9月編 第7話 終わらない負の連鎖
私は両親を失った悲しみから、1週間ずっと泣き続けていた。
葬儀などを終えて家に帰っても誰も出迎えてくれない。誰も遊んでくない。ついこの前まで一緒に過ごした両親はもういないのだ。
1週間後、私は母の妹にあたる人の家族に養子として引き取られ、育てられた。
しかし、それはさらなる苦しみの始まりだった。
「玲衣! あんたはよそもんなんだから勝手にご飯とか作って食べなさい。ワタシが作ったものは絶対に食べるな」
私はまだ料理ができないにも関わらず、一家の食事にすら参加させてもらえず、やむなく自分で作るしかなかった。
「玲衣! あんたってやつはいっつもいっつも失敗ばかり!」
料理を失敗してキッチンを散らかすと毎回怒られた。これが毎日続いた。
それ以外の時間は私が存在していないかのように扱われた。
学校でも友達は出来なかった。特に強盗殺人の生き残りだと知られた時はいじめられたりもした。
時には家族を裏切ったとまで言われたこともある。
でも、嬉しいことも少しはあった。
その一家には私の3歳年下の男の子がいた。名前は晴翔といった。彼は真面目で、優しい性格だった。
「玲衣姉ちゃん、ご飯持ってきたよ」
晴翔はたまに夕食で余ったものを隠して持ってきてくれた。他にもいろんなことで遊んだ。だけど、晴翔との時間はそんなに長くは続かなかった。
「男児誘拐殺人事件って覚えてる?」
不意に玲衣が光を失った目で俺を見て聞いた。
「ああ、一人の男子児童が何者かに誘拐されて、その1週間後に惨殺死体として見つかった事件だろ?」
当時、ワイドショーなどで連日報道されていた事件だ。
玲衣は頷く。
「うん。そしてその被害者は……晴翔だったの。それからはもう地獄の日々だったんだ……」
晴翔が行方不明になった日から、一家の環境はがらっと変わった。
警察からの電話のほかに、週刊誌やテレビ局からの電話や直接家に来て取材を迫られた。
そのせいで、精神的に追い詰められていたのだ。
「全部あんたのせいよ!」
理不尽に私に暴力を振るった。毎日、毎日……
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
私は悪くもないのにずっと謝り続けた。それでも暴力は止まない。
それから5、6日がすぎた頃、一本の電話が鳴った。その内容が一家を一変させた。
晴翔が遺体で見つかったとの連絡だった。急いで警察署に向かって身元の確認をした。
やはり晴翔だった。表情は苦しそうで、身体中に傷ができていた。
「犯人は……」
義理の母は警察官に寄って聞いた。
「まだ捕まっていません。全力を尽くします」
とだけ言った。
「早く捕まえて……」
「もちろんです!」
警察官は敬礼をした後、部屋を後にした。
家に戻ると、義理の母は泣き崩れた。
私はそれをただ眺めているだけだった。
「全部あんたのせいだ……晴翔を返せ」
義理の母は冷たい目で私を見てそう言い、自室に入っていった。
義理の父も私に辛いことを何度も言ってきた。
「そういえばお前の時の犯人も捕まってなかったよな?その犯人がお前の跡をつけて今回の事件が起きたんだ」
本当かどうかもわからないことをずっと吹き込まれた。
行方不明になってから続いた暴力はさらにエスカレートした。
ひどい時は寒い中、防寒具もなしに外に出されたりした。
「寒い……寒いよ……お父さん、お母さん」
私もそろそろ気が狂いそうだった。
そんな時、全寮制の学校に転校することになった。
一家から解放され、充実した生活に変わるはずだった。しかし、そこでも苦痛は止まない。
どこから調べたのか、強盗殺人のこと、誘拐殺人のことを調べた人に全てをバラされ、学校で私はまた一人になった。
さらに学校の制度で、正月休みは実家に帰省しなければならなかった。そこで一家からの暴行を受けた。学校では事件のことから一人になり、家に帰れば暴力を受ける。そんな日々を過ごした。
高校からは部屋を借りて一人暮らしを始めた。高校では事件のことを知られることなく友達にも恵まれた。一家の家に行く必要もなくなり、充実した毎日を過ごした。
そんな中、学校でこの病気のせいで倒れた。最初はめまいだけだったので義理の母が呼ばれることもなく、学校で休むだけで済んだのだが、このめまいがほぼ毎日続き、心配した学校医が義理の母を呼び出し、大きな病院に行くことになった。
そして病気にかかっていたことがわかり余命宣告も受けた。
義理の母は面では心配そうな表情をしていたが、裏では私が病気になったこと、入院することを喜んでいた。
「あんたが今までやってきたことの罰だ。さっさと死にな」
そう言って一発頬を叩いた。
痛かったが、これももう最後だと思うと何故かすっきりしたものだ。そして、今に至る。
「玲衣にそんな過去が……」
「それからはもうすぐ死ぬという事実から逃げ出したくて、身を投じようとも思ったけど、ここに入院して、洋一くんや遼子さんに出会って初めて生きる楽しさを知ったの。だから、洋一くんにはとても感謝してるんだよ?」
玲衣は顔を真っ赤にしながら泣いた。俺には背中をさすって慰めるしか出来ない。
「俺も感謝してる。玲衣がいなかったら今の俺はいなかったような気がする」
「うん、ありがとう」
玲衣は気持ちが爆発し、俺を抱きしめる。
そして玲衣は耳許でささやいた。
「でね、どっちの事件の犯人も捕まってないの」
「早く捕まるといいな」
「うん」
玲衣は小さく頷く。
そしてちょうど正午のチャイムが病院内に鳴り響いた。