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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第3節 9月編
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9月編 第11話 次なるステップ

 治験の発表から数日後、俺は治験に向けての準備としてカウンセリングを受けることになった。


「洋一さん、カウンセリングの時間です」


 カウンセラーが俺を呼ぶ。


「はい、今行きます」


 カウンセリング開始に伴い、面会は一時中止になり、治験に専念することになった。


 カウンセリングを行う部屋に案内され、担当の人に促されるままその部屋に入る。

 部屋は白い壁に囲まれ、机が二台あるだけという質素な造りだ。


「この部屋では、洋一さんも知っている通り治験に対しての意識を変えてもらうためのカウンセリングを行います。我々看護師としても、患者さんに病気を治してもらうことが最優先事項ですので、治験の途中でやっぱりもう無理だと言われないようにすることを目的としています。申し遅れました、私、洋一さんの心理カウンセリングを担当します、国立難病治療研究センターの中村(なかむら)聖理奈(せりな)と申します。以後お見知り置きを」


 真面目そうな言葉で、自己紹介をした聖理奈は眼鏡を掛け直してから、机の中から数枚の紙を取り出し、俺の机に置いた。


「今回、治験及びカウンセリングを受けていただくにあたり、この同意書に署名をお願いします。大まかな内容としては、この治験については病院関係者、同室の者以外へ話すことを禁止するというものです」


 ずらっと並べられた文字列に一瞬頭痛がしたが、仕方なく全文を読んでから署名欄に自分の名前を記入する。


「それではカウンセリングを始めます」


「はい、よろしくお願いします」


 俺は聖理奈に向かって一礼をする。


「まずは今回の治験に参加していただき、ありがとうございます。我々センター員も手厚くサポートをさせていただきます」


「は、はあ」


「それでは早速本題に入りましょう。本日は今回の治療薬の副作用について説明します。現状で分かっているのは下痢と吐き気です。その他精神的影響も懸念されています」


 そんな説明を受け、つくづく玲衣に苦しい思いをさせてまで治験を受けさせなくて良かったと俺は感じた。


「精神的影響ですか……」


「はい、今回の目的は、治療が成功するのか、そして治療薬による人体、精神への影響の調査です」


「つまり悪く言うと俺は、理化学研究所とかで研究に使用されているマウス……と同じ扱いということですか……」


 聖理奈はすぐには答えなかった。図星だったのだろう。最終的には人体への影響を調べなければならないのは分かっている。しかし、今までの治療薬に関しても治験が行われてこそ実用化がされているのも少なくはない。他の同じ病気を持つ患者に少しでも希望の光を差し伸べたい。そして、玲衣を救いたいのが俺の望みだ。


「ですが、人権は保証します。これは、他の治験を行う際も同様です。我々は治験者を尊重します」


「なんか、すみません……」


 聖理奈はかぶりをふった。


「いえ、私も一時期こんなことを考えたことがありましたから」


(中村さんも!?)


 俺は聖理奈が俺と同じ考えを持っていることに驚きを覚えた。聖理奈は治験をする側の人間だ。そんな意見をもっているとは思いもしなかった。


「私に何かついていましたか?」


 ふと俺に首を傾げながら質問してきた。驚きのあまり俺は聖理奈を凝視しすぎてしまった。


 しかし、さすが真面目な人だ。男の俺に凝視されただけでは微動だにしない。


「い、いえ……」


 俺は手を横に振りながら答える。


 そんな感じで治験に関すること、精神的ケアについてなどの説明が続き、カウンセリングが終わったのは2時間後だった。


 俺はため息をつきながら病室に入ると玲衣が入り口に立っている。


「玲衣……」


「お疲れ様。どうだった?」


「なにかと退屈だったよ……ずっと説明ばかり」


 俺は笑いながらベッドに座った。


「ねえ、今からでも……遅くないよ?」


「え、何のこと?」


 玲衣の表情を見ると、辛そうだ。


「治験だよ。洋一くんだけが苦しい思いをするなんて耐えられない!!」


「それでも……」


「私のためにって思ってくれるのは嬉しいよ。でも……でも……」


 玲衣の目が少しずつ赤くなる。


「自分を犠牲にしてまでやることなの!?」


「俺はね、今までもそうして生きてきたんだ。自分を犠牲にしてまで他人を救うことに生きがいを感じていたんだ」


「そんなのじゃ……誰かが悲しむだけだよ!!」


「そうかもしれない。だけど」


「だけどじゃない!」


 玲衣は泣きながら大声を上げた。


「だけどじゃないの……私は知ってるの。この2ヶ月で、いろんな人が洋一くんに助けられている。私だってそうなんだよ?」


 玲衣は走って自分のベッドに行き、引き出しから一冊のスケジュール帳を取り出した。


「これを見て」


 それは俺がやってきた行動を日毎に書かれている者だった。


「私はね、洋一くんがいつしか憧れの存在になってたの。それから、この紙に洋一くんがやった人助けをまとめたの」


 このスケジュール帳にはこの2ヶ月で俺がやってきたこと、特に玲衣に対してのことがぎっしりと書き留められていた。


 ある時は自分の信頼を、またある時は自分の体を犠牲にしてまで玲衣や遼子たちを助けてきた。


 そして、昨日の日付のところには


『全てのメモリーイーターの患者のために自分の命を犠牲にしてまで治験に参加』


 そう書かれていた。そして、その隣にはそれに関する玲衣のコメントが記されていた。


『とうとう自分の命までも犠牲にしてしまうんだね』


 立った1行で書かれたその文を見て、俺は改めていろんな人に自分を犠牲にしてまで助けてきたことを知った。


「ごめん。でも、これが最後だよ。これができたら、俺はやっと人のために生きた証になるんだ」


「でも……ううん」


 玲衣は何かを言おうとしたが、首を振ってそれを言うのをやめた。


「わかった。私も、その人助けを応援する。だから……」


 玲衣はにこりと笑う。


「頑張って!」


「ああ、頑張るよ」


 俺はそう言って、玲衣の頭を撫でる。

 玲衣は顔を赤くした。

 

 これがこの9月であったことだ。


 そして、彼はこれらのことを日記に記した。


 この日記には後から付け足されたコメントもある。


『早く玲衣の気持ちに気づいてあげれば良かった。ごめん……ごめんな、玲衣』


 と殴り書きで書かれていた。


 このコメントが書かれたのは10月、つまり来月に起こることだ……。

今話で9月編は完結です。

次話より10月編に入ります。

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