第23話
Sideシオン。
女王の誕生。
新たなる嵐の到来。
俺は、茶希に手を差し出され、迷子の子供みたいに戸惑っていたロディウス…いや、ロザリアが、迷いを振り切ったように晴れやかに手を取るさまを、バカみたいに見つめていた。
彼女は、王として進む事を決意した。こんな尊い瞬間に立ち会ったことを、誇らしく思った。これほど凄いものは、なかなか見ることは出来ない。
「認めない!女の王など、認めるものか!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす、ロザリアを告発した重臣。
俺は、迷わずロザリアに歩み寄る。重臣を前に、睨みをきかせた。
「どけ」
出来る限りの冷たい視線、ドスの効いた声をだす。
「ひっ!」
潰れたカエルみたいな声を出し、慌てて俺に道を譲る重臣。
ロザリアの正面に立ち、彼女の右手に手袋の上から口づけた。
「麗しき、綱の女王陛下。針国王・シオン=リドナーは、貴国との友好条約を受け入れる」
「「!?」」
場は、激しくざわめいた。
「ただし」
俺はもったいつけて、一拍置いてからはっきりと言った。
「貴殿が女王であることが条件だ。他の者では、寝首をかかれるやもしれん」
俺は、ニカッと笑ってみせた。
「あら、では、私も」
スルリとロザリアの左の手袋が外され、そこにキスを落とすのは、白亜。
「彩国王の代理として、次代の王として、彩国第1王女、白亜。綱の女王陛下に我が国との友好条約を結んでいただきたい。こちらも、貴女が王である事が条件です」
白亜と目が合い、互いに最高の悪戯が成功したような表情を見せる。
「炎の魔女も、女王・ロザリアを推しましょう」
強く、凛と響く声。儚げな少女の姿でありながら、圧倒的な存在感を持つ、炎の魔女、紅。
「もとより、ロディリオスが後継にすべしとしたのは、金の髪と瞳を持つ者。男でなくてはならないとは言っていない」
「それに」
スッとロザリアの側に控えていた女性が前に出る。
「ロザリア様が女性だと知っていた方々も同罪です。ロザリア様を罰するなら、あとどれぐらい血が流れるでしょうね」
女性はニヤリと笑った。この場で、ロザリアは確実に勝利した。
この日、この場所で、綱に初の女王が誕生した。
ロザリアが女だったと知っていた者は、かなり居たらしい。重臣の殆どが、青ざめていた。
静寂を、1人が破った。
「女王陛下万歳!」
誰かが、叫んだ。
「女王陛下、万歳!」
「ロザリア様、万歳!!」
声は、少しずつ大きくなっていく。数も、どんどん増えていく。ついには、割れんばかりの大歓声になった。
「ははっ、スゲー」
上機嫌で、俺は笑う。
「シオン、白亜、紅、クレア…」
不意に、歓声の中で、声が聞こえた。名を呼ばれ、視線を声の方に向ける。
ロザリアが、泣き出しそうな笑顔で、綺麗に微笑んでいた。
「ありがとう。感謝しても、しきれない」
涙で潤んでいても、迷いなく強い瞳は、どこまでも澄んで美しい。太陽の様に、金の瞳は輝きを放つ。
「シオン、この礼は王として、二度と戦争を起こさぬことで返す」
「ああ。ありがたい」
「紅、白亜。貴女達にも、誓おう」
「そうしていただけると、嬉しいですわ」
「ありがとう」
「クレア…ありがとう。一生かけて、この借りは返すよ。クレアを選んで、正解だった」
「ロザリア様…私ごときには勿体無い御言葉です。貴女に、永遠の忠誠を」
ひざまずくクレアを、ロザリアは立たせた。
「いいんだ。クレアは対等でいて。間違ったなら、道を示して欲しい」
「ロザリア様!」
クレアはロザリアに抱きつき、涙を流す。しばらくして、クレアは離れた。
「姉様」
茶希が、ロザリアの手をとり優雅にエスコートする。
ロザリアは、興奮冷めやらぬ綱の民の前に立つ。
綱の女王陛下は、凛として、美しかった。光を纏い、輝いているようにさえ見える。
意思の強さを感じさせる声で、ロザリアは綱の民に語りかけた。
「皆に、謝罪と、誓約を。私は、ずっと皆を騙し続けていた。国の内乱を起こさぬ為とはいえ、許されることではない。そして、力不足から、民の生活を苦しめた。私は、今、この場で皆に誓う!綱は、この国は民の為のもの。私は国に尽くし、そなたらを命ある限り、守り続けよう!!」
再び、謁見室は、割れんばかりの大歓声に包まれた。先ほどより、大きく、互いに抱き合い歓喜する人々は、この国の未来の明るさを示しているようだった。
もはや、重臣達は反対しようがない。ロザリアを告発すれば、針と彩の両方を敵に回し、自分達も罪に問われ、自らの立場をも危うくするかもしれないのだから。
ロザリアは、民に微笑みかけている。
きっと、綱はいい国になる。そんな未来を思い、いつしか俺も笑っていた。
そんな時だった。
ウーウーウー!!
ポケットにしまっていた通信機が、サイレンのような音を響かせる。このサイレンは、エマージェンシーコールの時のみ、鳴るようになっている。
つまり、確実に針で何かが起きている。
俺ははやる気持ちを抑え、未だ大歓声の響く謁見室を抜け出し、魔女のための庭園まで歩いた。
謁見室の喧騒が嘘みたいに遠い。ここなら、と通話ボタンを押した。
『シオン?』
どこかのんびりした声。エンジュだ。しかし、いつもと違い、切羽詰まっているのが解った
「何があった?」
『恐らく、内部から制圧された。扉の殆どが自動ロックされて、皆閉じ込められてる』
「…外部からのハッキングでは…」
『無いね。全く痕跡がない。もしそうなら、神だよ。恐らく、メインコンピューターが抑えられてる。かろうじて通信は出来るけど…僕らが餓死するのは時間の問題かな』
「エンジュ、以前頼んだヤツ、調べてくれたか?」
『ちょっとぐらい心配してくれてもいいんじゃないの?』
ブチブチ文句を言いながらも、資料を探す音がする。
「この件に、関係ある事なんだ」
『えーっと…あった…君の予想通りだったよ』
「そうか。俺のオリジナルの素性は解るか?」
『ちょっと待ってね…あった』
エンジュからの言葉を聞き、心臓が激しく鼓動を打った。
覚悟は、していたのだ。しかし、突きつけられると辛かった。
「エンジュ、この通信機の音を最大にしろ」
『え?何する気?…はい、いいよ』
「俺は、逃げも隠れもしない。アンタが会いたい奴を連れて来る…だから、民を解放しろ!」
『シオン?…あ、マジでドア開いた』
「エンジュ、後で話すよ」
俺は、エンジュの問いかけに答えられなかった。地面にへたりこみ、泣くのを我慢するので精一杯だった。




