女王なつきとお城のタネ 3章
三
目をさまして………さあ……。
どこか遠くから、そううながす声が聞こえてきます。
(あれ? 誰かあたしを呼んだ?)
はっとして目をさましたなつきは、「えっ? あれっ?」とうろたえました。
なつきは、ひろびろとした部屋につっ立っていました。壁も床も白一色、大きな窓からはいっぱいに光がさしこんで、とても明るい部屋です。壁ぎわには、大きなタンス、本棚、壺などのほか、見たこともない植物がはえている大きな鉢が数えきれないほどたくさん並んでいます。
部屋の中央には天蓋つきの大きなベッドがでんと置かれていて、ベッドの上には、つややかな薄緑色の絹の寝間着を着た、美しい女の人が寝そべっていました。
その人はなつきにむかってやさしくほほえみかけながら、手まねきしています。
(これって、夢……?)
なつきはとまどいました。というのも、夢にしては、なにもかもがあまりにもはっきりしすぎているのです。
「あなたは、わたくしが用意した、魔法の本を手にとった女の子ですね? おそれることはありません、さあ、わたくしのそばへ」
なつきはちょっとためらったものの、手まねきされるまま、ベッドのそばへゆきました。
女の人は、白い肌、薄緑色の髪、金色の瞳と、どう見ても日本人ではありませんでした。いいえ、こんな髪の色や目の色をした人は、なつきの住んでいる世界にはいないはずです。
「あのう、あなたは誰ですか? ここはどこですか?」
なつきはきょろきょろと部屋を見回してから、女の人に視線をもどしました。
「自己紹介しましょう。わたくしの名はエルメディア。草木と水の恵みをつかさどる女神です。ここはわたくしのささやかな住まいです」
女の人はとてもすんだ響きの声でそう名のりました。でも、あいかわらずベッドに身体を横たえて起きあがろうとはしません。といって、なつきの見たところ、病気や怪我をしているようには見えませんでした。
「えーと、あたしはなつき……渡邊夏姫です」
「なつき。よい名前ですね。あなたは魔法の本である、『女王様になれる本』を手にとりましたね」
「えっ? はい。といっても、なにもかかれていない本でしたけど」
「そうでしょう。なぜならあの本には、あなたが女王としてつむぐ物語が、これから少しずつ記されてゆくのです。いつの日か物語が終わったなら、あの本の書名は『女王様になれる本』から、『女王様になった本』へと変わることでしょう……」
「あのう、いっている意味がよくわからないんですけど」
「まあ、お聞きなさい。なつき、あなたは女王になりたいと、強く願っていますね?」
「はい」
「そういう女の子でなければ、そもそもあの魔法の本を手にとることはできないのです。わたくしが、あなたのその願いをかなえてあげましょう」
「ええっ! ほ、ほんとうに? ほんとうですか、それ! じゃ、願いをかなえてくださいっ! すぐに!」
なつきがすごいいきおいでまくしたてると、女神エルメディアはおどろいた様子で目を丸くしました。
「落ちついて。いいですか、わたくしはとある世界の、草木と水の恵みをつかさどる女神です。その世界の片隅に、わたくしを信じて、あがめてくれる人たち……緑の民が住んでいます。わたくしはその人たちにもっとよい暮らしをさせてあげたいのですが、わたくしは女神といっても、たいした力は持っていません」
「はあ」
「そこでわたくしは、彼らをみちびいて幸せにしてくれる、力強い女王をどこかからつれてこようと思いつきました。そこで、しりあいの神にたのんで魔法の本――『女王様になれる本』を作ってもらい、あなたをここに呼びよせたのです」
「とにかく、あたしを女王にしてくれるんですね? あたし、女王様になれるんですね?」
「ええ。といっても、わたくしは大きな力を持っていませんので、あなたが女王となれるように、少しお手伝いをしてあげるだけです」
エルメディアは大きな枕の下に手をさしこんで、小さな箱をとりだしました。
宝石がはめこまれた、きらびやかな箱です。女神は箱のふたを外して、中身をそっとつまみだしました。
「なんですか、それ。タネ?」
なつきは目をしばたたきました。アーモンドみたいな形ですが、ふた回りくらい大きいタネです。
「この部屋には、たくさんの鉢植えがあるでしょう? どれもこれも、わたくしがたいせつに育てている、とてもめずらしい、魔法の草木です。そしてこれは、そんな魔法の草木のひとつからとれた、特別な力をもつタネ……お城のタネです。これを下界の普通の土に植えると、お城が生えてきます」
女神はとんでもないことをいいました。
「ええっ! お城、ですか」
「そうです。といっても、まずは芽として小さなお城が生えてくるだけです」
「はあ」
「でもそのお城は、土や石や鉄などを食べて、どんどん大きくなります。生えてきたお城には口がありますから、あなたが食べさせてあげてください。ああ、これを注意しておかないと。最初のうちは、赤ちゃんがミルクしか飲めないのと同じで、砂を水でねったやわらかい泥でないと食べられないの。でも、お城が大きくなり、口も大きくなって歯が生えたら、石や鉄のようなかたいものも食べられるようになります」
「うわー! じゃあ、大きなお城に育てれば、あたし、そのお城の主、女王になれるってわけですね!」
なつきは目をかがやかせました。わくわくが止まりません!
「ええ、そういうことです。大きなお城があれば女王としてかっこうがつくと思いますし、お城はがんじょうですから、緑の民がおそろしい生き物から身を守るのにも役立つことでしょう」
「そのタネ、くださいっ!」
「もちろん、わたくしはそのつもりです。だけど、なつき。このタネを、ただであげるわけにはいきません」
「ええ……。あたし小学生だし、お金はらえっていわれても、たいしてもってないですよ。まあ、お年玉はほとんど貯金しているから銀行からおろせばあるていどはありますけど」
「お金などいりません。わたくしと約束してほしいのです。わたくしをあがめてくれる緑の民が、もっと良いくらしをできるように、力をつくすと……。みんなが心から尊敬し、たよりにする、そんな良い女王になると……」
「心配いりません! あたし、ハートの女王とか雪の女王とか、劇で悪い女王をたくさん演じてきましたけど、なりたいのは、みんなに好かれる良い女王ですから! まかせてくださいっ!」
なつきは胸をはって、大きな声でいいはなちました。
「まあ! なんてたのもしい! では、なつき。あなたにこのお城のタネをさずけます。どうかあなたに、たくさんの幸運があらんことを!」
女神がお城のタネをさしだしたので、なつきはいっぱいの笑顔になって受けとりました。
すると、窓からさしこむ光がかがやきを増して、部屋は白く……白く……光にのみこまれるように白くそまってゆきました。