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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第4節 10月編
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10月編 第2話 逃亡

「ありがと、そしてごめんね……」


 確かに玲衣はそう言った。どういう意味なんだ。なぜ俺に謝ったのだろう。

 その時の俺には玲衣の気持ちなんて微塵もわかっていなかった。

 事態は病室に夕陽が差し込む頃に判明した。


「洋一さん、玲衣さんを見ませんでしたか?」


 遼子が慌てて病室に入ってくる。玲衣はあれ以来病室には戻ってきていない。


 まさか!?


 病院を抜け出したのでは!?


 最悪の事態が脳裏をよぎる。


「見てないです。何かあったんですか?」


「実は……玲衣さんが病院から消えました」


 やはりか。しかし、遼子の言っていることは少しだけ疑問に思ったのだ。消えた?なぜそこでこの言葉を使うのだ。本来なら『連絡が取れません』と言うはずだ。


「玲衣が消えるわけないじゃないですか! なんでそんな言い方をするんですか!?」


 どうせこの病棟のセキュリティが厳重だとかそう言うに違いない。


「この病棟のセキュリティは厳重なんです。病院を抜け出すなんてできるはずないんです!」


 クソッ! どうしてこんなことになったんだ!!


 俺は急いで日記を開く。そしてこう書いた。


『早く玲衣の気持ちに気づいてあげれば良かった』


 俺は病室を飛び出す。頼む、無事でいてくれ。病状の悪化だけはしないでくれ!


「洋一さん! だめです!」


 遼子が止める。


「どうして止めるんですか⁉︎俺が行かないと……玲衣が……」


 俺は何を言っているんだ……。なぜこんなにも玲衣のために動けるんだ……。

 ふと委員長のメッセージを思い出した。


『そろそろ玲衣さんの気持ちに気づいてあげてね。玲衣さんと同室になっていることはクラスの人には黙っててあげる』


 このメッセージの通りだ。俺は玲衣のことが好きなのかもしれない。そして、それは多分玲衣も……。


「見当はつくんですか?」


 なんなんだこの質問は。この質問の意図がわからない。


「帰りたいよ……」


 誰の言葉だ?

 誰がこんなことを言ったんだ?

 面会を開始した日から夜な夜な誰かが言っていた?

 そうか……わかったぞ。玲衣!!

 俺はさらに日記に書き込む。


『ごめん……ごめんな、玲衣』


「見当ならついてます。俺に行かせてください!」


 遼子は横に首を振る。


「だめです」


 じゃあなんでこんなことを聞いたんだよ!


「だめでも俺は行きますよ。玲衣のために!」


 俺は遼子の制止を振り切って廊下に飛び出した。

 待ってろよ、玲衣!


「洋一さん!」


 遼子が走って追いかけてくる。


「ついてこないで‼︎」


「見当がついているならそれだけでも教えてください! すぐにその場所を教えますから!」


「そう言って俺を止める気だろ!」


「そんなことはないです。私を信じてください!」


 疑心暗鬼にも程がある。その時の俺はもう先のことしか目に見えてなかった。だから遼子の言葉なんて聞き入れられなかった。


『私を信じてください!』


 その言葉が脳内に響き渡った。

 どうしてこんな言葉が心に引っかかるんだよ!


「洋一さん!」


 遼子は俺のことを何度も呼んだ。

 俺の心の内ではもしかしたら遼子を信じたいのかもしれない。

 じゃあなんで信じようとしないんだ?

 表では許したことを許していないから?

 まさか?夏祭りのことをまだ根に持っている?

 いや、違う。

 俺自身を信じられていないから。


『わっとわかってくれた』


 誰だ?


『私だよ。葉月だよ』


 やっとわかってくれたってどう言う意味だ?


『そのまんまだよ。洋一くんが無意識に自分のことを信じられなくなっていたんだ』


 そんなことはない!


『洋一くんはあの事故からずっと周りのために人助けをしてきた』


 あの事故ってなんだよ!?


『そうか……忘れちゃったんだね……』


 忘れたもなにも、事故なんて起きてないじゃないか!


『じゃあ洋一くんのお父さんはなんでいないの?』


 そんなことどうでもいいじゃないか。


『どうでもいいわけないじゃない! 洋一くんのお父さんは事故で亡くなっちゃったんだよ。洋一くんはその時から自分を犠牲しにしてまで人の笑顔を守ってきた』


 だからなんだよ。


『それこそ自分はもう必要ないって思っている証拠なんじゃないかな?』


 そんなの証拠ななんてならない。


『じゃあなんで今は人のために走っているの?』


 それは……。


『ほら、理由なんてないんでしょ?』


 玲衣を救うためだ。


『それは理由じゃない。洋一くんが自分を犠牲にするための口実に過ぎないんだよ』


 じゃあ、なんて答えればいいんだよ!


『人を助けるのに理由なんて必要?』


 そんなことない。人を助ける理由なんて必要ないんだ。


『じゃあ、もう簡単だよ。洋一くんはみんなから大切にされている。だからみんなが笑顔になる』


 なにを言っているんだ?


『洋一くんは自分を信じないから、周りばかり信じてしまう。その結果がこれなんじゃないかな?』


 この状況?


 遼子さんに今頭の中で思っていることを言えていないその理由。


『それこそ、今の自分が信じられていないから、見当がついていても答えられないんだよ』


 だから自分を信じろと?


『そう。自分を信じれば、出てきた答えは洋一くんにとっては正解なんだから‼︎たとえ間違っていてもいい。自分を信じれば誰だって運命は変えられる!』


 そうか。ありがとな、葉月。


『じゃあまたね』


 それっきり声は聞こえない。


 けど、葉月が教えてくれた。葉月から勇気が与えられた。

 俺は立ち止まった。


「遼子さん、多分玲衣は実家に向かったんだと思います。その住所をおしえてください!」


「実家ですね。ここからだと遠いんで、私が車を出します。洋一さんもきてください!」


 俺が俺自身を信じたから、運命が変わったのか。なら、自分を信じるのも悪くないな。

 自分を信じることができれば、今の状況を覆す手段が出てくる。

 それを教えてくれたのは葉月、そして玲衣だ。


「ありがとう」


 俺は心の中で二人にお礼を言った。

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