女王なつきとお城のタネ 8章
八
ただちにしたくを整え、なつきは三十人ほどの男たちとともに出発しました。
といっても、なつきはつかれきっていて、ねむらないことには身体がもたないほどだったので、馬車を用意してもらい、荷台で毛布にくるまってねむりながらの道ゆきでした。またその荷台には、ドラゴンのけがを治すのに必要と思われる道具や薬草や包帯として使う布などもつんでいました。
「女王様、女王様……」
ゆさぶられて、はっとなつきは目をさましました。アルダが心配げになつきを見おろしています。
「あれっ? もうついちゃったの?」
「女王様はずっとねむっていたので、出発してすぐついたように思えるんですよ」
「ああ、なるほど」
なつきは立ちあがって、うーん、と大きくのびをしました。むりをしたため、ひとねむりしたくらいではきちんと休んだとはいえません。身体のふしぶしがいたくて、まだまだねむっていたい気分です。
でも、ハーディンをほうっておくわけにはいきません。
「入り口に一人だけ、馬車の見はりとしてのこって。あたしたちの帰りがおそすぎると思ったら、中へ入って様子を見にきてね」
なつきはそういいつけると、(ほんとにドラゴンの洞窟にきちゃったよ……)と、このごにおよんでまだふあんげな顔をしている男たちにむかって「さあ、いきましょう!」とうながし、誰よりもまっさきに洞窟へふみこみました。
「入り口もそうだが、中も、こんなに広い洞窟だったんだな」
「すごいな。おれたち、まるで、本にかかれているような冒険をしているみたいだ」
「まあ……生きて帰れたなら、語り草になるんだろうが……」
「今のうちにいっておくけど、ドラゴンに殺されそうになったら、おれはすぐにげるよ」
などとささやきあう大人たちをひきつれて奥へ奥へと進み、とうとう、ドラゴンがまっている、地底の湖までたどりつきました。
「ハーディン! バルダルフ! やくそくどおりもどったよー!」
ありったけの声でさけぶと、湖のそばにあった大きな影がうごきました。
「おお、やっともどったのか」
バルダルフは長い首をのばして、あんがい、おちついた声をよこしました。
「ハーディン! ぶじなのか? ハーディン!」
そのドラゴンへむかって、ハーディンのおじいさんがかけだしました。
「あ! おじいちゃん!」
ドラゴンのそばにすわっていたハーディンもまた、おじいさんを見て立ちあがり、かけ出しました。
「よかった、ぶじなんだな、ハーディン!」
「うん。ただまっているのもたいくつだから、ドラゴンと……バルダルフさんとあれこれ話をしながらまっていたんだ」
「話……?」
「話といっても、僕はふだんは畑をたがやしていますとか、そのくらいのことなんだけどね」
でも、ドラゴンと話をしたなんてみんなにじまんできる! と思っているようで、ハーディンはとてもほこらしげな顔つきでした。
「とにかくぶじでよかった。いやはや、じゅみょうがちぢんだぞ」
「おじいちゃん、しんぱいかけちゃってごめん。でも、女王様が悪いんじゃないよ。僕も、その、この冒険のこと、こわいけど、でも、楽しいなって思ってたから」
「おい。そんなことより、オレのけがをなんとかしてくれ。そのためにもどってきたのだろうが」
バルダルフは右の前足のするどいツメで地面をひっかき、れいの大きな声をあびせてきました。
「わかってるわよ、あせるんじゃないの。えーと、まずはお医者さん! バルダルフのきずをみて。バルダルフ、左足を前に出して、ほら」
なつきはそういって、さっそうと手をふりました。
「ええと、では……きずを、みさせていただきます、はい」
頭のすっかりはげあがった医者が、いかにもおっかなびっくりの感じですすみ出て、バルダルフの足をみます。ハーディンが松明をかかげて、きずぐちがよく見えるようにと、てらしました。
「やや、これは……。ささっているやりのまわりが、もうがっちりかたくなってしまっていますなあ。やりをぬく前に、まずはきずのまわりにナイフを入れて切り、少し広げてぬきやすくしないとむりでしょうなあ……」
「なに! ナイフで切るだと? おい、そんなことをしたらいたいではないか!」
バルダルフはぎょっとしてもんくをいいましたが、なつきは「どうせぬく時にいたい思いをするんだから、そのくらいがまんしなさい!」と大声であびせてだまらせました。
「む……。しかし、切るのか……。うーむ、ふあんだ……」
「お医者さんはこういうことの専門家なんだから、あんたはだまってしたがいなさい。じゃ、やって」
「はい。では、ちょっとしつれいしまして……」
医者はアルダからナイフを借りると、まずは火をつかって刃をあぶりました。
「おい、なぜ火であぶるんだ」
バルダルフはそれを見て、またまたおびえた様子を見せました。
「切るのに使うナイフの刃がきちんと消毒されていないと、きずぐちから毒が広がってたいへんなことになるのです」
「ううむ、そういうものか」
「少しいたいですよ、がまんしてください」
医者はやりがささっているきずぐちのまわりを、鱗のつぎめにそって切りました。
「うん? 思ったほどいたくないな」
バルダルフは首をかしげました。
「なぜいたくないかというと、きずぐちのまわりの肉が、なんというか……とても悪くなって、かたくなってしまっているからですな。はっきりいって、いいことではありません」
「ふうむ」
「さてしかし、女王様」
医者はなつきをふりかえりました。
「これでも、やりをひきぬくのにはかなりの力がいります。やりのほさきをロープでがっちりしばって、みんなでひっぱりましょう」
「わかったわ」
「では、おれがロープをむすぼう」
アルダが運んできた荷物の中からロープと金具をとりだし、やりのほさきにがっちりとむすびつけ、むすび目の上からさらに金具をかぶせて、これでもかというほどしっかりと固定しました。
「じゃ、みんな。ロープを持って!」
なつきの呼びかけで、なつきはもとより、ハーディンも、アルダも、医者も、ハーディンのおじいさんも……みんながロープをにぎり、つなひきのようなかっこうをとりました。
「あたしたちがロープをひっぱっても、バルダルフが動いちゃったら意味がないからね。バルダルフは、そのへんの岩にでもつかまって、ぜったいに動いちゃだめだからね!」
「うむ、わかった」
なつきが注意すると、バルダルフはすなおにしたがいました。
「さあ、それじゃいくよ。せえー、の!」
なつきのごうれいで、みんながいっせいにロープをひっぱります。
「うおおおおおああああああああ! いたいっ! いたいっ! やめろー!」
バルダルフはすごいいきおいで悲鳴をあげはじめました。でもなつきは、「かまうなー! ひっぱれー! みんな、かけ声をかけて、力いっぱいひっぱれー!」と大声でめいれいしました。
えいっ! えいっ! えいっ!
ありったけの力をこめてみんなでひっぱると――とつぜん、ロープがゆるんで、みんないっせいにしりもちをついてしまいました。
「あいたた……。ひょっとして、ぬけた? うまくいったんじゃないの?」
なつきはおしりをさすりながら起き上がって、ドラゴンの様子を見にかけよりました、
「あ! やったあー! ぬけたよ、バルダルフ!」
「なに、ほんとうか!」
ドラゴンは身体を丸め、首をのばして、左足をながめました。
「おおっ! ほんとうだ! やったぞ、ついにぬけた……!」
わっはっは! とバルダルフは笑い、なつきも、わっはっは! と笑いました。
「あたしはやくそくをまもった。こんどはそっちの番だよ。やくそくどおり、財宝の半分はもらうからね!」
なつきはどうどうとバルダルフにいいました。
ところが、です。
「おっと、そうはいかん」
バルダルフは、ガチン! と牙をかみならしました。
「やりさえぬけてしまえば、もうおまえたちに用などあるものか。オレの財宝はオレのものだ、とっとと帰れ!」
「なにおー!」
ひどいものいいです。なつきはかんしゃくを起こしました。
「やくそくがちがうじゃない! なにいってんの! コラー!」
「ふふん。人間ごときがドラゴンであるこのオレにやくそくだと? 笑えるな。それとも、力ずくでオレから財宝をうばってみるか?」
バルダルフはいやな笑みをうかべて、からかうようにあびせてきました。
「こっ……こいつ、よくも……!」
「あのう、女王様。それに、バルダルフ……さん」
と、医者がおずおずと進みでました。
「やりの先っぽをぬきはしましたが、そのままでは治りませんよ」
これを聞いて、ドラゴンは「え」と目を丸くしました。
「そ……そうなのか?」
「ええ。女王様の話によると、やりがささっていた時、あなたは身体を大きく動かすとひどくいたかったとのことですが……それは、やりが骨の中にある神経といういたみをつかさどるぶぶんをあっぱくしていたからです。つまり骨に穴があいてしまっているんです。きちんときずぐちに薬をぬって包帯をまいておかないと、やりをぬいた穴から毒が広がって骨が中からくさり、それによって生じたさらに強い毒が全身に広がって、たちまち死んでしまいます」
「しっ、死ぬ? 死ぬだとぉー!」
「はい。そうですな、さしあたり、ここへもってきた道具や薬草で応急処置をすればしばらくはだいじょうぶでしょう。ですが、きちんと治すには、村にあるわたしの診療所まで来てもらって、きちんとした道具や薬で手当しないと……だめかと」
…………。
……………………。
なんともいいがたいしずけさの中、湖の水面から魚が銀の鱗をひらめかせてはねとび、ぽちゃんと小さな音を立てました。バルダルフはしょんぼりとちぢこまり、なつきはそんなドラゴンをものすごい目つきでにらんでいました。
「……あのう……」
「そのまま死ねば? あたしたちは、洞窟を出てあんたが死ぬのを待ち、あとで財宝をとりにくるから。そうすれば、半分といわずぜんぶあたしたちのものになるものね」
なにごとかいいさしたバルダルフに、なつきはつめたくいいはなちました。
「そ、そんなこといわずに! あのう、そのう……オレが悪かった! ほんとうに! はんせいしています」
ドラゴンは頭をひくくしてあやまりました。
「へー、そう。そんなこといってるけど、ちゃんときずを治してやっても、またさっきみたいに、やくそくなんか知ったことかってひらきなおるんじゃないの?」
「いえ、そんなことは……。さっきのは、ほんとうに、すみません……」
「ふん! どうだかね。このあとどうするのか決めるのは女王であるこのあたし、渡邊夏姫だけど、でもその前にみんなの意見を聞いてみようかなー。みんな、このドラゴンのこと、どう思う? たすけてやってもいいと思う?」
村人は顔をみあわせました。だれもかれも、心の中ではやくそくをやぶろうとしたバルダルフにむっとしているはずです。といって、とてつもない力をもつドラゴンなので、あまりにやいのやいのいって怒らせるのもこわいな、とも思っているらしく、これといって意見をのべる者はいません。
「じゃあ、その、女王様。僕のほうから、ひとこといいでしょうか」
そんな中、おずおずとハーディンが手をあげました。
「いいよ、いってみて」
「ええと、女王様にではなく、バルダルフさんにいいたいんです」
ハーディンは思いきったようすで、ドラゴンの顔を見つめました。
「あのですね、バルダルフさん。かりに、ですよ。そのけがが治ったとしても、ですよ。もしまた同じように、けがや病気になった時、たすけてくれる誰かがいなくちゃこまりますよね?」
「む……。うむ、まあ……」
「だから、バルダルフさんは、僕たちとなかよくしておいて、そんにはならないと思うんです」
「そ、そうだな、うむ」
「僕たちも、バルダルフさんみたいに大きくて、力もちで、口から火もはける、そんな強くてかっこいいドラゴンとなかよしだったら心強い。だけど、なかよくするなら、うそは……だめですよね」
「…………」
「女王様」
ここで、ハーディンはなつきにむきなおりました。
「僕、ひとじちとしてここにのこっている間、バルダルフさんとあれこれ話をしたんですけど、さいしょに思っていたほど、悪い人にも、こわい人にも、思えませんでした」
「ふーん。そのわりには、やくそくをやぶろうとしたけどね」
「ええ。ドラゴンってとても大きな生き物だから、僕たち人間のことをばかにしていたんだと思います。でも、こうしてものの道理をきちんと話しましたから、それはまちがいだと、わかってくれたんじゃないでしょうか」
「……そう」
なつきはもったいをつけて、深く考えこむそぶりをみせました。
もし、こんなにも大きくて強いなかまがいれば、とてもたすかるのです。だってなつきたちは、巨人たちが悪さをしにきたらこまるのですから。お城を大きくしてふせげればいいけれど、もしふせげなかったなら……このドラゴンがいればきっとたすかるはずなのです。
といって、すぐゆるしたのでは、バルダルフはなつきをあまく見ることでしょう。それでは、あとあとこまりそうです。
「……よし」
たっぷりと時間をかけてから、なつきはうなずいてドラゴンにむきなおりました。
「バルダルフ!」
「はいっ!」
「ハーディンは、この女王なつきに仕える騎士なの。そのハーディンにめんじて、今回だけゆるしてあげるわ」
「ああっ、ありがとうございます」
「ただし、よくおぼえておいて。あたしは、たすけてもらったらその恩は倍にしてかえし、ふゆかいなことをされたらそのうらみは百倍にしてたたきかえすの。やさしいだけじゃなくて、きびしい女王なの! もしまたあたしや、あたしがひきいる緑の民をばかにしたら、ぜったいにゆるさないからね!」
「は……はい……。それはもう、はい……」
バルダルフは、じゅうじゅんな家来のように、地面にこすりつけんばかりに頭をひくくしました。
「うん。じゃあ、さしあたり応急処置をしてあげて」
なつきは医者にうなずいてみせました。
それから、きらきらとかがやく財宝の山に目をやり、美しいティアラがあるのを見つけると、歩みよって手にとりました。
ティアラというのは、女の人が額につける美しい装身具です。なつきが手にとったティアラは黄金製で、大粒のサファイアやルビーがはめこまれていて、王冠のようにごうかなものでした。
「こんどこそ、約束どおりこの財宝のうち半分はあたしたちのもの……! ねえ、ハーディン。どう? にあう?」
なつきは美しいティアラをかぶって、ハーディンをふりかえりました。
「うわあ……! にあってます! とってもにあってます、女王様!」
ハーディンはほおを少し赤くしながらこたえました。
「そう? 女王様らしい? 女王様っぽい?」
「ええ、とっても」
「よぉーし! じゃあこのティアラはあたしのものにする!」
なつきはそうせんげんして、みんなを見まわしました。
「さて。手があいている人たちは、そこにある財宝を運ぶじゅんびをして。あ、そうだ! バルダルフ、やりが抜けた今、身体を動かすとやっぱりすごくいたい?」
「いえ。まったくいたくないわけではないんですが、いたむのはもうきずぐちだけです。身体を大きく動かしたときにズキンと走るあのいやな、たえがたいほどのいたみは、もうなくなっているようです」
「そう! じゃ、半分といってもたくさんの財宝だから、洞窟の外へ運び出して荷車につんだら、バルダルフが荷車をつかんで運んで。空を飛べるんだから、そのくらいかんたんでしょ?」
「いや、それが……女王様、そうもいかないのです」
バルダルフはもうしわけなさそうに翼をすぼめました。
「なんで? ひょっとして、翼にもけがをしていて飛べなくなっているの?」
「そのう、オレは、動くと身体が痛いからと、この洞窟から出ずに湖の魚ばかり食べて、食っちゃ寝、食っちゃ寝していたので、いつのまにかずいぶんと太ってしまって……。ある時、太陽の光が恋しくなってひさしぶりにひなたぼっこするかと、なるべくしずかに歩いて洞窟を出ようとしたんですが……。洞窟のとちゅうに大きな鍾乳石が生えていたのを見ましたか? あれがじゃまで、外へ出られなかったんです。だから、しばらく食べるのをやめて、やせないことには……」
「鍾乳石? ああ、そういえば、とても大きくて太いのが一本生えていたっけ。ねえ、ちょっと。あれをこわせると思う?」
なつきはみんなに意見をもとめました。
「女王様。わしの見たてでは、なんとかなると思います」
すると、ずんぐりむっくりの、大がらではないけれどたくましい身体つきの男が進み出ました。
「あなたの名前は?」
「石きり場でしごとをしている、ゴダックともうします。たしょうですが、石のことを知っております。鍾乳石というのは、石の成分をふくんだ水がしたたり落ちて、つららのように少しずつできてゆく石でして。花崗岩などにくらべれば、ずっともろい石なのです。もちろん石ですから、それなりにかたいことはかたいのですが、どこかにいっかしょ、ひびや切れこみが入っていれば、おれやすくなります」
「ふむふむ」
「ここへ来るときに見たあの鍾乳石はとても太くてりっぱなものでしたが、木をきりたおすように、オノや石きりノミを使って切れこみを入れておき、あとはこのバルダルフさんが、ドシン! とぶつかればおれるのではないかと」
「なるほど。そのやりかたをためしたいけど、オノだのノミだの、そんなもの、持ってきているの?」
「はい」
ゴダックはうなずいてから、小声で「なにかのひょうしに、ドラゴンがおそいかかってくるかもしれないと思っていたので、みな武器としてそういうものを持ってきております。ドラゴンに悪い印象をあたえるといけないので、ふくろの中などにかくして持ってきているのです」とささやきました。
「じゃあ、財宝を運ぶのはあとまわしにして、ひとまず鍾乳石をこわせるかどうか、やってみましょう。バルダルフ、それでいい?」
「それはもう、はい。きずが治るとなった今はもう、洞窟を出て、いぜんのように太陽の光をあびながら空を飛びたくてたまらないので」
バルダルフはもうまちきれないようすで、背中の翼をゆっくりと広げたり閉じたりしました。
そんなわけで、なつきを先頭に、バルダルフをしんがりにして、みんなぞろぞろと洞窟の入り口へとむかいました。
やがて、通路のまんなかににゅっと生えている太い鍾乳石のところまで来ました。上から下へつららのように伸びた末、床にくっついて、かんぜんに太い柱となってしまっています。
「ああ、これです。いや、まった。くぐりぬけられるか、あらためてためしてみますね」
バルダルフは大きな身体をせいいっぱいすぼめて、鍾乳石のわきをすりぬけようと、首をつっこみました。
「ううむ……。やはりだめか……。首はともかく、身体がつっかえてしまう……」
「そのようね。じゃあ、ゴダックさん。さっそく、やってみて」
「おまかせあれ、女王様!」
ゴダックはいせいよくおうじ、ほかの男たちも大まじめな顔でうなずきかわしました。なつきが、女神にえらばれた女王だと名のった時には(こんな小娘が女王だって……?)といった態度の大人たちが多かったのですが、今はもうすっかり、なつきを女王とみとめている様子です。
すぐに、カツン、カツン、と男たちが鍾乳石にオノを入れる音が、こきみよくひびきはじめました。ゴダックはバルダルフの頭にのって天井ちかくの高さまで持ちあげてもらい、鍾乳石の上のほうに石きりノミで切れこみを入れます。なつきは、(うんうん、よしよし)とその作業をみまもりました。
「女王様」
と、ハーディンが話しかけてきました。
「なに?」
「僕をたすけるために、ちゃんともどってきてくれましたね。ありがとうございます」
「おれいをいわれるようなことじゃないでしょ。だって、もどるとやくそくしたじゃない」
「ええ。でも、女王様がみんなをつれてもどるのは、もっとおそくなるだろうなって思っていたんです。だって僕たち、歩いて歩いて、ようやくドラゴンの洞窟にたどりついたでしょう? 女王様、足がすっかりつかれてしまっているから、どこかで長い休憩をとらなくちゃならないだろうな、って思っていたんです」
「大いそぎでもどったの」
「そうみたいですね」
「でも、べつに、たいしたことなかったよ」
「じゃあ、そういうことにしておきますね」
ハーディンは笑いました。なつきも、ちょっぴりてれ笑いをうかべました。
「そうそう、女王様、これをどうぞ」
ハーディンは布きれをさしだしました。
「これは?」
「川にひたしてしぼりました。あせをかいて、つかれて、顔があぶらっこくなっているでしょう? これでふいてください」
「……ありがとう」
すすめられるままタオルをうけとって顔をふくと、なつきはとてもさっぱりしました。
「ふー。気もちいい」
「それにしても……女王様は、ほんとのほんとに女王様だったんですね」
「どういう意味?」
「大人たちも、ドラゴンのバルダルフさんも、今や女王様のことをほんきで『女王様』って呼んで、この人はほんものの女王様だってみとめているでしょう」
「そうね。でも、とうぜんよ。だって、あたしは女王になると決めていたんだもの。ぜったいに、ぜったいに、ぜーったいに、女王なるって、決めていたんだもの」
なつきはごきげんで、胸をそらしました。
「僕、なんとなく、女王様にいわれるまま騎士になっちゃいましたけど。今はほんとうに、女王様につかえる騎士でいたいな、って思っています。僕を、いえ、僕たちを、想像もつかないところへつれていってくれる人だなって感じているんです。あ、もちろん、いい意味で、ですよ」
「じゃあ、ハーディン。これからも、あたしに仕える騎士でいてね。女王なつきを、いろいろとたすけてね。女王としてだけじゃなく、友だちとしても、ね」
「はい」
「やくそくよ!」
「やくそくします!」
それからしばらくして、ゴダックが「もういいと思う! みんな、いったんはなれてくれ。バルダルフさん、ためしてみてください」と声をはりあげました。
みんながはなれるのをかくにんしてから、バルダルフは「どれ、よっこらしょ」と身体のむきを変えました。
長くて太いしっぽを、ブン! といきおいよくふるって、横なぐりに鍾乳石をぶったたきます。
するとおもわくどおり、鍾乳石は大きな音をたててたおれました。
「おおっ! うまくいった! これで外に出られる! いやあ、よかったよかった!」
バルダルフは大よろこびでした。なつきたちも、よかったよかったとよろこびながら洞窟の外へとむかいます。
やがて入り口からさす光が見えてきました。
「やれやれ!」
外に出たなつきは、うーん、とひとつのびをしました。
ところが、です。
「ああっ! みんな! よかった、もどってきてくれて……うわあっ、ドラゴン! ほ、ほんもののドラゴンだ!」
馬車の見はりをまかせていた男が、みんなを見るなりわめきました。
「このドラゴンは――バルダルフは、こわくないよ。あんしんして。それより、なにかあったの?」
なつきは男の様子が少しへんだなと思って、顔をひきしめました。
「そうなんです! あのっ、のろしがあがりました! ほら、あれです!」
男は東の空を指さしました。
みんなしていっせいにそちらを見やると、なるほど、一本の赤っぽい煙が――のろしが立ちのぼっています。
「たいへんだ!」
「なんてこった、まずいぞ」
ゴダックやアルダのあわてた口ぶりといい、やはりただごとではないようです。
「あののろしは、なにかの合図なの?」
なつきはいそいでたずねました。
「ええ。つい先日のことですが、東の森のそばに見はりを一人おくように、村のみんなで決めたんです。巨人たちが森を出たら見はりがのろしをあげて、村へそのことを知らせる決まりなんですよ。そうすれば巨人たちが村へやってくる前に、たいせつなものをかくす時間がとれますから」
医者が早口ぎみに説明しました。
「それだけではないのです、女王様。あののろし、色が赤でしょう? 赤いのろしは、森を出た巨人の数が五人以上の時、と決めてあるんです。これまで村を巨人がおそった時は二人や三人でしたから、これはたいへんなことです」
ゴダックがさらに説明をつけくわえます。
「巨人たちは、おれたち人間にくらべてゆっくりとした動きで歩くが、大きくて歩幅が広いから、あっというまに村につく。いそいでもどらなければ」
猟師のアルダは、弓を手にして、指で弦をはじきました。
「村があぶないのね? たいへん、なんとかしなくちゃ!」
なつきは、ドラゴンを見あげました。
「バルダルフ! あたしたちを、全員はむりだろうけど、乗せられるだけ乗せて、飛んで! 大いそぎで村へむかうから!」
「ええっ! 女王様、オレは、けがを負わせた巨人のことをきらってはいますが、その……まだちゃんときずが治っていないし、まさか、たくさんの巨人たちを相手に戦え、とはいいませんよね?」
バルダルフはこまり顔をしました。
「いいから、とにかく飛んで! いそいでもどらなくちゃならないの!」
なつきはしかりつけるように、ぴしぴしと命じました。
なつきが女王でいるには、なつきを女王とみとめてくれる人たちがいなくてはならないのです。
そういう人たちを守れなかったら、なつきは女王でなくなってしまうのです。