女王なつきとお城のタネ 6章
六
「じゃ、しゅっぱーつ!」
ハーディンがお弁当や水筒やそのほかもろもろそろえてもどってくると、なつきは元気よくいいはなちました。
天気はじょうじょう、よく晴れて太陽がさんさんとかがやいています。なつきはすっかりごきげんで、ピクニックに出かけるようなかるい足どりでした。
でもハーディンはためいきばかりついています。
「はあ……。ほんとにだいじょうぶかなあ……。ドラゴンの洞窟に入るだなんて……」
「あのね、ハーディン。もっと楽しそうな顔しなさいよ。あたしたち、大冒険をするんだよ。女王なつきの伝説をいろどる、すてきな物語の一ページがこれからはじまる! ドラゴンの洞窟で金銀財宝を山ほど手に入れる! なのに、なんでそんなに暗い顔してるの?」
「だって、もしかしたらドラゴンに食べられちゃうかもしれないんですよ? そりゃあ、おじいちゃんたちが東の森に住んでいたころ、ドラゴンはクマやイノシシを襲いこそすれ、緑の民を食べちゃったことはないそうですけど……でも……。金銀財宝をぬすみに来たどろぼうが相手となれば、ゆるさないと思うなあ……」
「ふん! そんなこと、あれもこれも気にしていた日には、ものごとはなにも前に進まないでしょ。あたしは女王なの! みんなをみちびくえらい人なの! だから、気にせずどんどん進むの!」
「うーん。僕、女王様のそういうことろ、うらやましいような、うらやましくないような、ふくざつな気もちです」
どうにもこうにも煮えきらないハーディンのものいいに、なつきは足をとめました。
「ハーディン。自分でいうのもなんだけど、あたしって、かなりかわいい女の子だと思わない?」
「え? ええ、まあ、見た目にかぎっていえばそうですね」
「そういう女の子といっしょに大冒険するんだよ? 男の子だったら、ふつう、気もちが高ぶるんじゃないの?」
「まあ……いわれてみれば……」
「そうでしょ。だから、もっと元気だして歩きなさい!」
なつきにしかられて、ハーディンはにが笑いしながら地図に目をおとしました。
さて。
なつきとハーディンはどんどこどんどこ歩いて、林をぬけ、川をわたり、沼地をうかいし……歩いて歩いて歩いたすえに、荒野にぽつんと立つ岩山にたどりつきました。
「うっわ。もうすっかり日が暮れちゃった。ハーディン、ドラゴンの洞窟がある丘ってまだなの?」
「あと半日くらいかかりそうです」
「じゃあ、今夜はここで野宿するしかなさそうね」
「はい。夜になると冷えますから、火をおこして暖をとりましょう。女王様、枯れ枝を集めてきてくれませんか」
「うん、わかった」
なつきがいわれた通り枯れ草や枯れ枝を集めてもどると、ハーディンは地面にくぼみを作って、すでに火をおこしていました。
枯れ枝をくべて火を大きくします。なつきはキャンプファイヤーをしているような、楽しい気分でした。
二人して腰をおろし、持ってきたサンドイッチを食べます。岩山が風をふせいでくれますが、それでも、火がないと肌寒いくらいでした。
「星が……きれいね」
夕食を食べおえると、なつきは空を見あげてひとりごちました。
「ところで、女王様」
ハーディンは、そんななつきを見て、ふしぎそうに首をかしげました。
「なあに?」
「いまさらですけど、そもそも女王様は、いったいどこから来たんですか? 僕たちとは髪の色も目の色もちがいますし、巨人もドラゴンもこわがらない女の子なんて、見たことも聞いたこともありません」
「遠いところから来たの。こことは、いろんなことがちがう世界」
「遠いところ……」
「そう。とても遠いところ……。だから、お父さんやお母さんとはなればなれになってしまったけれど、でも、さびしくはない。なぜって、あたしは女王になりたかったから。小さいころからずっと、そう思いつづけてきたから。そして今、願いがつうじたのか、女神エルメディアが『女王になれる本』っていう魔法の本を使ってあたしをよびよせ、ほんとうに女王となった。心に力がみなぎっている……!」
「女王様は、強い人なんですね。僕は……お父さんとお母さんが亡くなってからもうだいぶたちますけど、いまだに悲しくなって、会いたいと思うことがあります」
「それはふつうのことだと思うよ。あたしだって、今はべつだんさびしくなくても、いずれそうなるかも。あたしにとっても、お父さんとお母さんはたいせつな人だもの」
「…………」
「むしろ今、さびしいなって思うのは……ゆきちゃんのこと……かな」
「ゆきちゃん?」
「うん。小さいころからずっと、あたしの友だちだった女の子。でも、遠いところへひっこしちゃったの。ハーディンは、そういう、とてもなかのいい友だちっている?」
「僕ですか? 友だちがいないわけじゃありません。でも、僕の家は村から少しはなれたところにあるでしょう。おじいちゃんとおばあちゃんを手つだってあれこれしなくちゃいけないし、あまり友だちと遊ぶことはなくて――」
「じゃあ、ハーディン。あたしと友だちになろうよ!」
なつきはにっこり笑っていいました。
「僕と、友だちに……?」
「そう。あたしは女王でハーディンは女王につかえる騎士、ほんとうは身分ちがいなんだけど、とくべつにゆるすから!」
「わかりました。じゃあ、友だちに……なりましょう」
「うん。これから二人でいっしょに、冒険したり、お城を大きくしたり、いろんなことをしようね!」
翌日。
なつきとハーディンは日の出とともに目ざめると、サンドイッチで朝食をすませ、ふたたびドラゴンの洞窟めざして歩きはじめました。
「あっ! 見えた、あの丘ですよ、女王様!」
お昼前、ハーディンがなだらかな丘を指さしていいました。
それは不思議な丘でした。というのも、まわりは草原なのに、その丘には草も木も一本も生えていないのです。
ぽっかりと、びっくりするくらい大きな洞窟が口をあけていて、その中へ川が流れこんでいます。
「ついた……! さあ、ここからがほんとうの冒険よ!」
ハーディンが背負っていた荷物を下ろして松明を二本とりだし、火をつけました。一本ずつ持って、いよいよ洞窟の中へ!
中は寒くて、息が白くなるんじゃないかと思えるほどでした。
「ぶきみな場所……ですね……」
ハーディンがぶるっと体をふるわせました。
川が流れこんでいるので、水の音がします。また、風が吹いていて、それが幽霊の声みたいな、オオオオ、オオオオ、という耳ざわりな音を立てています。
「まあ、洞窟なんだから、少しはね。それよりハーディン、気づいた? 洞窟の中から外へむかって風が吹いているってことは、奥のほうにも、外へつうじている穴があるってことだよ」
なつきだって女の子です、少しは(ぶきみ……)と思っていましたが、でも、ハーディンにくらべればおちついたものでした。
洞窟の中は松明の炎でてらしてもなお暗くて、しかも、ごつごつとした突起がそこいらじゅうにあり、ゆだんするところんでしまいそうでした。二人はしんちょうに、足もとに気をつけて、奥へと進みました。
「おや。かわった石ですね、女王様」
ハーディンが、ふと足をとめました。
天井から、つららがたれさがるようにして、黄土色の石が垂れ下がっています。
「あれは鍾乳石よ。洞窟にはよくある石なの」
「そうなんですか?」
「そう。修学旅行で秋芳洞へいった時に見たことがあるもの」
「石なのにつららみたいな形で、不思議ですね」
「えーと、たしか……鍾乳石って、石の成分をふくんだ水がしたたり落ちることで、少しずつ少しずつ、何百万年も何千万年もかけてのびてゆく石なんだよ。先生がそういってた」
「女王様って、ものしりなんですね」
「それほどでもないよ」
奥へと進むにつれ、鍾乳石の数はどんどんふえてゆきました。石の成分をふくんだ水がしたたり落ちているため、床がぬれていてすべりやすく、危険です。しんちょうにしんちょうに歩かなければころんでしまうので、さっさか進むことはできません。
ただ、さいわいなことに――。
「たくさん枝わかれしているいりくんだ洞窟だったらこまるなあって思っていたけれど、一本道ね。それについては、楽でよかった」
「でも女王様、ドラゴンいがいにもなにかおそろしい生き物がいるかもしれません。怪物に出くわしたら、すぐににげましょう」
「あのね、ハーディン。あんまりこわがっていると、怪物でないものまで怪物に思えてきちゃうよ。こんなに大きな洞窟なんだからコウモリくらいは住んでいそうだし、川が流れこんでいるから魚がとびはねて音を立てることもあると思う。そういう時、あわててさけんだりころんだりしないでね」
「……はい」
そうやって、洞窟をどれほど進んだでしょうか。
「あ! 財宝?」
いきなり洞窟の床や壁が光りだしたので、なつきは(やったあー!)と大よろこびしかけたのですが、よくよく見るとちがいました。
「これ、水晶か黒曜石……でしょうか」
ハーディンが腰かがめ、床を観察していいました。水晶や黒曜石は光を反射する鉱物なので、松明の光をはねかえしてかがやいているのです。
「ざんねん。でも、この洞窟はまだまだ先があるわ。進みましょう!」
「それより女王様。あの……」
「なによ」
「このあたりにちらばっているのって、骨……ですよね」
「ん……?」
ハーディンにいわれて、なつきは目をこらしました。
水晶や黒曜石のきらめきに目をうばわれて気がつくのがおくれましたが、なるほどたしかに、白いものがたくさんあります。よくよく見ると、まさに骨でした。
「ドラゴンが、つかまえたクマやイノシシをここへ運んで食べたんじゃ……」
「だとすれば、ドラゴンのすみかはこの奥ってことね!」
ハーディンはおっかなびっくりのようすでしたが、なつきはむしろこうふんしてきました。
水晶の通路を歩いて歩いて歩いて……。
ふいに、二人は広い場所に出ました。
「あ……!」
「ああっ!」
なつきとハーディンは、目を大きくみひらきました。
洞窟に流れこんでいる川は、この場所で大きな地底の湖をかたちづくっていました。天井がとても高く、地上へと通じている小さな穴がいくつもあいていて、細い光のすじがさしこんで水面をきらきらとかがやかせています。
でも、そんなことより――。
「やっぱりあったんだ!」
なつきは明るい声をあげました。
なんということでしょう! 湖のそばにはうず高くつみあがった金銀財宝があって、そちらは水面よりももっとはげしく、まばゆく、かがやいているではありませんか! 金貨、銀貨、宝石、王冠や錫杖……。とにかくもう、しんじられないくらいたくさんの財宝が、山になっているのです!
「まった! 女王様、あれ……ほら、あれは……」
それっ、とばかりに財宝の山めがけて走りだそうとしたなつきの服のそでを、ハーディンがすばやくつかんでとめました。
「ちょっと、なによ」
「ほら、あの、財宝の山のそばにあるのって……」
なつきはハーディンが指さすものに目をこらして、「あ」と小さくつぶやきました。
なにかとても大きなものがあります。光があたっていない位置にあるのではっきりとはわかりませんが、でも……青い鱗らしきものがたしかに見えました。
「あれ、きっとドラゴンですよ。巨人たちさえおそれるドラゴン、バルダルフですよ」
ハーディンは首をちぢめて、小さな声でいいました。
「うーん……」
なつきは、ドラゴンらしきものをじっと見つめました。
けれど、どんなに目をこらしても、はなれているため、よく見えません。
「じっとして動かない。あれって、もう死んでいるんじゃないの? きっとそうだよ」
なつきはじしんたっぷりにいいました。
「そうでしょうか? 僕はねむっているか、さもなければこっちに気がついていないだけだと思います」
「でも、ドラゴンを見かけなくなってからずいぶんたつんでしょ? きっと死んでいるのよ! 病気かなにかで、ここでだれにも気づかれず死んだのよ!」
「ええ……。でも死んだら、くさって骨になっちゃうんじゃ……」
「そうとはかぎらないよ。温度や湿度によっては、死んだ生き物が、死蝋とかミイラとか、生きている時とさほどかわらないすがたで残ることがあるって、本で読んだことがあるもの。よーし、ためしてみよう!」
なつきは足もとの石ころをひっつかむと、ハーディンがとめるまもなく、ドラゴンめがけてほうりなげました。
「ああっ!」
ハーディンが小さな悲鳴をあげた時にはもう、なつきがなげつけた石はドラゴン……らしきものにぶつかって、コン、と小さな音をたてました。
…………。
……………………。
なにも起きません。
「ほら! やっぱり、もう死んでいるのよ」
「そ、そうかなあ……。ドラゴンの鱗ってとてもじょうぶだから、小さな石がぶつかったくらいじゃなにも感じなくて、ねむったままなんじゃ……」
「じゃ、もっとちかくにいって、よくたしかめてみようよ」
「じょうだんですよね?」
「じょうだんなわけないでしょ。ドラゴンが死んでいるなら、あの金銀財宝はぜーんぶあたしたちのものなんだよ? はこびだしてお城に食べさせれば、巨人たちが来たってへっちゃらへいきの、大きな大きなお城になるはず!」
なつきは、どうどうと、胸をはって、大またに歩き出しました。ハーディンは、いかにもおっかなびっくりのちぢこまったしせいでなつきの後につづきます。
財宝の山のてまえまでくると、なつきはドラゴンの死骸……らしきものを見上げて松明をかざしました。
「へえー。青い鱗におおわれている……。やっぱりこれ、ドラゴンの死骸なんだね。大きいなあ。幕張メッセの恐竜博で見た、サイズモサウルスより大きいかも」
「あのう、女王様。死骸にしては、鱗のつやがよすぎるように思えるんですけど」
「まだそんなこといってるの? だらしないなあ。じゃあ、えーと」
なつきは頭の部分にちかづくと、大きく足をふりあげ、「えいっ!」とかけ声つきでけりました。まるで、サッカーボールをけるみたいに、です。
ドムッ、とゴムのかたまりをけったようなにぶい音がしました。
「ひいっ!」
「……ハーディン。男の子でしょ、なさけない声あげないで。こうしてけってもだいじょうぶなんだから、やっぱり死んでいるのよ」
「女王様。あの……あの、目……目が……」
「目?」
つぎのしゅんかん、なつきはさあっと顔から血のけがひきました。
今しがた、なつきがけった頭に……いつのまにか、大きな目が開いていました。ヘビのような、するどくて細い瞳孔が、じいっとなつきを見つめています!
とつぜん、ドラゴンは長い首をもたげると、なつきとハーディンを見おろし、白く太い牙をガチン! とかみ鳴らしました。
「なんだおまえたちは! オレのたいせつな財宝をうばいにきたのか?」
ドラゴンはとんでもなく大きな声を二人にあびせました。その声とともに、硫黄のにおいがする息が強い風のようにはきだされて、なつきもハーディンも足をよろめかせてしまいました。
「ああああ! ちがうんです! ちがうんです! 僕たちは、あのっ、この洞窟にまよいこんじゃっただけなんです!」
ハーディンがいそいでいいわけしましたが、ドラゴンは「うそをつくな!」と、これまたとんでもなく大きな声でどなりかえしてきました。
「オレがちょっとでもゆだんすると、財宝ほしさにぬすっとどもがやってくる! うぬっ、ゆるさんぞ! 焼き殺してくれる!」
ドラゴンは大きな身体からは想像もつかないほどすばやく後足で立ちあがると、すううううう、と大きく息をすいこみはじめました。それにあわせて、おなかがふくれあがってゆきます。たくさん空気をすいこんで、口から炎をはきだそうというのです。
「うそお! なにこれ! やだー!」
さすがのなつきもこれにはあせって、大きな悲鳴をあげました。
ところが、です。
「うおっ! イタッ! タタッ……」
ドラゴンはいきなりうめくと、口から硫黄くさい煙をポッとはきだし、たおれるほどのいきおいでうずくまりました。
そのまま、ウーム、ウーム、といかにもいたそうにうめいています。
「女王様、いまのうちです! さあ、はやく!」
なんだかよくわからないけど、とにかくにげなければ! と、ハーディンはなつきの手をひっつかみました。
「ちょっとまって。このドラゴン、なにかへんよ」
なつきは足をふみしめて、ひっぱるハーディンにあらがいました。
「へん? そんなこといっているばあいじゃないでしょう!」
「まあ、ちょっとまって」
なつきはハーディンの手をふりほどき、ドラゴンにむきなおると、しんこきゅうをひとつして気もちをおちつけました。
そうして、うずくまっているドラゴンの頭のそばへゆきました。
「ちょっと、ドラゴン。ええと、名前は……バルダルフ、だっけ?」
話しかけると、ドラゴンはじろっとなつきをにらんで、「そうだ」とみじかくこたえました。
「この洞窟の外であなたを見かけなくなってから、もうずいぶんたつみたいだけど、ひょっとしてケガでもしているの?」
「む……。ううむ……」
人間にこんなふうに話しかけられたのは意外だったらしく、ドラゴンはぱちぱちといそがしくまばたきをして、なつきとハーディンをこうごに見やりました。
「それよりおまえたちは何者だ? 名のれ!」
「あたしは女王なつき。女神エルメディアにたのまれて、緑の民の女王となったの。あっちはハーディン。あたしに仕える騎士よ」
「ふん。女王に騎士ときたか。ま、どんなにえらぶっても、おまえたち人間ごときなどドラゴンであるオレにくらべたら虫けらみたいなものだがな」
なつきはカチンときました。
「へー、そう。でも、あたしが思うにその人間よりずっとえらいドラゴンは、ケガしてこの洞窟から出られない身体になってるんじゃないの?」
「ううむ……。まあ……そうなのだ。そのう、左足を、な」
ドラゴンはおっくうそうに身体を動かし、左足をなつきたちの前にもってきました。
足の甲になにか太いものがささっています。
「なにそれ? やりの先っぽ……?」
なつきは松明の火をかざして観察しました。
「うむ。むかし、オレの財宝をねらって、巨人どもがここへやってきてな。おいかえしたはいいが、そのうちの一人が、あろうことかオレの左足に投げやりをさしてからにげたのだ。それからというもの、身体を大きく動かすと、足はもとより、なぜかほかの場所にもいたみが走ってかなわん。この洞窟で、それ、そこの湖に首をのばして魚を食べるほかは、なにもできんのだ」
「そのやり、ぬけないわけね?」
「いぜんは、やりの柄があったのだ。それを口でくわえてぬこうとしたのだが、おれてしまって……。今ではもう、ぬきようがない……」
いいながら、ドラゴンはなにかをきたいしているような目つきでなつきをじいっと見つめました。
「ぬけるかどうか、あたしがためしてみよっか?」
「そうしてくれると、その……ありがたいが……しかし……。人間の、それも子どもごときにできるだろうか……?」
「ためしにやってみるよ。そのかわり、もしぬけたら、お礼としてそこにある財宝をぜんぶもらうからね」
「なんだとぉー! ふざけるなぁー! うおっ、イタタタ!」
ドラゴンは立ち上がろうとしかけたものの、とちゅうでうずくまりました。
「ええい、これだから人間はすかんのだ! たったそれだけのことで、オレの父や母があちこちからいっしょうけんめいかき集め、そしてこのオレがずっと守ってきた、このたいせつな財宝をのこらずぜんぶもってゆこうだなどと! このごうつくばりめ! よくふかめ! 死ねばいいのに!」
「あっそ。じゃあこの先もずっとこの洞窟で、ひとりぼっちで苦しんでいれば」
「む……。くっ……。むむむ……」
「…………」
「……よ、よし。やってみてくれ。うまくぬけたら、財宝を少しやってもいい」
「じゃあ半分もらうね」
「なんだとぉー! イタタタ! ううっ……。しかたない、半分だ……」
「よぉーし、やくそくだよ!」
なつきはにっこり笑うと、なりゆきを見まもっていたハーディンを手まねきしました。
「きいてのとおりよ。ハーディン、手つだって」
「ええっ!」
「男の子でしょ! それに、毎日畑をたがやしてきたから、あたしよりずっと力もちでしょ。ほら、手つだって!」
「はい……」
なつきとハーディンはドラゴンの左足にささっているやりの先っぽに近づきました。ドラゴンが柄を折ってしまったといっても、まだ少しだけ柄がのこっているので、それを二人してぎゅっとつかみます。
「いくよ、バルダルフ」
なつきが声をかけると、
「いたくするなよ! いたくするなよ! そっとだぞ!」
バルダルフはおびえたようすでいいました。
「そっとひっぱったんじゃ、ぬけないでしょ」
「うう……。しかたない、やってくれ」
「じゃ、いくよハーディン。いち、にの、さん!」
なつきとハーディンは力をこめ、身体を後ろへたおして体重をかけました。
ですが……。
「あ、だめだこれ。ぜんぜんだめ。びくともしない」
なつきはあっさりとあきらめました。
「おいおい! まてまて! 本気でひっぱったのか? もういちどやってみろ!」
バルダルフがこうぎしましたが、
「あたしとハーディンだけじゃむりだよ、これ。がっちりささっちゃってるもん。しかも、長いあいだほうっておいたからだと思うけど、ささってる傷口がかたくふさがっちゃって、よけいにぬけにくくなってる」
なつきは肩をすぼめました。
「なんだと! くそぅ……。人間なんかをたよったオレがばかだった……」
「だけど、村から大人たちをたくさんつれてきてひっぱれば、ぬけるかも。ううん、今のかんしょくからして、それならぬけるよ、きっと」
「む?」
ドラゴンは目をしばたたきました。
「そういうことなら……うむ、それでやってみてくれんか」
なつきは少し考えました。
「じゃあ、こうしましょう。みんなの力をかりるんだから、ただってわけにはいかない。さっき決めたことだけど、うまくいったらそこの財宝の半分をもらう。でも、村のみんなはドラゴンの洞窟なんてこわがって来たがらないだろうから、説得するために、ここにある財宝をあたしが少しだけもって帰る。いい?」
「なに! うまいことをいってオレの財宝をうばい、そのままもうここへは帰らないつもりではないのか?」
「だいじょうぶ、やくそくは守るよ」
「どうだかな」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ひとじちとして、ハーディンを置いてゆくから」
ハーディンは顔を青くして、「なんですってー! 女王様、こんどこそじょうだんですよね? そうですよね?」と、すがりつくような目をしながらたずねてきました。
「じょうだんでこんなこといわないよ」
「じゃあ、僕が財宝をもって村のみんなを説得し、かならずここへもどります。だから、女王様がひとじちになってください」
「ばかなこといわないで。ハーディンは女王なつきに仕える勇敢で高潔な騎士でしょ。こういう時こそ、男らしくてかっこいいところをみせなくちゃ」
「ええ……。よわったなあ、ほんと……」
ハーディンはいやそうに顔をしかめて、ドラゴンを見あげました。
「どうでもいいが、はやく決めてくれんか」
バルダルフが、いらいらしたようすでせっつきます。
「あたしはみんなをみちびく女王。みんなを説得するのはあたしの仕事。そうでしょ? だからハーディンはここにのこって」
「ぜったいにもどってくださいよ! ぜったいにもどってくださいよ!」
「なにそれ、あたしを信用してないの? 女王であり、友だちでもある、あたしを!」
「いや、信用していますけど……。まいったなあ……」
「じゃ、そういうことで」
なつきはうなずくと、大またに財宝の山へちかづきました。
「おいっ! たくさん持ってゆくんじゃないぞ! ちょっとだけだぞ! ほんとのほんとに、ちょっとだけだぞ!」
バルダルフが心配げにいいましたが、なつきはかまわず金貨をひろい集めると、お弁当などの荷物を運ぶのに使っていたふくろにつめこみました。
「金貨って、こんなに重いんだ……。あたし一人で運べるのはこのくらいかな。じゃ、ハーディン。なるべくいそいでもどるからね!」
「ぜったいにもどってきてくださいよ!」
「もしもどらなかったら、こいつを食べてしまうからな! いいな!」
ハーディンとバルダルフの声を背に、なつきはドラゴンの洞窟をさりました。