女王なつきとお城のタネ 5章
五
翌日。
なつきとハーディンは朝食を食べおえると、すぐに魔法のお城のところへ行って、土や石を食べさせる作業にとりかかりました。
「うわっ、ほんとうだ。ちゃんとお城の形をしているぞ」
「魔法のお城? これがそうなのか?」
お昼前に、どやどやとたくさんの人がやってきました。みんな、ハーディンがそうであるように、肌は白くて、髪は薄緑色で、瞳は金色です。
「うん? 黒い髪に黒い瞳の女の子……? そのう、あなたが、女神エルメディア様がつかわしめてくださった、女王様……ですか?」
丸メガネをかけた、つるつる頭の男の人が進み出て、いかにもうたがわしげな目つきでなつきをじろじろ見ながらたずねました。彼の後ろでは、ほかの大人たちも「あの女の子が女王だって? じょうだんだろ」だの、「いきなりあらわれて、おれたちをみちびく女王? ばかげているよ」だのと、小声でささやきあっています。
「そうよ。あたし、渡邊夏姫。あなたたち緑の民の女王になるよう、女神様から頼まれたの」
なつきは内心、むっとしながらも、胸をはってどうどうと名のりました。
「えー、わたしは村長のホダインともうします。どうか、お見しりおきを」
つるつる頭の男の人は、軽くえしゃくをしました。
「じゃあ、ホダインさん、さっそくだけど手伝ってください。このお城の、ほら、そこに口があるでしょ」
なつきはお城を指さしました。
「うん? あ……ほんとうだ。しかも歯が生えていますな」
「シャベルを使って、ここに土や石を入れるの。するとお城がそれを食べて、どんどん大きくなるから」
「なんとまあ! こんなものは見たことも聞いたこともない! しかし、魔法のお城となれば……。よし、みんな、作業にとりかかれ!」
というわけで、みんなしてシャベルであたりの土を掘りかえし、お城にどんどん食べさせはじめました。
お城は、どんなに食べてもいっこうに食べたりない様子で、けっこう大きな石がまじっていても、がりがりごりごり、大きな音をたててかみくだいては飲みこみます。そして、食べれば食べるほど、大きくなり、それにつれて口も歯も大きくなってゆくのです。
「ふうん、ほんとうにこれは魔法のお城なんだな」
「してみると、あの女の子が、女神様がつかわした女王って話もほんとうなのかな」
「さあ、どうだろう……。うまいことをいって、おれたちをだまそうとしている魔女かもしれないぞ」
「そんなふうには見えないよ。ひとまず信じてみてもいいんじゃないか」
「そうだな。とりあえず話をあわせて、そういうことにしておこう」
なつきを初めて目にした時には、いかにもうたがわしげな態度だった人たちも、しだいしだいに、そんな言葉を口にしはじめました。
「うん、よしよし」
なつきはいったん作業をほかの人たちにまかせて、少しはなれた場所に立ち、だいぶ大きくなったお城を眺めて笑顔になりました。
大人たちがシャベルでどんどん土や石をほうりこむものですから、成長がはやい!
「女王様、もうお昼です。どうぞ、おめしあがりください」
「あ、どうも」
村人がうやうやしくさしだしてくれたサンドイッチと果物をうけとり、ハーディンと並んで草の上に腰をおろします。
その昼食を食べおえたころにはもう、お城はハーディンの家よりひとまわりかふた回りほど大きくなっていました。
「ハーディン。この大きさなら、もう入れるんじゃない? ねえ!」
「女王様、ちょっと入ってみましょう!」
そこでなつきはハーディンといっしょにお城に入ってみました。村の子どもたちも、目をかがやかせて後からついてきます。
「うーん……」
でも、入ってみて、なつきはがっかりしました。
なにもなくてがらんとしているため、わりあい広く感じられるのですが……でも……まだひと部屋しかありません。りっぱな階段だの、テラスだの、塔だの、玉座だの、そんなものはぜんぜんなくて、まだまだお城らしいお城にはほど遠いのです。今はまだ、せいぜい、石でできたがんじょうな家、くらいのものです。
「もっともっと大きく育てなくちゃね。……あれ?」
ふと、なつきは奇妙なものがあるのに気づきました。
部屋の奥になつきの腰くらいの高さの祭壇があって、なにかの像がのっています。
それは髪の長い女性の像で、ベッドに横むきに寝そべって、ほおづえをついた姿をしていました。
「あ……。これって女神エルメディア? うん、きっとそうだよ」
しげしげと像の顔を眺めて、なつきはそういいました。
「たしかに、これは女神エルメディア様の像ですね」
かたわらで、ハーディンがうなずきました。
「へー。この女神って、どんな像でも、こんなふうに寝そべった姿なの?」
「え? ええ、そうです」
「ふうん。それにしても、生きているみたいに精巧なつくりの像ね。このお城、まだいすも机もないのに、なんでこれだけはあるんだろう」
なつきは、なんとはなしに女神像に手をのばしてふれてみました。
すると! とつぜん、なつきはまばゆい光につつまれました。
「……えっ?」
気がつくと、なつきは見おぼえのある部屋に立っていました。お城のタネをもらった、女神エルメディアの部屋です。
くすくす……くすくす……。
笑い声が聞こえました。そちらを見ると、女神エルメディアはベッドに横むきに寝そべって本を読んでいました。なつきに背をむけているため、なつきがあらわれたことには気づいていないようです。
(本? なにを読んでいるのかなあ)
なつきはそっとベッドに近づいて、のぞきこもうとしました。
「えっ? あっ!」
なつきの影がさしてそれと気づいたのでしょう、女神は大声をあげてふりかえりました。
「ええっ! なつきじゃないの! ちょっと、びっくりさせないで! ああ、おどろいた……」
女神はほっと胸をなでおろしたものの、なつきの目が本にいっているのを知ると、「ああ、これ? このあいだ、ほかの神が貸してくれた本なの。笑い話をあつめたもので、とってもおもしろのよ」といいながら本を閉じました。
「ところで、なつき。いったいなんの用で来たのですか」
「なにっていわれても……。お城が、入れるくらいの大きさになったから入ってみたの。そしたら女神像があって、さわったらこの部屋にきちゃった」
「まあ! あの像にさわればわたくしにまた会えるけれど、用もないのに来てはいけませんよって、釘をさしておいたでしょう」
「なにいってんの! そんなこと、ひとこともいってなかったじゃない!」
「あら? そ……そう?」
「いってないよ」
いいながら、なつきは疑いの目をエルメディアにむけました。まだ幼稚園生だったころ、大人はみんなかしこくて力があるように思えたものです。でも、小学校の六年生になった今のなつきは、大人といっても、すごい人もいれば、だめな人もいると、わかっています。してみると神様だって、すぐれた神様もいれば、そうでない神様もいるのではないでしょうか。
「ねえ、女神様」
「うん、なに?」
「あたしにお城のタネをくれたこと、女王になる手だすけをしてくれたことは感謝してるよ。だけど、説明しておかなくちゃならないことがいっぱいあるんじゃないの? この部屋へこられる女神像のこともそうだし、ハーディンたちによれば――あ、ハーディンっていうのは、あたしが騎士に任命した緑の民の男の子ね――緑の民は巨人たちに苦しめられているって話じゃない」
すると、ああ、なんということでしょう。女神エルメディアはきょとんした顔で「巨人? なにそれ?」といったのです。
「えっ……。女神様、巨人のことで緑の民が苦しんでいるって、知らなかったの?」
「それは……あの……。このごろ、下界からお祈りがいっぱいくるんで、きっとなにかこまっているんだろうな、とは思っていたのだけれど……。せいぜい、オオカミやキツネにニワトリを食べられちゃうとか、そのくらいのことだろうと思っていて……」
女神は、ばつが悪そうに目をふせました。
なつきは心の中で(うわあ。この女神って、だめじゃん)と思いました。もっとも女神がたよりにならないとなれば、そのぶん、なつきが女王としてしっかりしなければなりません。ですから、なつきは(あたし、女王としてがんばらなくちゃ)という思いをあらたにしました。
「じゃあ、あたしが今から話すことをよく聞いて。緑の民は、もともとは東にある森に住んでいたんだけど、どこかから移り住んできた巨人たちが作物やブタやウシをうばうんで、それにたえかねて、森を出て今の場所に住むようになったんだって。だけどそれでも、やっぱり巨人がやってきて、悪いことをするんだって。だからね、今、みんなに手伝ってもらってお城を育てているの。お城がとても大きくなって、みんながお城で暮らせるようになれば、巨人がきても安心だろう、って……」
「ふむふむ。そんなにもたいへんなことになっていたのね」
「だけど、女神様。巨人って、どんなやつらなの? お城のがんじょうな壁があればそれでふせげるやつらなの? あたし、そのへんがかなり不安なの。お城がみんなを守れるほど大きくてがんじょうになる前に巨人たちが来てしまったら、どうにもならない……。巨人たちと戦うために、なにか武器がなくちゃだめだよ。神様なんでしょ? なにかこう、いいもの持ってない? つまりそう、魔法の剣とか。稲妻をはなつ魔法の杖とか」
「わたくしは草木と水の恵みをつかさどる女神だから、戦いだの武器だの、そういうのはだめなのよ。苦手なの」
「そうはいっても神様のはしくれなんだから、なにか役立つものがひとつやふたつはあるでしょ? ほら、魔法の、なんかこう、いいものが」
なつきはまわりを見まわし、ベッドのそばにあったタンスの引き出しをあけてみました。
「うーん……服しか入っていない……」
「ああっ! かってに開けてはだめよ! そういうことをしちゃだめって、お父さんやお母さんから教わらなかったの?」
「しつれいね! ふだんのあたしはこんなことしないよ。今はたいへんな時で、ネコの手もかりたいの! 神様なんでしょ、ほんとのほんとに緑の民が心配なら、巨人たちから守るために、少しくらい手伝って!」
「うぅ……。こんなに気性の荒い子だったなんて……。でも、このくらいでないと、女王にはなれないってことなのかしら……」
エルメディアはぶつくさいいながら、ベッドから下りました。
「ええと、じゃあ、なつき。ちょっと待っていて」
そういって本棚へゆき、「ええと、ええと」となにか探しているふうでしたが、やがて一冊の本を手にもどってきました。
「こっちへきて」
小さな丸テーブルについて、なつきを手まねきします。なつきはむかいがわのいすをひいて腰をおろしました。
「ええと、巨人についてかかれた本は見あたらなかったけど、この本には魔法のお城の育てかたが、くわしく記されているの。この本なら、なつきの役に立つんじゃないかしら」
「そうなの? でもそれ、あたしには読めない文字ね。何語なの? 神様語?」
「じゃあ、わたくしがたいせつそうなところに目を通して、かいつまんで説明するわね。ええと、『初心者のかたはかならず読んでください』……。このあたりかしら」
そんな、掃除機やパソコンの説明書にあたる本があるのなら、はしからはしまですでに読んでいてもよさそうなものですが……。でも、あまりにやいのやいのいって女神が気おちしてしまってもこまるので、なつきは女神が本に目をとおすのをしんぼうづよく待ちました。
「なるほど、だいたいわかったわ。なつき、いまからいうことをよく聞いて」
「うん。だけど、おぼえきれないほどの内容なら、なにかかくものをかして」
「そんなにむずかしい話じゃないの。あの魔法のお城は、すべての生き物がそうであるように、栄養のある食べ物をあたえればすくすく育つのね。で、お城といってもきれいなお城とか、がんじょうそうなお城とか、いろいろあるけれど、今、なつきが育てたいのは巨人がきてもこわくないような、がんじょうで大きなお城、そうよね?」
「うん」
「これによると、花崗岩などのかたい石を食べさせれば、城壁はとてもがんじょうなものになるの。それと、鉄鉱石や銅鉱石……つまり鉄や銅の原料となる石を食べさせると、剣がたくさんある武器庫や、とてもがんじょうな鎧戸が生えてくるそうよ。あ、鎧戸っていうのは、敵が攻めてきた時、上から落として通路をふさぐしかけね」
「ふうん。でも、花崗岩だの鉄鉱石だの、そんなのがあのあたりにあるのかなあ」
「それは、どうかしら……。ええと、ほかには、そうね、土や石だけでなく、枯れ木や骨のかけらなども少し食べさせると、お城の成長が早くなるってかいてあるわ。人間だって、お肉だけ食べたり、パンだけ食べたりしていると、身体を悪くすることがあるでしょう? それとおなじで、土と石だけじゃなく、あるていどは、ちがうものも食べさせたほうがいいってことね」
「うーん……。女神様、もっとこう、あのお城をどかーんと一気に大きくしちゃう方法ってないの? かいてない?」
「ええと、お城にとって、とても栄養価の高いものを食べさせれば、成長がとても早くなる……みたいなんだけど……」
「どんなもの?」
「金とか銀とか、ダイヤモンドやエメラルドといった宝石とか……そういう稀少なものね。そういうものを食べさせると、成長が早くなるだけじゃなく、シャンデリアが生えてきたり、きらびやかな玉座が生えてきたり、とってもごうかなお城になるみたい」
「金や宝石……。でも緑の民って、畑をたがやしたりニワトリを育てたりしてほそぼそとくらしている人たちみたいだから、そんなもの持っていそうにないなあ。あ! 女神様は? そういうの、ある? あるなら、持って帰ってさっそくお城に食べさせたいんだけど」
「わたくしは、指輪やネックレスといった装飾品はそれほど持っていないのよ……。なにしろ、そんなもの身につけなくてもじゅうぶんすぎるほど美しいから。きれいなお洋服は好きだから、それなりにあるんだけれど……」
「じゃあその服を、ほかの神様にたのんで金や宝石と交換してもらえない? さっき読んでた本、ほかの神から借りたっていってたよね。金や宝石をいっぱい持っている神もいるんでしょ? そうでしょ?」
「ええっ! そ、それは……ちょっと……。ああ、でも、緑の民がたいへんなのよね……。じゃあ、交換してくれる神がいないかさがしてみるけれど、あまり期待しないで」
「うん。じゃあとにかく、あたしはいったんみんなのところへもどるね。でも女神様、緑の民のために役立つものがないか、よく考えて、できることなら、次にあたしが来るまでに用意しておいて」
「わかったわ。あ、帰る時は部屋のドアをあければもどれるわよ」
「じゃあ、また」
なつきはきびすを返して、部屋のドアを開け、外へ出ました。
ふたたびまばゆい光につつまれ、そして――。
「あ……」
なつきは、お城にもどって、あの女神像の前にいました。
「ハーディン。あたし、女神像にさわって、そして……ひょっとして、ここから消えた?」
たずねると、ハーディンは目をしばたたいて、「いったいなにをいっているんですか」と首をかしげました。
「そう。じゃあ、あたしが女神エルメディアと会っていたのは、きっと、ほんのいっしゅんのことだったんだね」
「えっ! じゃあ、女王様は今、女神様とお会いになられていたんですか?」
「うん。この女神像にさわると会えるの」
「それ、あの、僕にもできるでしょうか?」
「やってみたら?」
ハーディンほか、子どもたちはざわめいて、こわごわと女神像にふれました。ですが、さわってもなにも起こらないらしく、きょとんとしています。
「ふうん。女神に会えるのは、女王のあたしだけってことみたいね。まあ女神だって、いろんな人たちがひっきりなしに来たらこまるだろうけど」
いいながらなつきは、(ひょっとして女神エルメディアは、自分があれこれするのはめんどくさいし、食っちゃ寝食っちゃ寝してすごしていたいから、あたしに緑の民のことを押しつけたのかなあ)と思いました。もっともなつきとしては、ずっとあこがれていた女王になれたのですから、たとえそうだったとしても、もんくはないのですけれど。
「ところでハーディン。ひょっとしてこの部屋、さいしょに入った時にくらべて、ちょっと広がった?」
「いわれてみれば、そうかもしれません。こうしている今も、食べれば食べるほどに、どんどん大きくなってゆくんでしょう。魔法のお城ってすごいですね! さすがは、女神様がくださったタネから生えてきたお城です!」
女神エルメディアの像へ尊敬のまなざしをむけるハーディンを見て、なつきはいろいろといいたくなりましたが、あえてなにもいいませんでした。
「まあ、たしかにすごいお城だと思うけど、あたしたちがこうして中を見学していたところで、それでなにかがよくなるわけじゃない……。ハーディン、出ましょ。あ、ほかの子は、このまま中で遊んでいてもいいよ」
なつきはハーディンをつれてお城から出ました。村のほかの子どもたちは、女王なつきとなかよしのハーディンのことがうらやましいのか、「いいなあ……」などといっています。
お城を出たなつきは、ハーディンともども、口がある裏手にまわりました。
大人たちが、大ぶりなシャベルを使ってせっせと土や石を食べさせています。また、べつの場所で掘った土や石を荷車で運んでくる人たちもいます。村長が、あれこれ指示を出していました。
「ちょっと。村長の、ええと、なんて名前でしたっけ」
なつきは村長に話しかけました。
「ホダインです、女王……様」
「ホダインさん。あたしね、今しがたお城の中の女神像にふれて、女神エルメディアに会ってきたの」
「えっ! 女神様に、ですか!」
「そう。それで、この魔法のお城についてくわしい説明を聞いてきたんだけど――」
なつきはこのあたりに、花崗岩や鉄鉱石がとれる場所はないかたずねました。
「ふうむ。鉄鉱石や銅鉱石はむりですな。ただ、花崗岩なら石きり場でいくらでもとれます」
「その石きり場は、ここから遠いの?」
「ただ歩いて往復するだけでも、けっこうな距離です。ましてや、あの石きり場から花崗岩を運ぶとなると大仕事でしょうな。なにせ、土よりずっと重いので」
「だけど、食べさせればがんじょうなお城になるの。それこそ、巨人がきたってへいきなお城になるわけ。だから、何人かは花崗岩を切り出して運ぶ作業にまわして」
「わかりました」
「それとね……。金や銀や宝石を集められる?」
たぶんむりだろうな、と思いながらなつきがたずねると、はたして、ホダインはむずかしい顔つきになりました。
「金や銀や宝石……。どうするのです?」
「女神様によれば、そういうものは栄養がいっぱいあって、食べさせるとお城がぐんぐん大きくなるんだって。巨人たちが悪さをしにくる前に、お城を大きくしておきたいの」
「なるほど。ですが、わたしたちはそういうものをたくさん持っているほど、裕福ではありません」
「やっぱりそうかあ……」
「だいぶ遠いのですが、南にゆくとポルカナルという名のかなり大きな町がありまして、その町は交易がさかんです。町で野菜やブタなどを売れば、少しくらいは金や銀が手に入るでしょう。けれど、そうたくさんは……。さっきいった、花崗岩がとれる石きり場では、スピネルというルビーににた色の鉱石もとれるのですが、こちらもやはり、そうたくさんは……」
「…………」
「むかし、まだわたしたちが東の森に住んでいたころは、近くに砂金がとれる川がありましてな。年に二度、村人総出で砂金をとっては、ポルカナルの町であれやこれやの品と交換したものです。そのおかげで暮らしも今より楽だったのですが、今となっては、巨人たちが住むあの森には、おそろしくて近づけたものではありませんな」
「……そう。ところで、あたしはまだ、巨人ってどのくらい大きくてどのくらい強いのか知らないけど、どんなやつらなの? ホダインさんは、じっさいに巨人を見たことがある?」
「ええ、ありますとも。なにせ、先日も巨人が村へ来てニワトリやブタを持っていったので。背たけはそう、わたしたちの三倍もあるでしょうか。頭が大きく、首が太く、手足は短めですがたくましくて、とんでもない力があります。木の幹をあらけずりにした槍やこんぼうを持ち、家や納屋などかんたんにこわしてしまうのです。わたしたちほどすばやくは動けない生き物ですが、歩はばが広いので、ゆっくりと歩いているように見えてもぐんぐん近づいてきますし、とにかくおそろしいやつらですよ」
「ふうん。その巨人たちと、誰かが戦ってみたことって……ある?」
「わたしたちは剣や槍のあつかいなど知りませんが、村に、猟師をしているアルダという男がいまして。アルダは弓がとくいなので、村のみなに弓矢の作りかたと、射かけかたを教えました。そうして、村の男たちが、アルダの指揮のもと、やってきた巨人と戦ってみたことが何度かあります」
「それでその戦いの結果は?」
「それが、巨人が手にした武器をぶんぶんふりまわすと、大きな風がおきて、矢がそれてしまうのです。巨人の目やその近くに矢がまぐれあたりすれば、ひるんでにげてゆきますが……。巨人をうまくおいはらえたためしは、これまでたった一回しかありません」
「そんなに強いんだ……」
なつきはお城をふりあおいで、考えこみしました。
(巨人の背たけが五メートルか六メートルくらい、すばやく動くのが苦手な生き物だとすると、助走してジャンプしても中へ入れない城壁の高さは……十メートルくらい……かな?)
そうなると、こんな小さなお城ではだめです。これより百倍も大きなお城に成長したら、そこでようやくひと安心できる、といったぐあいでしょうか。
(まあそこまで大きくならなくても、巨人たちがこわせないほどがんじょうなら、野菜や穀物やニワトリといったとられてはこまるものを運びこんで守り、人間のほうはどこかへにげたりかくれたりして、巨人たちがあきらめていなくなるのを待つ……なんてこともできるかなあ)
ともあれ、なつきは女王として、なにかしたいと思いました。なにしろ、なつきはこの緑の民の女王なのです。巨人たちに苦しめられているこの人たちを、なつきの力でたすけてあげるのです。そうすればこの人たちはなつきに感謝して、心から、なつきを「女王様! いだいな女王様!」とあがめるようになることでしょう。
「ホダインさん、とにかく作業を続けさせて」
「わかりました。交代しながら、夜の間もずっと作業をするようにしたいと思います」
「うん、そうして」
なつきはハーディンに目くばせして、いったんその場をはなれました。
「女王様って……すごいですね」
とうとつに、ハーディンが感心した顔つきでいいました。
「なにが?」
「僕とそうかわらない年なのに、大人の、それも村長のホダインさんにも、はきはきものがいえて……。どうどうとしていて、かんろくがあって……」
「ずっと女王になりたかったし、いろんな劇で、いろんな女王を演じてきたから。女王役はなれてるの」
「劇? それって、たまに村へやってくるサーカスや大道芸人の人たちがやるようなおしばいのことですか?」
「まあね。それよりハーディン、みんなにはないしょで聞きたいことがあるの」
「なんでしょう」
「この世界って、巨人がいるってことは……ひょっとして、ドラゴンもいるの?」
アニメやゲームなどでは、よくあることです。
「ドラゴン、ですか。僕がこの目で見たことはありませんけど、話として聞いたことはあります」
「あ! じゃあ、ドラゴンもいるんだ!」
「いる……らしいです。ええと、おじいちゃんやおばあちゃんから聞いた話ですけど、この草原から北へゆくと丘があって、その丘には大きな洞窟があるんです。そこに、バルダルフという名のドラゴンが住んでいるんだとか」
「どんなやつ?」
「巨人よりももっと大きくて、身体は青い鱗におおわれていて、コウモリみたいな形の大きな翼を使って空を飛び、口からは炎をはきだすそうです」
「そのドラゴンは、やっぱり、巨人みたいに村をおそうの?」
「いえ。バルダルフが最後にもくげきされたのは、おじいちゃんが今の僕よりも小さかったころのことで、ええと、五十年か六十年くらい前だそうです。巨人たちが東の森にやってきてまもないころのことで、つまりそのころ、おいじいちゃんたちはまだ東の森に住んでいたんです。バルダルフはたまに森へ飛んできては、クマやイノシシのような大きな生き物を焼き殺して食べていたそうですが、巨人たちのようにことさら緑の民をおそうことはなかったとか」
「ふむふむ。巨人たちよりさらに大きな生き物となれば、ニワトリやブタを食べたところでおなかのたしにはならないのかもね。それにしても――」
なつきは、きらりと目をかがやかせました。
「ドラゴンがいるなんて! いいえ、いたなんて! あたし、いいこと思いついちゃった!」
「といいますと?」
「今から、北にある丘の、その洞窟へいってみましょう。そして、中をしらべるの」
「ええっ! なんでですか! だって、あの、巨人よりもおそろしいドラゴンが住んでいるんですよ? 巨人たちでさえ、あの洞窟には近づかないそうですよ?」
「いいこと、ハーディン。ドラゴンって生き物は、金銀財宝をたくさんためこむの。そういう生き物と、相場が決まっているの」
「はあ」
「最後にもくげきされたのが何十年も前ってことは、もうそのドラゴンは洞窟の中で死んでいるんじゃないの? つまり、病気とか老衰とかで。だとすれば、ドラゴンがためこんだ金銀財宝をとってきて、そして、お城に食べさせれば……!」
「そんなつごうのいい話、あるわけないですよ。そもそも、ドラゴンがもう何十年ももくげきされていないのって、ドラゴンが死んだからじゃなく、緑の民が東の森を出て今の場所にうつり住んだからだと思います」
「あたしは、そうは思わない。だって、ドラゴンって空を飛ぶんでしょ? しかも大きいいんでしょ? ドラゴンが空を飛んで東の森へちょくちょく通うなら、遠くから見てもそれとわかるはずじゃない」
「ん……? なるほど……」
ハーディンは考えこみました。たしかに、なつきのいうことは理にかなっています。
「だけど女王様、あの洞窟に入って、生きて帰ったものは誰もいないって話なんです。ドラゴンいがいにも、なにかとんでもない怪物がすんでいるかもしれないし、あんなところへ入るなんてあぶないですよ」
「こわいの?」
「はい」
「あっそ。でも、あたしはこわくない。だって女王だから! 女王はね、強くてかしこくて勇敢なの」
「そ……そうなんですか……?」
「というわけで、ハーディン。今から、あたしといっしょに洞窟へ行って中をしらべるわよ」
「ええっ!」
「『ええっ!』じゃないの。ハーディンは騎士なんだから、『はい、女王様』っていわないと」
「むちゃですよ! あぶないですよ! おじいちゃんだって、おばあちゃんだって、はんたいしますよ!」
「うん、そう思う。だから大人にはないしょで、あたしとハーディンだけで行ってくるの」
「うわあ……」
「あのね、ハーディン」
なつきはハーディンの目をまっすぐに見つめました。
「巨人たちがやってきて作物やブタやウシをうばってゆくんじゃ、緑の民は、もうこの地でくらせなくなってしまう。だけど、あたしとハーディンが金銀財宝を持ち帰って、お城をどかーんと大きくすれば、巨人がきたってへっちゃらへいきなの。つまりこれは、みんなのためになることなの」
「まあ、りくつはそうなりますけど……」
「そしてハーディンは騎士なんだよ。この女王なつきに仕える、強い男なんだよ。ドラゴンがこわいから行きませんなんて、ぜんぜん騎士らしくない! 『もしドラゴンがいて、おそってきたら、僕が食べられているあいだに女王様はにげてください』くらいのことはいわなくちゃ」
「うわあ……。ひどくないですか、それ」
「つべこべいってないで、したくをして。洞窟ってことは中はまっくらだから、松明とか、ランタンとか、明かりがいるわね。あと、おなかがすいた時にそなえて、お弁当や水筒もいる。そうそう、洞窟の中が迷路みたいにややこしくて帰り道がわからなくなったらたいへんだから、なにかしるしをつけながら先へ進んだほうがいいと思う。そうなると、チョークがあったほうがいいかな。さ、ハーディン。じゅんびして。それとも、女王であるあたしを一人で行かせる気なの?」
ハーディンは「うーん……」と考えこんでしまいました。
けれど、うんうんうなったすえに、「じゃあ、用意します。でも、あぶなそうだったら、すぐに帰りましょう」といいました。
「よおーし! じゃ、ハーディンのおじいさんとおばあさんには、こういって。『女王様がこのあたりのことをくわしく知りたいといっているので、あちこち案内してくる。帰りはおそくなるけど心配しないで』って」
「おじいちゃんとおばあちゃんに、うそをつけっていうんですか? はあ……。とんでもないことになっちゃったなあ」
ハーディンはためいきをつきましたが、なつきはやる気でした。いいえ、なつきはすでに、ドラゴンの洞窟から金銀財宝をたくさん持ち帰る自分を想像して、楽しくてしかたないくらいだったのです。