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女王なつきとお城のタネ  作者: 吉村夜
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女王なつきとお城のタネ 1章

 この『女王なつきとお(しろ)のタネ』は、(しよ)(はん)()(じよう)でお(くら)(いり)となった(げん)稿(こう)のひとつです。いわゆる()(どう)(しよ)……小学生から中学生くらいの子を読者と(そう)(てい)してかいたものですが、(ない)(よう)としては、女の子が(しゆ)(じん)(こう)()()(かい)(てん)()であり、(げん)(こん)のライトノベルにかなり近いものになっています。おとなになったら女王様になる! というメチャクチャ……もとい大きな(ゆめ)をいだく小学六年生の女の子・なつきが、異世界で、ほんものの女王様になるためがんばります。




   女王なつきとお城のタネ


                           作・(よし)(むら) (よる)



 なつきは飛行機に乗ったことがありません。成田空港へ来たのは、生まれて初めてのことでした。そんなわけで、なつきにとってたくさんの外国人や滑走路に並ぶ飛行機はとても目をひくものでした。

 けれど残念ながら、今のなつきには眺めを楽しめる心のよゆうはありませんでした。

「ゆきちゃん、元気でね」

 なつきは、ともすれば泣きそうになるのをこらえて、親友のゆきちゃんにいいました。

「うん。わたし、なっちゃんに手紙をかくから。きっと、かくから……」

 ゆきちゃんもわかれが辛くてたまらないらしく、目に涙をうかべていました。

 なつきとゆきちゃんは、同じ団地で育ち、幼稚園生の年少組の時から小学六年生の今にいたるまで、ずっと、ずっと、ずうっと……友達でした。

 でもゆきちゃんは、お父さんの仕事のつごうで、ニューヨークへ引っ越すことになったのです。

 なつきは今、お父さんお母さんといっしょに、ゆきちゃんの家族を見送るため、成田空港に来ているのです……。

「あ。ゆきちゃん、手紙のことだけど。うちのパパとママ、今まではずっと、あたしがスマホを持つの、ゆるしてくれなかったのね。だけど来年はもう中学生になることだし、ゆきちゃんとメールやLINE(ライン)で気軽に連絡できるようにって、買ってくれることになったの」

「そうなの? じゃあ、えっと、ちょっと待ってて」

 ゆきちゃんは肩にかけていたかばんからメモ帳をとりだすと、さらさらとなにかかいてそのページを破り、なつきに渡してくれました。

「これ、わたしのメールアドレス」

「ありがとう。スマホを買ってもらったら、すぐにメールするね!」

「うん!」

「それにしても……ニューヨークかあ……」

「英語なんてぜんぜんできないから、不安だけど……でもね、楽しみなこともあるの」

「どんな? ニューヨークヤンキースの試合を生で観られることとか?」

「ううん。じつはね――」

 ゆきちゃんは、なつきをじっと見つめました。その(ひとみ)は、今までの(なみだ)ぐんでいたゆきちゃんのものとはちがっていました。

「わたし、ニューヨークに行ったらスクールに入るの。普通の学校って意味じゃなくて、(えん)(げき)のスクール。(はい)(ゆう)(じよ)(ゆう)をめざす子どもたちが演技を本気で学ぶところなの」

「えっ! じゃあ、ゆきちゃんは……本気で、(しよう)(らい)は女優になるつもりなの?」

「うん。そういう(しよく)(ぎよう)で成功できる人は、ほんのひと握りだって聞くけど、でも……やってみたいって思うの」

 なつきはまじまじと、ゆきちゃんを見つめ返しました。

 ゆきちゃんは小柄で、細っこくて、(よう)()(えん)でも小学校でも、男子にいじわるされてすぐ泣いちゃうような子でした。いっぽう、なつきは通信簿に『ちょっとらんぼうなところがあります。なおしましょう』ってかかれてしまうくらいケンカっぱやくて、大親友のゆきちゃんにいじわるする子を、ものすごい勢いでひっぱたいたことが何度もあります。

 だけど、今のゆきちゃんからは……ニューヨークへ行くことになって不安もいっぱいあるはずなのに、不思議な力強さが感じられました。自分の足で、どんな遠いところへでも歩いていってしまいそうな――それは、そんな力強さでした。

「ゆき。なごりおしいだろうけど、そろそろ、(とう)(じよう)ゲートへ行かないと」

 と、ゆきちゃんのお父さんが、うながしました。

「なっちゃん。はなればなれになっても、ずっと、ゆきのお友達でいてね」

 ゆきちゃんのお母さんがそうつげると、なつきのお母さんが、「いえ、こちらこそ。ゆきちゃん、いつまでもなつきのお友達でいてね」といいました。

「さようなら。でも、またお会いしましょう」

 なつきのお父さんが、そういって、なつきの肩をたたきました。

 なつきはふいに、今までになく強い悲しみがこみあげてきて、泣きそうになりました。でも、今泣いてしまったら、ゆきちゃんがわあわあ泣き出してしまうような気がして、ぐっとこらえました。

「ゆきちゃん、さようなら。だけど、また会おうね!」

「うん! また……また、いつか会おうね。なっちゃん!」




 ゆきちゃんたちを乗せた飛行機が飛び立って空のかなたへ消えてしまうと、なつきはなんだかどっとつかれてしまいました。

 心にぽっかりと穴があいて、その穴から力がどんどん抜けてゆくような気分でした。

「それにしても、ニューヨークで演劇スクールに入るなんて。ほんきで女優をめざすなんて。ゆきちゃん、ひよわそうな見た目だけれど、芯の強い子なんだなあ」

 車を運転して家へと走らせながら、なつきのお父さんは感心したようにつぶやきました。

「思えば、幼稚園の劇で『ふしぎの国のアリス』をやって以来、なつきとゆきちゃんはずっといっしょにやってきたのよね、いろんな劇を……」

 助手席に座っていたお母さんが、後部座席のなつきを振り返りました。

「うん。ゆきちゃんがアリス役で、あたしはハートの女王役だった。あれがすっごく楽しくて、また劇をやりたくて、それで、小学校で演劇クラブに入ったの」

 『ふしぎの国のアリス』は、アリスという名前の女の子が白いウサギの後を追ってヘンテコな世界にまよいこみ、いろんな冒険をするお話です。アリスはいうまでもなく主人公。ハートの女王は、たくさんの()(らい)をしたがえてアリスをつかまえ、死刑にしようとする悪い人です。ゲームやアニメでいうところの一番悪いやつ、ラスボスです。

「ゆきちゃん、ひょっとしたら、将来は有名な女優になるかもしれないぞ。お父さん、なつきとゆきちゃんの劇を何度もみてきたけれど、二人とも子どもとは思えないくらいうまいなあって思っていたんだ。とくに、ほら、去年やったあれ、なんていったっけ」

「ああ……『雪の女王』?」

「そう、それだ。『雪の女王』。なつきが演じた雪の女王も、ゆきちゃんが演じたゲルダも、とてもよかった。お父さん、思わず見入ってしまったよ」

 ちなみに『雪の女王』は、カイという少年を恐ろしい雪の女王がつれさってしまい、カイと仲よしだったゲルダという少女が、カイを連れもどすために冒険するお話です。ゲルダが主人公、雪の女王は悪役です。

「大人になったら女優になりたい、だから演劇のスクールに入る……。すてきね、夢をもって生きるって。ねえ、なつき。お母さん、思うんだけど――もしもなつきが、ゆきちゃんみたいに将来は女優になりたいって夢を持っているのなら、おうえんするわよ。なつきはそのへん、どうなの?」

「え? うーん……」

 お母さんにたずねられ、なつきは口ごもりました。

 そうして、いおうかいうまいか少しまよったものの、いってみることにしました。

「あたしも夢はあるよ。将来、なりたいものがある」

「まあ! ゆきちゃんと同じように、女優になりたいの?」

「ううん、ちがう」

「あら。じゃあ、なにになりたいの?」

「あたし、女王様になりたい」

「えっ……」

「あたしね、ゆきちゃんといっしょに劇をやってきたけど、ゆきちゃんみたいに、いろんな役を演じるのが楽しかったわけじゃないの。女王様役を演じるのがとにかく楽しくて、だからやってたの。あたし――幼稚園でハートの女王を演じてからずっと、将来は女王様になりたいなって思いつづけてきたの。たくさんの家来をしたがえて、大きなお(しろ)でくらしている、国じゅうで一番えらい人! いいよね、女王様って。そう思わない?」

 …………。

 ……………………。

 なつきは大まじめにいったのです。でも、お父さんもお母さんもおしだまって、車の中にはなんともいえない空気がただよいました。

 もっとも、なつきのほうでも、お父さんとお母さんがこまり顔になることは、だいたい予想がついていました。

「あのねえ、なつき」

 お母さんはため息をつきました。

「女優になりたい、それなら話はわかるわ。努力すればなれるかもしれない職業だから。だけど、女王様なんて……。そんなの、なれっこないでしょ」

「どうして? イギリスには女王がいるし、ほかにも女王がいる国はあるでしょ」

「そうだけど、そんなの、なろうとしてなれるものじゃないわ」

「なんでそう決めつけるのよ!」

 なつきはむっとして声をあららげました。

「まあ……なんだ。女王様なんて、そうかんたんになれるものじゃないけれど、ぜったいになれないかといえば、そんなことないんじゃないか。ほら、『グレース・オブ・モナコ』って映画があっただろう。モナコの王様と(けつ)(こん)して(おう)()になった、ハリウッドの有名な女優のグレース・ケリーのお話――」

 お父さんがなつきをなだめるようにいいました。でも、なつきが後部座席から見たところ、バックミラーに映るお父さんの顔はにが笑いしていて、心では(いくらなんでも女王様になるなんてむりだろう)と思っているのが明らかでした。

「……ふん」

 なつきはもうすっかりヘソを曲げて、お父さんやお母さんと話す気がなくなり、(まど)の外に流れる(ふう)(けい)を眺めました。

大人(おとな)って、どうしてこう、かってなんだろう!)

 なつきがまだ小さかったころ、そう、幼稚園生だったころ……。そのころから、なつきは「あたし、おっきくなったら、じょおうさまになるっ!」とよく口にしていました。そんななつきに、お父さんとお母さんはにこにこ笑って「すてきな(ゆめ)だね」といってくれたものです。

 それが、小学六年生になった今は、どうでしょう。お父さんもお母さんも、なつきが「大人になったら女王様になる!」といおうものなら、そんなのむりむりぜったいむりという(たい)()をとるのです。夢を持つのはいいことだ、なんていいながら、なつきが夢を口にすると、ばかにするのです。

(あたし、なにもハートの女王や雪の女王みたいな悪い女王になりたいわけじゃなくて、いい女王になりたいって思っているのに。大きなお城に住んで、たくさんの(しん)()に囲まれている、国で一番えらい人! 悪い人を(さば)いたり、いい人にごほうびをあげたり、みんながいいくらしをできるように道を作ったり()()をほったり……。そういう、いい女王になりたい。それって、とてもいいことじゃないの。あたしは夢がかなって女王様になり、ほかのみんなも、あたしって女王がいるおかげでいいくらしができるんだから!)

 もちろん、なつきだって、女王様になるなんてかんたんなことじゃない、そのくらいのことはわかっています。

(だけどあたし、それでも女王様になりたい。どうしてもなりたいっ!)

 なつきは本気で、心から、そう思い続けているのです。なにしろなつきの本名は、(わたな)()夏姫(なつき)です。夏のお姫様とかいて、なつき、なのです。英語でいうなら、サマープリンセスです。もう名前からして、自分は女王様とか王女様とか、そういうものになるために生まれてきたにちがいない、とさえ思えるのです。

「そのう……なつき。お父さんがさっき口にした『グレース・オブ・モナコ』って映画だけど。あんな風に有名な女優から王妃になった人もいるんだし、さしあたり、女王様になれるかどうかはおいといて、なつきもゆきちゃんみたいに(ほん)(かく)(てき)な演劇の勉強をしてみたら? お母さん、そういう夢ならおうえんするつもりでいるけれど」

 お母さんがたずねましたが、なつきはそっぽをむいたままなにもこたえませんでした。

 なつきがなりたいのは女優じゃないんです。女王様なんです!

 その日、家に帰ると、なつきは晩ごはんをむっしゃむっしゃとたくさん食べました。そうして、さっさとお()()に入り、さっさとベッドに入りました。

 電気を消して暗い(てん)(じよう)を見上げていると、なぜか……いろんな思いが心にうかんできました。

(ゆきちゃん。ずっと(とも)(だち)だったけど、明日からはもう会えないんだ)

(さびしいな……)

(ゆきちゃん泣き虫だけど、ニューヨークでちゃんとやっていけるかな……)

(だけど、演劇スクールに通って女優をめざすって話をした時のゆきちゃん、今まであたしが見たことないくらい、力強かった)

(ゆきちゃん、女優になる夢をめざして、歩いてゆくんだ……)

(いいなあ。あたしも、女王様になる夢をめざして、歩いてゆきたい……)

(どこかに、女王様になるために必要なことを教えてくれる学校ないかなあ。女王様スクール、みたいな)

(あたしとゆきちゃん、ひょっとしたらもう、大人になるまで会えないかもしれない。大人になった時、あたしは女王様、ゆきちゃんは女優、二人とも夢をかなえて会えたら、どんなにいいだろう……)

 なつきは、なんだか悲しくなってきて、くすんと鼻を鳴らしました。



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