女王なつきとお城のタネ 10章
十
「おれは……巨人族の族長、マホンといいます」
すっかりうちのめされた皮ぼうしの巨人は、大きな身体をちぢめるように肩をおとして話しはじめました。
「おれたち巨人は、見てのとおり身体が大きいので、たくさん食べなければ死んでしまいます。おれたちは、むかしむかしのそのむかし、ここよりずっと東のほうにある山でくらしていたのですが、なにもかも食べつくしてしまいまして……。もっと食べものがある、ゆたかな場所にうつり住まないことには生きてゆけないので、今くらしている、あの東の森にうつり住んだんです」
「ふーん。ハーディンのおじいさんが子どもだったころ……もうずっとまえの話だよね」
なつきがかくにんすると、マホンはうなずきました。
「そうです。しかし、その東の森も食べものがみちあふれているわけではなくて……。だから、おれたちは、小さな人たちの作物やブタなどを、そのう、しかたなしに、ちょっと、もらうようになったんです……」
「ふざけるな! あの森は、イノシシやシカがいっぱいいて、木の実もたくさんとれる! 食べものがたくさんあるゆたかな森じゃないか! だいたい、おれたちのたいせつな作物やブタを、力づくでうばい、『したかなしに、ちょっと』とはなんだ!」
猟師のアルダがするどく問いつめました。
「そうだそうだ! ふざけるなバカヤロー!」
「だいたいおまえら、『食べ物をわけてください』なんていったこと、いちどもないだろう!」
「いつも、いきなりやってきて、ものもいわず、かってにおれたちのたいせつな作物やウシをうばっていったくせに!」
「いまさらなんだ! おれたちにさんざんめいわくをかけておいて、なんだ!」
「いまになって同情を買おうってのか! ひきょうだぞ、おまえたちは!」
アルダにつづいてみんながすさまじいいきおいでののしります。マホンはもうしわけなさそうにますます身体を小さくちぢめ、ほかの巨人たちもいいかえす言葉がない様子で肩を落とすばかりでした。
「む、む……。そう、ほんとうにすまないことをした……。なにをいってもいいわけになってしまうと思う……。しかし、おれたちは、根こそぎうばうのは悪いと思って、なるべく、手かげんしたつもりで……」
「どうあれ、人のたいせつなものをかってに持ってゆくなんてだめでしょうが!」
なつきがあたりの空気をびりびりとふるわせるほどの大声でどなりつけると、マホンは「すみませんでした、ほんとうに」とあやまりました。
「でも、おれたちは見てのとおり身体が大きくて、たくさん食べなければ生きてゆけないのに、食べられるものがすくないのです。イノシシやシカなどの動物はすばやいのでめったにつかまえられないし、木の実などは小さすぎて集められません。おもに、大きなキノコだとか、ヤマイモだとか、石で川をせきとめてとる大きめの魚だとか、うごきのおそいカメだとか、サンショウウオだとか、そういうものを食べているのですが……。食べるりょうが多いので、すぐにとりつくしてしまうのです……」
「ふうん」
なつきは少し考えました。
「バルダルフがいうには、何人かの巨人が財宝をねらってやってきたことがあったらしいけど……。あれってもしかして、財宝じゃなくて魚がねらいだったんじゃない?」
「うん? ええ、そうです。あの洞窟にながれこんでいる川には大きなマスがたくさんすんでいます。ドラゴンのような、巨人よりも大きくてたくさんの食べ物がいる生き物が住んでいるとなれば、洞窟の奥へゆけばそうした魚がもっともっとたくさんとれるのではないか……と考えたのです。ドラゴンがすんでいる洞窟なのでこわいけれど、とにかく行ってたしかめてみようということになり、ゲイラという名のわかい巨人がなかまたちをひきつれてむかったことがありました」
「フン! そいつがこのオレにやりをさしてにげた巨人か? おかげでこのオレがどんなに長いあいだ苦しんだことか! 女王様、こんな悪いやつらはみなごろしにしてしまいましょう!」
バルダルフがこわいことをいってにらみつけたので、マホンは深くうなだれました。
「バルダルフ。今、あたしが話しているのよ」
なつきはバルダルフをだまらせて、マホンを見つめながら考えこみました。
「……マホン」
「はい」
「巨人にも、女や子どもはいるの?」
「ええ、もちろんです。このあいだの冬がひどく寒かったせいか、この春は森でとれる食べ物がすくなくて、みんなひもじい思いをしています。それで、悪いこととは思いながらも、小さい人の村から、食べ物をとってこようということになったのです。その……みなさんには、もうしわけないことですが、おれたちも死にたくはなかったので……」
「東の森に住んでいる巨人って、ぜんぶで何人くらい?」
「赤ちゃんや老人もすべてふくめて、ざっと八十人ほどでしょうか」
「うーん……。緑の民は、この村を見ればわかるように野菜や穀物を育てたり、ブタやウシを育てたりしているけど、巨人はそういうことをしていないの?」
「そのう、やりかたを知りませんし……。遠くからみなさんのすることをながめたこともありますが、小さなタネをまいたり、ニワトリがにげないようにするかこいを作ったり、そういうこまかいことは、おれたちにはできないので……」
「…………」
なつきは、ここでまた考えこんでから、村長のホダインをみました。
「ホダインさん」
「はい、なんでしょう」
「あたし、バルダルフから財宝を半分もらったの。金貨や銀貨がどっさりあるの。それで聞きたいんだけど、南に大きな町があるっていってたよね」
「ええ、ポルカナルの町ですな。少し遠いのですが」
「交易がさかんな町だともいってたよね。そうなると、お金さえあれば、たいがいのものは手に入るってこと?」
「ええ、はい」
なつきは大きくうなずきました。
「じゃあ、こうしましょう。マホン、この女王なつきが、あなたたい巨人をたすけてあげる。南にあるポルカナルの町でたくさんの食べ物を買いつけてきて、それを食べさせてあげる」
えっ! とホダインたちはいっせいに目をむきました。
「女王様! こんならんぼうなやつらを信用するのは危険です!」
「そうです、そうです! そんするだけですよ!」
止めようとする声また声に、なつきは「そうかもしれない」とうなずきました。
「でもね、あたしは良い女王だから。ひどいことするやつはゆるさないけど、でも、みんなに好かれる女王をめざしているから。だから、この巨人たちをたすけてあげたいと思うの。ただし!」
なつきはぐっと目に力をこめてマホンを見上げました。
「ただたすけてあげるわけじゃないよ。いいこと、マホン。村からちょっとはなれたところに、広い草原があるのは知っているでしょ」
「はい」
「緑の民から、野菜や作物を育てる方法を教わって、あの草原をたがやし、自分たちの畑をつくりなさい。ブタやウシの飼いかたも教わりなさい。巨人が苦手な、タネまきとかそういうこまかいことは、緑の民がかわりにやってあげる。ぎゃくに巨人たちは、土をおこして畑をたがやすとか、木を切りたおすとか、そういう力仕事をするの。そうやって、いちいち森で魚やキノコをとらなくても、食べてゆけるようにするの」
おおっ、とマホンをはじめ、巨人たちはどよめきました。
「そうしていただけると、とてもたすかります!」
「あたらしい畑にまくタネや、あたらしく育てるウシなんかも、あたしがバルダルフからもらった財宝で買ってあげる。だけど、これもやくそくしてもらう。まず……今後は東の森に、緑の民が自由に入れるようにすること。そうすれば、緑の民はあの森でイノシシやシカをしとめたり、木の実を集めることができたり、いろいろとたすかるから。そうでしょ?」
なつきがたずねると、アルダが「ええ、まあ、たしかに」と、ややためらいがちにうなずきました。
「それと、もうひとつ。巨人たちも、このあたし、渡邊夏姫を女王としてみとめること。今までいちばんえらかったのは族長のマホンでも、これからは、いちばんえらいのは女王なつき。これをみとめなさい」
マホンはめんくらったようにぱちぱちとまばたきをしましたが、べつだんまようこともなく、「ほんとうに、おれたちみんなが飢えずにすむのなら、それでかまいません」とこたえました。
なつきは、にっこり笑いました。
「誰か、反対する人はいる? もしいるなら、いま、この場で、あたしにいって」
緑の民を、巨人たちを、バルダルフを、ぐるっとながめわたします。バルダルフがマホンをにらんで「オレは……」となにごとかいいかけましたが、ほかに誰もなつきに反対する人がいないようだと見てとると、ガチン! と牙をかみ鳴らして口をとざしました。
「じゃ、決まりね」
なつきは額にはめていたティアラをはずすと、この美しくて高価な装身具を、しばしじっと見つめました。
それから、「これ、町で売っちゃって」と、ティアラをホダインにさしだしました。
「よろしいのですか、女王様」
「うん。いいの」
ほほえんで、なつきは空を見上げました。
とてもいいお天気です。空は青くて、白い雲がぷかぷかとのどかに流れています。
なつきはしばらく空をながめてから、お城がたつ草原のほうへと目をむけました。
村からだと草原が見えません。だから、お城も見えません。
でもなつきは、ここからでも見えるくらい大きく育った、まだ見ぬ未来のお城のすがたを思いえがきました。
まだ金銀財宝をドラゴンの洞窟から運んできていません。
そこでなつきは、バルダルフに、医者の手あてをうけたら、やくそくどおり財宝の半分を村へ運ぶようにと命じました。
また村長のホダインには、財宝がとどいたら、すぐに南の町へむけて買い出しにむかう手はずをととのえるようにと命じました。
マホンには、すべての巨人たちを東の森からよびよせるようにと命じました。また、南の町へむかう買い出しは行きも帰りも大荷物になるでしょうから、巨人たちが何人かいっしょに行って運ぶのを手つだうように、ともつけくわえました。
こうしていろいろなだんどりを決めおえると、なつきはハーディンといっしょに草原へとむかいました。
なつきの小さなお城にひなんしていた村の子どもたちは、すでにお城を出て、村へともどっていました。だから、お城はもうからっぽで、がらんとしていました。
「ちょっぴり、もったいなかったですね」
小さなお城を見あげて、なにもいわずにたたずむなつきを眺め、ハーディンが声をかけました。
「うん。たくさんの財宝を食べさせれば、ひといきに、あたしのこのお城を、どかーんと大きくできたはず……」
「でも、女王様。巨人たちをゆるして、それどころかたすけてあげるなんて、なかなかできることじゃないと思います。僕、女王様の騎士でよかったって、ほこりに思います」
「うーん、どうかなあ……」
なつきはためいきをひとつつきました。
「バルダルフは、あたしがたすけてあげたのに、やくそくをやぶろうとしたでしょ」
「……ええ」
「巨人たちだって、このあと、どうなるかはわからないよ。あたしがやさしくしてあげたのに、その恩をわすれるかもしれない」
「…………」
「このあと……巨人たちがまじめにはたらいて、畑をたがやして、家畜を育てて、もうほかの人のものをうばわずに生きてゆけるようになって、ゆるしてあげたあたしや緑の民に恩をかえすためいろいろな力仕事をこなすようになってくれたなら……。そしたら、あたしのしたことは正しかったってことになる。だけど、もしそうならなかったら、あたしのしたことはまちがっていたってことになる」
「きっと、巨人たちは、女王様のきびしいけどやさしい心づかいに感謝しますよ。ドラゴンのバルダルフさんもそうだけれど、女王様がマホンさんと話をしているところを見ていたら、巨人たちはそれほど悪いやつらじゃないって思えてきました」
「そう」
「巨人たちは、しばらくはなれない仕事をたくさんこなさなくちゃなりません。村のみんなも、しばらくは巨人たちにあれこれ教えたり手つだってあげたりしなくちゃなりません。みんな、とてもいそがしいことになると思います。だけど、おちついたら、巨人たちは……女王様のこのお城を大きくしようと、手つだってくれるはずです。あんなにも力もちの人たちですから、大きな岩をたくさん運んできて、いっぱいこのお城に食べさせて、そして――このお城は、いつか、世界でいちばん大きなお城になるはずです」
「うん。そうなってくれたらいいな、って思う。このお城がそんなふうになったら、あたしがしたことは正しかったんだってことになる。あたしは、正しいことをした女王だったってことになる……」
「それに、女王様。バルダルフさんからわけてもらった金銀財宝は、巨人たちの食べ物やあたらしいタネや家畜を買うお金として、ひとまずは消えてしまうけれど……。緑の民がむかしすんでいたあの東の森には、砂金がとれる川があるそうです」
「ああ、うん。村長のホダインさんが、そんなことをいっていたよね」
「おじいちゃんから、砂金の話を聞いたことがあります。川の砂に、小さな金のつぶが混じっているんです。ザルをつかって川底の砂をすくいとり、水につけながらかるくゆすると、金は重いのでザルのへこんでいるまんなかあたりに集まるんです」
「その砂金だけど、いっぱいとれるの? 金が?」
「いえ、一日つづけても、ほんのひとつまみの金しか集められないそうです。だけど、みんなが女王様に感謝して、女王様のために砂金を集めようってことになれば……。ほんのひとつまみの量でも、何十人、何百人って分の『ひとつまみ』なら……。けっこうな量になると思います」
「その金を、このお城に食べさせてあげれば、ごうかな玉座やシャンデリアが生えてくるかも」
「きっとそうなりますよ」
「まあとにかく、巨人たちがあたらしい生活をできるようになって、緑の民も巨人たちもひとまずおちつかないことには、ね」
「ええ。だけど、いつかそういう日が来ます。なぜか、女王様を見ていると、そんな気がしてくるんです」
「ありがとう。ハーディンにそういってもらえて、少し、気がらくになったかも」
「僕は――」
ハーディンはふと、遠くにたつ自分の家を見やり、それからなつきに視線をもどしました。
「僕は女王様みたいに、『ぜったいに女王になる!』みたいな夢って、とくにありませんでした。これまでは、おじいちゃんとおばあちゃんを手つだって、ニワトリのせわをしたり、畑をたがやしたりして、毎日毎日おなじことのくりかえしだけれど、それでふまんもなかったし、しあわせ……だったんだと思います。でも、今、僕には夢ができたんです。女王様につかえる騎士として、女王様のことをずっとたすけていきたいって、心からそう思います」
「……ハーディン……」
なつきとハーディンは、しばらくのあいだ、草のかおりをふくんだ風を頬に感じながら、見つめあっていました。
やがてなつきは、そばにころがっていた一本のシャベルをとりあげると、お城の口がある裏手にまわりました。
ハーディンもシャベルをひろって、なつきのあとにつづきます。
このお城、口はあっても目や耳らしいものはまったくありません。人間の言葉がわかるほどの知恵があるのかどうか、それもわかりません。
でもなつきは、「ねえ」とお城に話しかけました。
「あたしのお城。この女王なつきのお城……。ほんとはね、ドラゴンの洞窟からもってきた、たくさんの金や銀を食べさせてあげるはずだったの。それはおいしくて、栄養があって、あなたは、どーんとひといきに大きなお城になれるはずだったの」
お城はなにもこたえません。ただただ、夕暮れの赤い光をあびているばかりです。
「だけど、あたしは毎日少しずつでも、あれこれ食べさせて、あなたを大きくするから。はっきりいうけど、お城のタネをくれた女神エルメディアは、いまひとつたよりないのよ。だから、あたしは大きなお城が必要なの。巨人やドラゴンよりも強くておそろしい敵がきても、みんなを守ってあげられる、世界でいちばんがんじょうなお城がほしいの。そういうお城があれば、女王なつきとしてもあんしんできるの。だから、もっともっと……大きくなってね」
なつきは足もとの土をシャベルですくいとり、お城の口にほうりこみました。
「女王様。僕も毎日手つだいます。僕は、女王様につかえる騎士ですから」
ハーディンも、土をシャベルですくいとっては、お城の口にほうりこみます。
お城はもぐもぐと口を動かし、がりがりごりごり音を立てて石や土をかみくだいては、飲みこんでゆきます。
(ねえ、ゆきちゃん)
ふと、なつきは、今はニューヨークにいるはずのゆきちゃんの顔を思いうかべました。
(ゆきちゃんは、女優になる夢にむかってけいこをはじめているんだよね。あたしも、毎日、女王になる夢にむかってがんばるよ。あたし、女王になったけど、小さなお城にすむ小さな国の女王でおわる気はないの。大きなお城にすむ、大きな国の女王になるんだ! ゆきちゃん、いつの日か、夢をかなえて、また会えたらいいね)
親友のゆきちゃんがそばにいなくても、なつきはもうさびしくありませんでした。いいえ、まだちょっぴりさびしかたけれど、でも、心が重くなってしまうほどには……さびしくありませんでした。
なつきとハーディンはあたりがすっかり暗くなるまでせっせとシャベルを動かしてしましたが、やがて手をとめました。
「ハーディン。今日はこのへんできりあげよっか」
「ええ。おばあちゃんが、シチューをつくって僕たちの帰りを待っています」
「あのシチュー、すっごくおいしいよね!」
女王と騎士はならんで歩きはじめました。
なつきはまだ子どもです。女神にお城のタネをもらったけれど、魔法のお城はまだ小さいままです。くろうして手に入れた、いかにも女王らしい、すてきなティアラも手ばなしてしまいました。
でも、なつきは女王でした。
ハーディンも、まだ子どもです。剣も鎧ももっていないし、剣術も馬術も知りません。
でも、ハーディンはなつきにつかえる騎士でした。
女王なつきとお城のタネ 了




