女王なつきとお城のタネ 7章
七
(さあて、ハーディンのことがしんぱいいだし、巨人のこともしんぱい。いそがなくちゃ)
洞窟を出ると、なつきは金貨のふくろをせおって、早足で歩きました。
(来たときの道のりは、さんぽ気分でゆっくりだった。だけど大いそぎで休憩をはさまずに歩きつづければ、ずっと早くもどれるはず!)
でも――。
金貨のつまったふくろはずっしりと重たくて、女の子のなつきにとってはたいへんな大荷物でした。それになつきは、昨日も今日も、ほぼ歩きどおしだったのです。だからじぶんで思うよりずっと、足がつかれていました。
(あれ……。なんだろう、これ……)
さっさかさっさか歩いて、一夜を明かした岩山が見えてきたころ、なつきは足にいやないたみを感じはじめました。
人間にせよ動物にせよ、身体は使いすぎるといたみはじめます。それは『それいじょうはだめだ、身体がこわれてしまう』という声なのです。
でも、なつきはその声をむしして、けんめいに歩きました。
なにしろ、ハーディンをひとじちとしてドラゴンの洞窟においてきたのです。なるべく早く村のみんなのところへもどり、なるべく早く洞くつへつれてこなければ、ハーディンにもうしわけありません。いえそれどころか、帰りがおそすぎるとドラゴンは腹をたててハーディンを食べてしまうかもしれないのです。
(歩かなくちゃ!)
なつきはいたみをこらえてきっと顔をあげ、ひたすら歩きつづけました。
なつきは、こうと決めたらわき目もふらず一直線となる性格なのです。そのため、時にらんぼうなふるまいをしてしまうこともありますが、でも、無責任なわけではないのです。がんばり屋さんなのです。
岩山をすぎ、いつしか日がかたむいて……夜になりました。
草むらから、虫のなく声が聞こえてきます。
気温が下がって、肌ざむい風が吹いています。
そのころにはもう、なつきは足がいたくて、ともすれば泣きそうなほどいたくて、一歩あるくだけで足から血がふきだすような思いでした。
「うっ……」
とうとうたえきれなくなり、なつきは金貨のふくろをおろしました。すると全身の力がぬけて、くたくたとその場にくずれおちてしまいました。
なつきはそのまましばらく、あらい息をはいていました。
(ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、休憩しよう……)
なつきはくつをぬぎ、くつしたもぬいで、はだしになりました。すると地獄から天国へ来たように、足のうらからじいんとしびれるような気もちよさが広がって、(ああもう、ずっとこうして休憩していたい)という気もちになりかけました。
ですが、なつきは(今から百、数えよう)と心に決め、いち、にい、さん……と数えはじめました。
そうして百まで数えおわると、くつしたとくつをはきなおし、「えいっ!」と声をあげざま、立ちあがりました。
金貨のふくろをかついで、ふたたび歩きだします。
(あたしは、女王になるって決めた。そうでしょ? 女王になりたくても、なりかたがわからなくて、つらい毎日だった。そうでしょ? でも、今、あたしは女王になった! だから女王として、しなくちゃならないことをする!)
なつきは心の火をもやして歩きました。
ドラゴンの傷をなおしてやれば、あの財宝の半分が手に入るのです。それがあればお城をどーんと大きくできるのです。そして、お城が大きくなれば巨人が来たってへっちゃらへいきなのです。そうなれば、緑の民は男も女も老人も子どもも、なつきをすばらしい女王として心からみとめることでしょう。
「女王になる。あたしは、みんなにしたわれる女王になる……!」
なつきはそうつぶやきながら歩きつづけました。休憩したとはいえ、ふたたび足はいたみはじめていました。それでもなつきは、ありったけの力をふりしぼって歩いたのです。
そうやって、時にはほんの少しだけ休憩をはさみつつも、歩いて歩いて歩いて……。
(……まだなの? まだ、あの広い草原は見えてこないの?)
真夜中をむかえたころには、なつきはいたみのあまり頭がぼんやりとしていました。そしてなつきの足は、もうどうにもこうにも、まるでなつきのものではないかのように、動かなくなりつつありました。
(……まだ、行きにとおったはずの川についてない。あたしのお城がある、あの草原までは、まだまだある。だけど、歩かなくちゃ……)
と、遠くに光が見えました。なつきは、はっと正気づいて目をこらしました。
ちらちらと赤い光がゆれています。
(あ……。もしかしたら、あたしとハーディンの帰りがおそいものだから、村の誰かがしんぱいしてさがしに来たのかも……)
なつきはさいごの力をふりしぼって、「おーい!」と光にむかってさけびました。
すると、「そこにいるのか? 誰かいるのか!」と何者かがさけびかえしてきたではありませんか。
光は上下に大きくゆれながら、ぐんぐんなつきのほうへ近づいてきました。
やってきたのは、弓と矢筒を背おい、手には松明をもった、猟師の男でした。白い肌、緑の髪、金色の瞳。緑の民です!
「あっ! いた! いたぞぉー! 女王様だ!」
男が来たほうをふりかえり、松明をぐるぐる回して光の円をえがくと、ひとつ、またひとつと、松明の光がふえてゆきました。
「…………」
なつきはどさりと金貨のふくろを落とし、たおれかかりました。それを、猟師がささえてくれました。
「おれは猟師のアルダ。あなたとハーディンの帰りがあまりにおそいので、足跡をたどってさがしに来たんです。ハーディンはどこです? いったい、なにがあったのです?」
「水。水をのませて」
なつきは猟師から水筒をうけとると、のどを鳴らして、ひと息にぜんぶ飲みほしました。飲みおえた時には、五人の猟師がなつきの前に集まっていました。
「あたしをおんぶして、みんなのところへ運んで。事情は、道々、説明するから」
なつきはそういって、ふうーっと大きな息をはきだしました。
* *
空が白みはじめたころ、なつきはアルダにおんぶされたかっこうでお城にたどりつきました。
もっともその時、なつきはつかれのあまり、ねむりこけていました。
「おおーい! おおーい! もどったぞぉー!」
アルダの声で、わっといっせいに村のみんなが集まってきました。なつきは、その気配を感じて、まぶたを持ちあげました。
「ああっ、女王様! ハーディンは? ハーディンはどこに?」
「ハーディンは? なぜいないの?」
ハーディンのおじいさんとおばあさんがおろおろしているのを見て、なつきはアルダの背からおりました。
「ハーディンのおじいさん、おばあさん。それにみんなも、今からあたしがいうことをよく聞いて」
なつきがいきさつを語ると、村人はみなびっくりしました。そうです、ドラゴンの洞窟へ、それも子ども二人で行ってしまうなんて、とんでもないことなのです。ましてや、そのドラゴンとあれこれ話をして、財宝の一部を持って帰ってくるだなんて、めちゃくちゃな話です。
「なんてことだ……ああ、なんてことだ……。ハーディンに、もし、なにかあったら……」
「おじいさん、おちついてください。あのドラゴンはずいぶん長い間、ひどいけがで苦しんでいたから、それが治ると思えば、あたしたちをしんぼう強く待ちつづけるはずです。だから、ハーディンはまだぶじです」
なつきは頭をかかえるおじいさんをなだめて、みんなを見まわしました。
「そういうことだから、力のある男の人がいっぱい必要なの。このふくろに入れてきた金貨は、手つだってくれた人たちで山分け!」
なつきがむぞうさにふくろの中の金貨を草の上にぶちまけると、黄金の美しいかがやきがあふれて、村人はどよめきました。
「ああ、そうそう。力じまんの人だけじゃなく、ふだん病気やけがを治しているお医者さんもいっしょに来て。それと……女の人や子どもはここに残って、あたしたちが洞窟から帰るまでの間も、お城に土や石を食べさせつづけてね」
なつきはてきぱきと指示を出しましたが、緑の民は、とまどい顔をしたり、金貨のかがやきをじいっと見つめたり、顔を青くしたりと、はんのうはさまざまでした。なつきが思ったとおり、金貨を見てものほしそうな顔をしている人は、たしかに多いのです。けれどまた、その人たちは(ドラゴンの洞窟へ行くだなんて……)と、おっかながってふんぎりがつかない様子なのです。
「ちょっと、どうしたの! 子どものあたしだって、あの洞窟に入って、こうして帰ってこられたのよ? まさか行くのがこわいんじゃないでしょうね!」
なつきは、かんしゃくを起こしました。
「みんな、たのむ。もどらなければ、ハーディンの命があぶない。どうか洞窟へ行ってくれんか。このとおりだ」
ハーディンのおじいさんがたのみこむと、ようやく、アルダが「よし。おれは行くぞ、金貨もほしいしな」といって猟師なかまをふりかえりました。
「アルダさんが行くなら、おれも……」
「ああもう、しかたない。ドラゴンの顔をおがみに行きますよ!」
猟師たちが行くと決めると、まよい顔をしていた村の男たちも「よし、行こう」、「じゃあ、おれも行くぞ」といいはじめました。
「みんな、ありがとう……! じゃあ、したくをして。すぐに出発よ!」
なつきは心のなかで(ハーディン、もう少しのしんぼうだからね!)とねんじました。