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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第3節 9月編
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9月編 第9話 つかの間の休息

 玲衣の騒動から数日後、またいつもの日常が病院に戻ってきた。


 そして、面会者も絶えることなく来るようになった。

 玲衣の方には、かつて通っていた高校の同級生が来て、俺の方には俺のクラスのメンバーが日替わりで来るようになった。


「玲衣ちゃん、久しぶり。2ヶ月ぶりだね」


「うん、久しぶり」


「会いたかったよ!」


「うん。私も!」


 玲衣と同級生の会話を聞いているだけで、こちらまで微笑ましくなる。


 今日はクラス委員の長浦(ながうら)莉花(りか)が来る日だ。もう少ししたら来るだろう。


 俺は時計を見ながら、久しぶりの再会に心躍らせる。


「ひっさしぶり!」


 まだ面会予定時間でもないのに莉花がカーテンを開けて入ってきた。


「委員長! 久しぶりだな」


 莉花の丸メガネの奥から笑顔を見せる。


「元気そうでよかった。もう……」


 不意に莉花が眼鏡をかけ直した。メガネは反射して映り、メガネの奥が見えなくなる。


「死ぬかと思った?」


「そうだよ! 私もクラス委員としてクラスの健康を守るんだから」


 俺は頷き、莉花の頭をポンと撫でる。


「委員長があの時助けてくれたんだってね」


「え?」


「遼子さんから聞いたよ。委員長があの時迅速な対応をしてくれたから、俺は助かったんだって」


「そんな、大袈裟だよ」


「それでも、俺は委員長が助けてくれたって信じてる。ありがとうな」


 莉花の顔がぽっと赤くなる。


「い、いえ……それが私の役目なんだから!」


「それもそうだな」


 そう言って二人は笑い合う。

 そして、玲衣の方の面会が終わったらしく、話し声が聞こえてくる。


「じゃあね」


「うん。また来てね」


「うん!」


 そんな会話が聞こえてくる。

 そして玲衣が俺のベッドのカーテンを勢いよく開けてきた。

 俺と莉花がいることに驚いたのか、玲衣はすぐにカーテンを閉める。


「え、今のって……」


「ん?」


 莉花もこの時ばかりは冷静さを欠いているようだった。


「今の女性の方って……」


「ああ、玲衣のことか」


「玲衣……さん?」


「そう、俺と同室なんだ」


「ど、ど、同室!?」


 何を莉花は驚いているのだろうか。俺はどうしてなのかわからなかった。


「じょ、女性……だよね?」


 なぜ莉花はそんな質問をしたのだろうか。俺には全く訳がわからなかった。


「そうだよ」


 そう答えた瞬間、莉花の何かがプチッと切れたような気がした。


「何考えてるの!? 同じ部屋に男性と女性が……共同生活⁉︎そんなの信じらんない!!」


「ちょ、落ち着け」


 俺は莉花を止めようとしたが、莉花は止まらない。


「これが落ち着ける訳ないでしょ!」


 何を言ってるんだ、こいつは……その時の俺はそう思っていた。感覚が鈍ってきた証拠だろう。


「なんで男女がここで一緒に生活してるの!? 普通は別室でしょ!?」


 やっと莉花が言いたいことがわかったような気がした。

 そういえばそうだ。莉花は俺のことになると過剰な妄想をしてしまう癖がある。


「ああ、そんなことか」


 莉花はさらに顔を真っ赤にした。


「そんなことかで済む話じゃないよ! まさか……毎晩玲衣さんと一緒に……」


「変な妄想はやめてください!」


 急にまた玲衣がカーテンを開く。玲衣も莉花同様、顔が真っ赤になっている。


「私たちは同じ病気なんです! だから一緒に闘おうってなって、同じ部屋になったんです。その前に、私が入院した時はもう空きのベッドがなかったんです!」


「玲衣、落ち着くんだ。もう何も言わなくていいから!」


「洋一くんは黙ってて!」

 玲衣の真剣な表情で発せられたその言葉はもう完全に女同士の争いに入ったことを示唆していた。


「玲衣さんは同じ病室でいいんですか!?」


「ふぇ?あ、そ、それは、その……」


(なぜここでおどおどするんだよ……)


「ほら、イヤなんでしょ?」


(どこまで莉花はイジワルなんだよ!)


 しかし、今の俺に仲裁できる余地はない。


「い、イヤなんかじゃありません!」


「なら、玲衣さんは洋一くんのことをどう思ってるんです?」


「そ、それは……」


「長浦さん、そろそろ時間ですよ」


 遼子が入ってきたことで事態は終息した。


「た、助かった……」


 玲衣の方を見ると、まだ顔を真っ赤にしている。


「このことは秘密にしといてあげる」


 そう言って莉花は玲衣の方に寄って耳打ちをした。

 その瞬間、玲衣の顔からは蒸気が溢れていると錯覚するほど、真っ赤になり、慌てて玲衣のベッドに戻った。


「それじゃあね」


 そう言って莉花は病室を後にした。


「玲衣さん、顔が赤いですが大丈夫ですか?」


 玲衣の顔を見て心配そうに遼子が聞く。


「は、はいぃ。だ、大丈夫れすぅ」


「これは重症ですね……」


 遼子はニヤニヤしながら病室を出て行く。

 そのまま気まずい状況が続き、静寂の時間が流れる。

 ピロンというメッセージアプリの通知音がなり、俺はアプリを立ち上げる。

 莉花からだった。


『そろそろ玲衣さんの気持ちに気づいてあげてね。玲衣さんと同室になっていることはクラスの人には黙っててあげる』


 とだけ書かれていた。

 本当は心の内では気づいている。だけど、今の俺にはまだ早いと思っている。


 そしてまたも静寂の時間が流れた。

 しかし、そんな時間は遼子の走る音によってすぐに終焉を迎えた。


「玲衣さん、洋一さん、急いで来てください!」


 遼子の顔には嬉しさの表情が映っていた。

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