9月編 第8話 玲衣の決意
玲衣の告白から数時間後の16時ごろ、またも玲衣に面会者がやってきた。
規則では1日30分までとなているが、朝来た時はほんの数分で終わったのでまだ時間が残っている。そのため、遼子は面会可能だと伝えてこの病室に通したのだろう。
「何の用ですか」
玲衣はただ相槌を打っているようだ。
「朝はすぐに帰ったらしいな。まだ今日の面会可能時間は残っているだろう?だから俺も一緒に来たんだ」
声は朝の声とはまた違う。
「アンタに会いに来てやったんだ」
この声は玲衣の義理の母だ。つまり、もう一人は玲衣から見て義理の父にあたる人なのだろう。
俺は聞き耳を立てて、玲衣たちの会話を聞いてみる。
「いい気味だ。お前もとっととあいつらと同じところに行け」
何がなんでも言い過ぎだ。玲衣の両親と同じところに行くということはすなわち死を意味する。
「そうですか」
またも玲衣は相槌を打つ。
「何よ。アンタは人の話もロクに聞けないのかい?」
パチンという音。
啜り泣きが聞こえる。おそらく玲衣のものだろう。
「もう……帰って」
朝と同じことを玲衣は言った。
「お前、朝も同じように追い出したらしいな。何が不満なんだ!」
男の怒鳴り声が聞こえる。
(ここは病院なんだぞ。マナーというものを考えろ!)
俺は心に思ったことを爆発させて、干渉しようとしたが、それでは玲衣にまた危害が加わってしまうだろう。
俺は耐えることしかできなかった。
「それでもワタシたちは帰らないよ」
「そろそろ教育が必要なようだな」
(クソッ! これでも元は母親だろうが! なんでこんな少女に罵声を浴びせられるんだ!)
もう俺はいてもたってもいられなくなった。立ち上がろうとしたその瞬間。
カーテンの中に遼子が入ってきた。
「ダメです。今動いたら玲衣さんにまた……」
遼子は隣に聞こえないほどの大きさの声で言いながら俺を抑えた。
「それでも……」
俺は遼子の腕を離そうと大きく腕を振った。しかし、遼子はその手を離さなかった。
よく見てみると遼子の腕も震えている。俺と気持ちは同じようだ。
「お願いします。今は我慢してください……」
「それでも、もう聞いてられません……」
「玲衣さんは先ほど私にあることを申し出ました。それが、今の玲衣さんを救う唯一の方法です」
あること。それは俺にも想像できないものだった。
「アンタなんか家族なんかじゃない!」
またこれか……
あいつはこれしか言えないのか……
俺はそんな暴言を吐くあいつが許せない。
それでも俺は耐える。玲衣のために。
「そうだ。俺もお前が家族だと思ったことなんか一度もない。晴翔の時もお前さえいなければ!」
そこまで行った瞬間、カチッという音が聞こえた。
「今の言葉、全部録音させてもらいました」
俺は玲衣が言ったことが一瞬理解できなかった。
「な、何をしているんだ。今すぐそれを消しなさい」
遼子は俺の腕を離す。
「行ってください。今なら玲衣さんを救えます!」
「はい!」
俺はベッドから飛び降り、カーテンを勢い良く開ける。
「そこまでだ!」
「よ、洋一くん!?」
玲衣は驚いたような表情をしていた。
「もう大丈夫だ」
俺は優しく玲衣に語りかけた。
そして俺は義理の両親に向き直す。
「もうやめにしましょう」
「こんなガキに何がわかるってんだ!」
義理の父が俺につかみかかった。今の俺は体調が万全ではないため抵抗ができない。
なんとかして離れようとするも、全く動けない。
「くそっ、こいつこんなに力が強いのかよ!」
そんな時だった。
遼子が義理の父の腕を掴む。
「患者さんから離れてください」
「はあ? こいつが俺に喧嘩を売ったのが悪いんだろうが!」
遼子はさらに強く腕を掴む。メキメキという音が今にもなりそうなほどの強さだ。
「イテテテテ!」
義理の父は痛がるも、俺を離そうとはしない。
「聞こえなかったか? 患者さんから離れなさいと言ったはずだが?」
遼子は鬼の形相で先程言ったことをもう一度言う。
「んなこと言ったて離すわけないだろうが!」
遼子はさらに強く腕を掴む。今度こそ、メキメキと音が聞こえてきた。
「痛ぇ! 離せ!」
「そんならさっさとお前が患者さんを離せや。そして……」
遼子は義理の父を睨みつける。
「さっさとうせろ!」
今まで聞いたことのない大声を遼子は出す。いきなりのことで俺は体をぴくりと動かした。
(怖すぎるだろ……遼子さんにこんな一面があったとは……)
俺はその時の遼子の表情は永遠に忘れないものだと、そう感じるほどに怖く、迫力のあるものだった。
「う、うわあ!」
義理の父は遼子から逃げるように病死地を飛び出していった。
義理の母は一切動かない。
「お前も懲りたならとっとと出てけ!」
義理の母は何よと小さく呟いた後、遼子を睨みつけて病室を出て行った。
「あ、ありがとうございました」
二人が出て行った後の遼子はいつもの優しい表情になっていた。
「いいんですよ。患者さんを守るのが看護師の仕事ですから」
「遼子さん……ありがとうございました。おかげで証拠を手に入れました」
玲衣は手に持ったボイスレコーダーを握り締めながら泣いていた。
それから、玲衣はこの録音したデータを家庭裁判所に提出し、虐待が発覚。
数日後、玲衣の離縁の申し出は通され、晴れて自由のみとなった。それにより、苗字も本当の両親のものとなった。
白川玲衣。これが玲衣の本当の名前だった。
病室にかけられた名札もそれに替えられた。
「あらためまして、白川玲衣です。これからもよろしくお願いします!」
玲衣は今まで以上の最高の笑顔で微笑む。
「ああ、よろしくな、玲衣」
俺も玲衣と同じように微笑み返した。