きつく。

 戻ってこれたんだ。


「もう大丈夫ですか?」


「ええ」


 あの世界で起きたことは幻だったのだろう。


「急に洋一さんが暴れだすんですから……」


 暴れだす?

 ということは……。


「ハサミを持って暴れたのって……夢じゃない?」


「ハサミじゃないですけど、画用紙で作った棒で暴れていましたよ?」


「え?」


「誰も俺のことを知らないんだとか言って暴れてたんですから」


 やっぱり夢じゃない。じゃあ、あれはなんだったんだ。


「もしかして、薬の副作用とか……ですか?」


「そうかもしれないから治験が一時中断になりました。なんでも幻覚作用を引き起こすものが使われていたとかで……」


 幻覚?

 ということはやっぱり……。


「すみません……俺のせいで迷惑かけちゃって……」


「いいんですよ。薬のせいですし。しかも今回は玲衣さんにも助けられましたから、玲衣さんにもお礼を言っておいてくださいね」


「はい」


 玲衣の方を見ると顔が真っ赤だ。


「なにがあったんだ?」


 玲衣は無言のまま首を振る。


「まあいいや、とりあえず元に戻れてよかった」


「それはこっちのセリフだよぉ」


 玲衣が恥ずかしそうに言う。

 俺は面白くなってクスッと笑った。

 遼子も笑う。


「もぉ……なんで笑うんですかぁ」


 と言いながらも玲衣も笑った。


 よかった。本当によかった。

 まさか幻覚のせいで暴動騒ぎを起こしてしまったとは……。

 ありがとな、玲衣。

 大好きだ。

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