最終話
Side紅。
再会、別離、新たなる出会い。それは、終わりであり、始まり。
魔女も知らない物語。
私は、シオンを探していた。ロザリアは茶希もついているし、炎の魔女の出番は、もう必要ないと判断した…なんていうのは言い訳で、私は急にシオンが姿を消したことが不安だった。いわゆる、虫の知らせという奴だったのかもしれない。
シオンはすぐに見つかった。庭園で俯き、しゃがみこんでいる。
気分でも悪いのかと、心配で駆け寄ると、いきなり抱きしめられた。
「悪い。しばらく、このままでいてくれ」
抱きしめられているから、表情は見えない。だけど、その声が消えてしまいそうなくらい弱く聞こえたから、私は黙ってシオンに寄りかかった
「サンキュー」
シオンは優しく私を抱き締めた。
「紅、聞きたいことがある」
「なぁに」
私は、優しく返事をした。しかし、質問はあまりに意外なものだった。
「紫苑の墓は、どこにある?」
「シオン?」
質問の意図が解らず、シオンの瞳を覗き込む。瞳の奥にあるのは、強い不安と悲しみ。
「城の北西の丘の上。誰も、立ち入らない場所よ」
「そうか」
シオンは私を先ほどより強く抱いた。少し痛いぐらい。私に、顔が見えないように。シオンの声は震え、泣き出しそうだった。
まるで、すがりつくような抱擁。今までとは違う。シオンの不安を初めて強く感じた。
こんなに強く抱き締められているのに、シオンが消えてしまいそうな気がして、私も腕に力をこめた。
シオンが、消えてしまわないように。
どのくらい、そうして抱き合っていただろう。
シオンは私から体を離し、悲しい瞳で告げた。
「紅、針に来てくれ」
その真剣な眼差しに、私は頷いた。
「今すぐ?」
「ああ。ロザリアには悪いが、今すぐに」
「なら、1番早い方法で行きましょう」
言うが早いか、私はシオンの手をとり、駆け出した。
「朱里!朱花!」
私は謁見室に入るなり、双子を呼ぶ。既に謁見室からは人が出払っており、その場にいるのは朱里、朱花、茶希、白亜、ロザリア、クレアのみだった。
「どうなさったのです?」
いきなり指名されてびっくりしたのであろう朱花が、尋ねる。
「大急ぎで、針に行きたいの!協力して!」
「朱里!すぐに準備しますわ!」
2人は素早く部屋を出た。荷物を持ってくるつもりだろう。
「シオンは、いいの?」
「いや…大したもん、持ってきてねぇから」
シオンはどこか上の空だった。白亜が少し気遣わしげに声をかける。
「針で、何か起きているのですか?」
シオンは困ったような表情で、白亜を撫でた。
「ああ。そうだ。白亜はここにいてくれ」
「そんな!私も…」
「女王陛下を助けてやれ。お前の為にもなる」
「でも!」
白亜を押し退け、茶希が前に出た。
「…危険なのか?」
「紅は、大丈夫だ」
「母さんを泣かすなよ。お前に何かあれば、白亜だって泣くんだ」
「解ってる。約束、するよ。また会おう」
シオンの笑顔は、言葉とは裏腹に何かを諦めたようだった。
「絶対にだ。約束を破る男は、最低だ」
「ああ。約束するよ。守る。そんなに心配すんなよ」
ぐしゃぐしゃっと茶希の頭を撫で回すシオン。
「あー!何すんだ!」
即キレる茶希。茶希のおかげか、少しシオンも余裕が出てきたらしい。
「ありがとうね」
コッソリ茶希にお礼を言う。
「何の事?」
茶希は知らんぷりをして、私と白亜は笑いあった。
シオンは、そんな私達を眩しそうに見ていた。
念のため、茶希・白亜を綱に残し、私、シオン、朱里、朱花で針に向かうことになった。
ロザリアは、シオンに笑ってみせた。
「綱と友好条約結ぶまでは、死なないでくれよ」
冗談めかした言葉に、シオンは笑って頷いた。
「ああ」
「それから、朱里」
「うん?」
朱里は不思議そうにロザリアを見つめる。
「また、会えるか?」
ロザリアは顔を真っ赤にしていた。なんだか、この非常事態ににつかわしくないが、微笑ましい。
「うん、また、会いにいく、よ。だから、また、ね。ローズちゃん」
朱里はにっこりとロザリアに微笑みかけた。
「さて、行きますか。ダーリン、頑張ってくださいましね」
「うん…黄砂…いく、よ」
2人が風精を喚び出す。風精2人は互いに手を繋ぎ、私達を中心に激しく風を起こす。そして、風は円形になり…
「翠!」
「お任せを」
私はけやきの精霊・翠を呼び出し、持っていた植物の種をまいた。
シュルシュルシュル…
スゴい勢いで成長する植物。私の意思を反映し、それは子供の玩具みたいな形になった。
「紅」
「なぁに?」
「俺、すっげーやな予感するんだけど」
「うん。多分当たってるわ」
私は極上の笑顔で対応した。シオンは微妙に顔がひきつっている。
「シオン様、お喋りしてると舌かみますわ」
「じゃあ、いく、よ」
球形の風に包まれた私達は、蔓植物製のパチンコに乗り…
「「はぁぁぁぁ!」」
蔓は限界まで引き伸ばされ、私達は弾丸の様に宙を舞った。
私達は、文字通り空を飛び、綱の国境である山を飛び越えた。
「さて、この勢いで止まれるかしら」
私はボソリと呟いた。
「…おい、待て、紅。今、サラッとかなり不吉な事言わなかったか?」
「え?気のせいよ」
ハートマークが付きそうな程にぶりぶり言ってみる。ちょっと…だいぶ自分でも微妙だった。
「あまり、針に近すぎも、マズイ、よね?」
朱里が、首をかしげる。シオンは、朱里の言葉に頷いた。
「ああ。迎撃システムにやられるかもしれない」
「では、降りますか」
「は!?」
降りるというか、一気に私達は急降下した。
「翠!!」
私は既に喚び出していた翠に声をかける。先ほども使った種をバラ撒き、蔓でトランポリンを作った。
私達がトランポリンまで落下する直前に、2人が同時に叫んだ。
「黄砂!」
「夕海!」
激しい風が、衝撃を緩和する。殺しきれなかった分は、トランポリンが緩和した。
「皆、無事?」
「平、気」
「はい。ありがとう、ダーリン」
「死ぬかと思った…」
約1名、かなりゲッソリしているが、怪我人はいないようだ。
「紅…無茶するな」
「普段はしませんよ。シオンが急ぐって言うから…何か大切なことなんでしょう?」
「ああ…ありがとう、紅」
もう、針は目と鼻の先。
初めて来たとき、冷たいと思った建造物の群れ。ドームに覆われた、鳥籠みたいな国。
私は、何故か懐かしく感じた。
「行こう」
シオンが私に手を伸ばす。私はシオンの手をとり、朱里・朱花と共に駆け出した。
私は、まだ何も知らない。私も関わる、私の知らない物語。
久しぶりの針は、異常なまでの静寂に満ちていた。もとより針に住まう民は少ないが、動くキカイの音もない。
シオンは無言で、走り続ける。確か、私の記憶が正しければ…この先は…
私は不意に足を止めた。シオンを信じている。だけど、知りたい。
「…紅?」
私が足を止めたことに気づき、シオンが振り向く。
「そろそろ、教えてくれてもいいでしょう?針で何が起きているの?」
「…見た方が、早いさ。この国で起きた事実は、メインコンピューターが内部からの干渉で乗っ取られたらしい。後は、俺の想像でしかない」
「私を連れてきたのは?」
危険ならば、恐らくシオンは私を置いていこうとする。しかし、引っかかる。
何故、シオンは『私は』安全だと茶希に断言したのか。
「私も、関わりがあることなの?」
「想像でしかない。確証は、無いんだ」
シオンが泣きそうだったから、私はそれ以上追求出来なかった。
黙って、また走り出す。追い抜いた時に、笑って囁いた。
「貸し1よ。高いからね」
「お手柔らかに頼むわ」
シオンは困ったように微笑む。そして、彼も駆け出した。朱里・朱花も黙って続く。2人なりの気遣いだろう。
今私達が向かっているのは、多分…針の中央。
ぷらんとに、向かっているのだと思った。
私はこの時気づかなかった。シオンを気にするあまり、この場を支配するものの存在に。
やっとぷらんとに辿り着いたと思い、シオンを振り向いた、瞬間。
ガコン。
何か、キカイが作動した音。
そして、床が無くなって…
「紅!!」
必死に手を伸ばすシオンを見ながら、私は…落下した。
気がつくと、周りは真っ暗だった。闇に目が慣れてくるのを待つことしばし。
天井は…固く閉ざされている。微かに光が見える。あそこから落ちてきたのだろう。
「う…」
人の呻き声に、慌てて周囲を探る。シオンが倒れていた。すぐに脈をみる。外傷は…無い。私同様、気を失っているだけだろう。
改めて、周囲を見回す。
私達は、マットみたいなものの上にいた。これのおかげで怪我をせずにすんだのだろう。
「やあ、気がついた?」
闇の奥から、声がした。
幼く、懐かしく、寂しく、愛しかった、忘れようもない声。
「久しぶりだね。紅」
「嘘…」
いきなり、部屋が光に満たされる。暗闇に慣れた目には厳しい。しばらくして、周りを確認する。
周囲はケーブルが張り巡らされ、部屋の中心には巨大な円筒形の水槽があり、その中に、漬け物石ぐらいの物があり、ピンクのソレから無数のケーブルが伸びている。
そして、その水槽の側に立つ、少年。
青銀の髪は短く揃えられ、後ろ髪だけが長い。紫の、アメジストみたいな瞳には、知性の色が宿る。
何度も何度も夢に見るたび、現実を認識して泣いた、その懐かしい面差し。
もはや何も考えられず、私は駆け出した。
「紫苑!」
しかし、その手は届かなかった。私の手は、すり抜ける。
私は呆然とすり抜けた紫苑を見つめる。彼は、幻なのか。それとも、幽霊なのか。そして、ようやく違和感に気づく。気づくとともに、紫苑の姿をしたものから距離をとった。
覚えている。頭が混乱しているけど、私がこの気配を間違えるはずがない。
「オジジ様…それに雷歌?」
紫苑の姿をしているものから、紫苑だけでなく、私のかつての精霊と、紫苑の精霊の気配がしていた。
「さすがだね、紅。当たりだよ」
「どう、して…」
頭が痛い。喉がカラカラに乾く。答えを聞くのが怖い。まさか、と思う。
「僕の身体は死んだけど、オジジ様と雷歌が僕の魂を救った」
「禁呪…!」
彩に伝わる、古い古い術。精霊がその身を犠牲にすることで、その者を新たなる精霊に変える術。
私は、オジジ様に聞いて知っていた。500年前に既に禁呪に指定され、廃れたはずの術。
つまり、彼は本物の紫苑なのだ。
目の前で微笑む少年。何度も夢見た、悲しくも、愛しい面影。
禁呪により、人でなくなった、初恋のひと。
「でも、確かあの術は…」
「うん。本来、生命力に満ちた人間を対象とする。足りなかったみたいだね。雷歌はその為に命を賭けたのにね」
「オジジ様…」
「オジジ様はもとから寿命も近かったから、君の願いを叶えようとした。雷歌は…真面目だから、僕を守れなかった責任をとったつもりだよ。バカだね」
淡々と、冷たい表情。笑っているようで、全く読めない。
思い出す。
私が彼の考えていることを察せたためしなど無い。いつも、1人で決めて、私を置いていくひと。
だからこそ、恋をした。繋ぎ止めようと、追いかけていた。
「でも、もう大丈夫だよ」
紫苑が楽しげに笑う。何故か、激しく胸騒ぎがする。震える手には気づかないフリをする。聞いてはいけないと、長年の勘が警鐘を鳴らす。
私は、それでも問いかけた。
「どういうこと?」
「僕が不安定なのは、身体が無いからだ。だから、器を手に入れればいい」
ドクン。
嫌な予感が止まらない。頭をよぎるのは、紫苑によく似た髪と瞳の、紫苑の記憶を持っていたひと。
ぶっきらぼうで、優しくて、だけど強いひと。
私の過去を知った上で『自分を責め続けるな』と言ってくれたひと。
私を、愛してくれたひと。
「もう、解ってるだろう?そこで無様にのびている男だ」
「やめて!!」
気づけば、紫苑から庇うようにシオンを抱きしめていた。
「嫌…そんなこと、させない!」
紫苑はやれやれといった表情で、ゆっくり私に歩み寄る。
「でも、彼は本来僕の一部なんだよ?どうしようと、僕の勝手だよね」
「え?」
訳がわからず固まる私に、紫苑は語る。
それは、シオンの出生の物語。
紫苑は少し考えたようなそぶりを見せ、語り始める。
「僕は、オジジ様と雷歌のおかげで死なずに済んだ。だけど、術は不完全で最初の頃は幽霊みたいな状態で、マトモに思考することもままならなかった。少しずつ、僕は慣れていった。だいぶ時間が経った。僕がマトモに考えたりできるようになったのは、わりと最近」
「紫苑…」
「そんな表情しないで。紅を泣かせたいわけじゃない。君が、こんなに長く泣いてくれるとは思わなかった…話が逸れたね。ある日、僕の墓を掘り起こして、骨を持ち出した奴がいた」
「なっ!?」
しかし、紫苑はどうでもよさそう…いや、楽しげに話す。
「墓から埋蔵品じゃなく、骨を盗るなんてイカれてると思って、後をつけたんだ」
「それで?」
「この国に辿り着いた」
「え!?」
紫苑は私の瞳を覗き込む。
「ちょっと、難しい話になるけどいい?」
私は、黙って頷いた。
「この国は、滅びようとしているんだ」
それは、衝撃的な言葉だった。針は、豊かに見える。滅びの兆候など見えない。
「原因は、細胞の劣化と『始まりの玉座』の人間がジジイになったことかな」
「どういうこと?」
「紅は、このプラントで人も作られてるのは知ってるよね」
「ええ」
「クローンて言ってね。人の体の一部から人を作る技術なんだ。針の人間は、この国を作った数人の科学者の遺伝子をいじったクローンなんだ。そして、繰り返せば、細胞は劣化するし、始まりの科学者達も年寄りだから上手くいかなくなった」
「どういうこと?」
「狂っていくのさ。奇形が産まれる率が高くなり、人間は短命になっていく」
「そんな…」
「だから、新しい細胞が必要だった。だけど、針は開いていない国だ。サンプルを得るのは至難だね」
「まさか…」
プラント。新しい細胞。紫苑の、骨。点が、線になる。
「僕の骨は実験に使われた。そして、彼らは奇跡的に一例だけ、成功した」
私は、震えていた。似ている筈だ。
彼は、紫苑の骨から作られた。
「もう解るだろう、その奇跡的な成功例こそが、シオンだよ」
紫苑の言葉は、予想通りだった。
確かに、イカれている。正気の沙汰ではない。だが、この国はもとより、人を部品みたいに見ている。この国だからこそ、かもしれない。
「そこの、後ろの水槽に入っているモノ、なんだか解る?」
背後の円筒形の水槽に入っているのは、漬け物石ぐらいの何か。私は見たことがないものだった。
「わからないわ」
私は素直に答えた。
「あれも、僕の骨から作られた。あの水槽でしか生きられない出来損ないの肉片だよ。頭の中身。いわゆる、脳と呼ばれる物だよ」
衝撃的な発言に、吐き気を覚えた。解っているつもりで、理解出来ていなかった。人は、そこまで残酷になれるものなのか。
「でもって、アレが今、この国の総てを管理するメインコンピューターであり、僕の依り代でもある」
「依り代?」
「僕は今、幽霊みたいなものなんだ。アレに取り憑いていると思って。僕の一部だっただけあって、上手くいったんだ」
正直、かなり複雑だったが、紫苑にとっては幸運でもあったようだ。
紫苑は嬉しそうに笑う。
「シオンが生まれて、僕がどれほど嬉しかったか解る?これで、君に会いに行けると思った。一度、この国に来たとき、君の夢に入り込んだけど、覚えてる?」
「ええ…いつもと違う夢だと思ったけど、あれは本物の貴方だったのね」
そうだ。あの時確かに紫苑は言った。
『ぼくはまえのぼくじゃないけど、もうすぐきみにあえる』
「ずっと、紅の夢を…僕の記憶をシオンにみせていたのも僕だ。総ては、僕が完全な器を手に入れるため」
紫苑は笑っていたが、その笑顔はどこか冷たかった。しかし、1つ疑問がある。
「何故、今までシオンに取り憑かなかったの?」
「初めての成功クローンだから、どの程度生きられるのかも解らないし、何故か取り憑けなかった。でも、今ならきっと大丈夫」
「どういうこと?」
「彼は、君が大事だから。僕の心と限りなく近くなった。それだけじゃない。彼は、君のためなら僕に体を譲り渡すだろう」
私は、必死に紫苑を睨み付けた。泣かないようにするのに、ひどく苦労しながら。
目の前が赤い。激しく燃える、この赤いものを、私ははっきり覚えている。
それは、怒り。
かつて、炎の魔女となった引き金の感情。
「元がなんであったとしても、シオンはシオンよ!誰にもシオンを好きにしていい権利なんかない!!」
私は叫ぶ。激しい怒りと共に。自分の中に眠っていた、激情。
しかし、紫苑は冷たい瞳で私を見据えた。
「僕より、シオンを選ぶの?」
私の怒りの炎は赤。激しく燃え上がる炎。
それに対し、紫苑の炎は青。静かに、しかし赤い炎よりも高温の強い炎。
紫苑が静かに私に手を伸ばす。
「させるかよ!」
紫苑の手を払いのけたのは、私の相棒。
「紅蓮か。誰の精霊にもならないとか言ってたのに」
「うっせ。余計なお世話だ。大丈夫か、紅」
「うん」
紅蓮は、紫苑に触れられるようだ。羨ましい。触れれば、絶対蹴り飛ばしてやるのにと思った。
「悪いな。ここ、奴のテリトリーだから、なかなか入れなかった。翠は…厳しいだろな」
「うん。ありがとう」
素直に感謝の言葉を述べる。
「どーいたしまして。そこの狸寝入り野郎でも叩き起こしてな」
今、ものすごーく聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「狸寝入り…」
私の背後で、確かにビクッとなるシオン。
「シオン様?」
返事をしなければ、即座に蹴り飛ばしてやる気でいた。
シオンは観念したのか起き上がり、素直に謝った。
「悪ぃ…なんか1回タイミング逃したら、起きられなかった」
「シオンはどこまで知ってたの?」
「俺が紫苑のクローンだと知ったのは、ついさっき。墓の場所聞いて、間違いないと思った。アイツとはよく話してたが…アイツが紫苑だとは知らなかった。しってたら、もっと早く紅に会わせたさ」
「そう」
「俺なら、構わない。紫苑に会いたいんだろ。話は聞いてた。それが、お前の望みなら…」
私の中で、何かが切れた。否、弾けた。
ゴスッ!
最後まで言わせず、座っているシオンに私の回し蹴りが炸裂した。
側頭部にクリーンヒットしたため、再度倒れるシオン。私は乱暴にシオンの胸ぐらを掴み、怒鳴りちらした。
「ふざけるないで!約束、したでしょう!!無事に帰るって、言ったじゃない…私は、泣くわ。白亜も、泣くわ。茶希だって、ロザリアだって、きっとエンジュさんだって泣くわ。私に、一緒に来て欲しいんでしょう?私は、自分を大切に出来ない人なんか大嫌いだわ!もう置いていかれて泣くのはたくさんよ!!嫌い!シオンなんか、きらいよ…」
最後は、もう半分嗚咽混じりに叫んでいた。悔しい。苦しい。伝わらない。足りない。もどかしい。
貴方が大事だと。
いなくなったら、悲しいと。
貴方の代わりなどどこにもいないのだと。
「泣くな、紅」
優しく撫でるその手が、どうしようもなく憎らしい。
「泣かしているのはシオンよ」
顔を上げず、卑怯な男に言ってやる。
「お前は、紫苑に会いたかったんだろ。あのままじゃ、触れもしねーし」
「だからって、シオンを犠牲に出来るわけないじゃない!紫苑は好きだったわ!愛していたわよ!どうして解らないの!!私だって、貴方に幸せになって欲しいの!貴方が大切なのよ!!わかりなさい!シオン!!」
「うん…ごめん」
シオンは私の剣幕に押されて、謝った。そして、嬉しそうに、照れ臭そうに笑った。
「ありがとな」
私の背後では、紫苑と紅蓮が対峙している。会話は、私からは聞こえなかった。
「あーあ、お互い失恋確定だね」
「はぁ…よりによってあんな若造に盗られるとはなぁ」
「いつから紅が好きだったのさ」
「お前が死んだ日だ。そりゃあ綺麗だったぜ。ボロボロになりながら強い目で、俺に自分の精霊になれとさ。ありゃ、誰だって惚れるさ。あんな激しい輝きを見せられたら、精霊なら誰でもイチコロだ」
「そっか。僕も見たかったなぁ」
「悪趣味」
「さて、そろそろ幕引きかなぁ」
そんな会話がなされていたとを、私は知らなかった。そして紫苑はゆっくり私に近づいた。
私はシオンを背に庇い、紫苑を見据えた。
「紫苑、貴方は間違ってる。お願い、やめて」
「うん。わかった」
紫苑はアッサリ返事をした。
「へ?」
思わず間の抜けた声がでる。
紫苑は、そんな私に微笑みかける。私が一番愛した、その笑顔。
涙が、溢れる。
「会いたかった…」
それは、心からの素直な言葉。
「僕もだよ」
紫苑は、私の髪を撫でるふりをする。感触はなくとも、確かに触れた気がした。
「これは、僕にしか出来ないから。紅、君を解放してあげる」
紫苑は、何かを決意した表情をしていた。
「紫苑?」
「紅、話があるんだ」
確かに、いつか聞いたその台詞。
私は、ドキドキしながら森の中を駆けていく。約束の場所を目指して。
紅の花畑の中にいた紫苑。
「好きだよ、紅。いつかでいい。僕と結婚してくれないか」
「好きよ、紫苑。愛してた。貴方を誰より、愛していたわ」
熱くなって、感情が溶けていく。あの日の2人が、笑っている。あんなことが無ければ、幸せに暮らしただろうか。
「紅、過去形なんだね」
「え?」
「無意識か。今、紅の心にいるのは誰?」
「……」
「もういいよ。君は十分過ぎる程に、僕を愛してくれていた。500年…長かったね。でも、僕は辛くなかったよ。君に会えて、幸せだった。後悔してないから」
「紫苑、好き…好き、だったわ。私も、貴方に会えて幸せだった」
「ありがとう。もう、悔いはない。僕は、君の答えが知りたかった。だから、こんな幽霊みたいになってまで、さ迷い続けた」
パキン。
何かが割れるような音。
「あー、オレはここまでか…またな、紅。また、会いに来いよ」
私の胸元の赤い花が綺麗に消え失せている。
紅蓮の契約条件は、とても困難なもの。誰もが経験し、多くの人が失うもの。
それは『初恋』
長かった私の初恋は、今この瞬間に終わりを告げた。そして紫苑にも変化がおきた。
紫苑の輪郭が、ボヤけていく。
「ああ、もう限界かな」
「紫苑!?」
私に笑いかける紫苑。
「大丈夫。もとから、僕はこうなる予定だったんだ。本当なら、オジジ様と雷歌の意識と溶け合って、新しい精霊になるはずだった。そうならなかったのは、未練があったから」
「未練?」
「君の、答えが知りたかった。わかってたって、聞きたかった。その想いが、僕を僕のままでいさせた」
「紫苑!!」
つまり、紫苑は消えてしまう。やっと、会えたのに。
「心配しないで。僕も、解放されたんだ。これは、終わりじやない。始まりだ」
紫苑は、シオンに笑いかけた。
「今度泣かせたら、紅蓮と一緒に国滅ぼすよ」
めちゃめちゃ物騒な発言をする。
シオンはブスッとした顔で、照れ臭そうに言った。
「泣かさねーよ」
「うん。約束だ。また、会おう」
紫苑は、緩やかに消えた。死んだわけじゃない。新たなる精霊として、きっとまた会える。
「大丈夫か?」
私はシオンに笑いかけた。
「また会おうって、約束があるから平気」
あの日のような悲しい別れではなく、また会える予感があった。
「そっか、ならいい」
シオンはいつものように、私の頭をぐしゃぐしゃにした。笑い合える、この時間が愛しい。
ふと、上が騒がしいのに気づいた。
ガコン!!
天井が、落ちた。
「大おばあ様!」
「大ばあちゃん、無事?」
朱里・朱花が上から飛び降りてきた。よく見ると、所々ボロボロだ。どうにか開けようと頑張ってくれたのだろう。
「おっせーよ、お前ら」
さりげなくシオンに肘をかましつつ、2人に駆け寄る。
「大丈夫?怪我してるじゃない!」
「平、気」
「大丈夫ですわ。大おばあ様こそ、大丈夫ですの?」
「うん。元気よ」
「大ばあちゃん、良いこと、あった?」
「すごく、いい笑顔でしたわ」
優しく笑う、可愛い子供たち。
「秘密」
訳が解らない2人に、もう一度笑いかける。
「もうここでの用は済んだの。帰りましょう」
時間は沢山あるから、これから話せばいい。それをとても幸せに思い、一度だけ振り返った。
紫苑が、笑っていた気がした。
次のエピローグで本編は完結となります。ここまで読んでくださってありがとうございました。




