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第22話

 Sideシオン。


 到来する嵐。

 王の資格。

 翌日。俺達はロディウスに呼び出され、大広間に集まっていた。他にも綱の重臣とおぼしき人々が集まり、警戒する兵士は前日より明らかに多い。


 そこまで観察して、不自然であることに気づく。

 前日の異常な警備の薄さ。まるで、ロディウスを殺せと言わんばかり。


 目の前の玉座に座る青年は、表情を変えずにこちらを見ていた。


「余は、針・彩と平和条約を結びたいと思っておる」


 ロディウスの言葉に、重臣達はどよめいた。もちろん、少なからず俺達もびっくりしている。


 茶希、朱里、朱花、白亜は何かを警戒している。昨日のうちに、ロディウスが俺達を呼んだわけではないことを朱里達に伝えていた。どうやってかはわからないが、朱花にも伝えたのだろう。


「シオン?」


 不思議そうに紅が俺にかけた声は、怒声でかきけされた。


「ふざけるな!王の資格もない偽物の分際で!!」


 重臣の1人が激昂し、ロディウスに掴みかかった。咄嗟のことで、ロディウスは反応出来ていない。

 控えていた兵士数人が、重臣を止めようと駆け出すが…間に合わない。


 ビリッ


 服が破れ、肌が露になる直前に、激しい風が吹いた。


 それは、銀色の疾風。目もあけていられないほどの、強い風。


「ローズちゃん、いじめたら、ダメ」


 一瞬にして強い風を纏いながら、朱里がロディウスを背後から抱きしめ、庇うように立っていた。

 その瞳には怒りの炎が宿っている。ものすごく珍しくことに、朱里が怒っているのが俺にも解った。


「ローズちゃん、平気?」


 抱きしめられた状態で、ロディウスに問う朱里。ロディウスは呆然としており、少し間をおいてから、やっと


「ああ」


 と返事をした。


 俺も驚いてすぐには動けなかったが、すぐに思い直し、ロディウスに駆け寄った。紅達もそれに続く。

 朱里は自分のマントでロディウスをぐるぐる巻いている。


「あ、ありがとう…」


 ロディウスは混乱しながらも、とりあえずお礼を言った。ちょっとそんな場合じゃないとは思ったが、敢えてツッコミはしなかった。


「民を偽る、裏切り者め!この国を売るつもりか!!」


 口汚く罵る重臣に、紅は絶対零度の微笑みで対応した。


「あら…この国の臣下は、随分躾がなっていないようね」


 紅は手を伸ばし、重臣の顎に触れる。目をあわせる。相手に重圧を与える。


 怖い。あれ、やられたらめちゃめちゃ怖い。


「命が、惜しくないの?坊や」


 空いた片手に、赤い炎が出現する。赤い炎に照らされ、紅の銀髪は赤銅色に染まる。


 まさに、炎の魔女。


 まさに、赤き魔物。


 赤く、美しく、恐ろしい。


 伝説のままの彼女。伝承の中で、銀髪である彼女が何故、赤い魔物と呼ばれたのかがハッキリ解った。

 赤い炎に照らされ、銀髪は赤を映す。青い瞳も、赤を映し、赤紫に見えた。


「ふふ、今日は遠慮なく暴れられるわ」


「消火なら任せてくださいまし!」


「紅様、あまり無理はいけませんわ」


 口々に、白亜、朱花が言う。なるほど。水の精霊と風の精霊がいれば、少なくとも大火事になることはないだろう。


 紅に顎を掴まれたままの重臣は、ガマの油みたいにダラダラと汗を流しまくっていた。あれだけ重圧を加えれば、無理もない。俺はちょっと同情した。


 しかし、かなりの重圧にも屈せず、重臣は叫んだ。


「お前はロディウス様ではない。民を騙す偽りの王…いや、王を騙る大罪人だ!」


 ロディウスの表情は青ざめていた。朱里はそんなロディウスを見つめ、優しく抱きしめた。


「ローズちゃん、本当に…わるいひと?」


 まるであどけない子供のように、朱里は重臣に尋ねる。その言葉は、純粋に不思議でたまらないという感情を伝えてきた。

 一瞬ためらったが、重臣はさらに怒鳴った。


「その名前すら本物でない!王の資格無き者が玉座に就くなど、あってはならない!そんな輩は大罪人に決まっているだろう!」


「それが、争いを回避、する、ためでも?」


「な!?」


 朱里の言葉に、重臣は驚愕する。


「ローズちゃんは、王様になって、贅沢して、た?王様になって、何、してた?ローズちゃん、本当に、わるいひと?」


「お前こそ、何が解る!この国の民でもないくせに!」


「あなたこそ、何故、解らない?ローズちゃんは、いい子だよ」


 重臣に掴みかかられながらも、朱里は聞き分けのない子供に言い聞かすように言った。

 ロディウスは、呆然としたまま朱里を見ていた。


「なんで?」


 震える声で、ロディウスは朱里に問う。その瞳からは、涙が零れそうだ。


「なに、が?」


「お前がなんで、私を庇う?」


 朱里は困ったような表情になった。よく見ないと、大体無表情だからなかなか解らないが。


「余計、だった?」


「答えて」


「助けたかったから。ローズちゃんだから。理由に、ならない?」


「…いや、十分だ」


 ロディウスは朱里を抱き返した。朱里はほんのり赤くなる。


「…ありがとう」


 ロディウスはまるで少女のように微笑んだ。今までの男らしさが嘘みたいに。


「ええい!いつまで公の場でイチャイチャしているか!!」


 いつの間にか無視されていた重臣がキレた。

 俺は、正しいツッコミだと思い、ついでにあの重臣、禿げるんじゃないかなぁとどうでもいい事を考えていた。


「こいつは女だ!ロディウス様ではない!衛兵!王を騙る罪人を捕らえよ!!」


 重臣の言葉に、躊躇いながらも兵士達はロディウスを包囲しようとした。


「そうはいきませんわ」


 銀髪がなびく。美しく、無駄なく、優雅な動きで、ロディウスを捕らえようとした兵士を投げ飛ばすのは、朱花。


「か弱い女性をよってたかって苛めようなど、許せませんわ!」


 こぽ…こぽこぽ。


 周囲に水の固まりが出現する。空気中の水分を集めたのか、他から調達したのかは不明だが、水の固まりは次々に兵士を襲う。少量の水でも、気管を塞いでしまえば息は出来ない。水を操るのは、もちろん白亜と水都。


「僕が…守る!今度こそ!!」


 ベコッ!


 謁見室の壁が、冗談みたいに剥がされる。巨大な瓦礫を持ち上げ、兵士を牽制するのは、茶希。


「うわ。何あれ。すげー」


 俺も念のため隠し持っていたレーザー銃を出したものの、3人が片付けてしまうため、出番がない。


「茶希は石の精霊の契約者だから。石ならある程度透過したり、形状変化させたり、重さを調整できるらしいわ」


 なるほど。謁見室は簡素な石壁だったからだろう。

 紅も俺の隣で兵士達との戦いを傍観していた。


「紅は参加しねーのか?」


「朱花達が兵士達に集中してるから、炎は色んな意味で危ないわ。火事とか、洒落にならないでしょ?」


 確かに、絨毯とかに燃え移りでもしたら相当厄介だ。紅はともかく、乱戦になりつつあるので、味方に当たる危険も否めない。


「まぁ、そうだな」


 納得して、素直に同意した。そんな会話をしているうちに、どんどん戦える兵士が減っていく。朱花達が強いのはもちろん、明らかに兵士達には迷いがある。俺にもハッキリ解るほどに。


『本当にこの命令に従っていいのだろうか』


 そう、思っているのだろう。兵士達の士気は最悪。これでは、勝てるはずがない。


 既に勝敗は解りきっていた。


 俺達の背後で、何かが動く気配がした。


「もうよい!剣を引け!!」


 凛と響く、威厳ある言葉。ロディウスは兵士達を見下ろすと、毅然と命令した。後ろには朱里と護衛らしき女が控えている。


「確かに余は女だ。民を偽り続けたことは、余の罪。だが、余は…私はどうしても放っておけなかった」


 兵士達は動かない。ロディウスに釘付けになっている。


「この国には、もはや後継となれる者がいない。本当のロディウスは、茶色の髪と瞳で産まれた。唯一金の髪と瞳を持っていたのは、私だけ。後継がいなくなれば、権力者が争うのは解りきっていた。だから、私はロザリアという名も、女であることも捨て、ロディウスになった。だが、もう潮時だ」


 ゆっくりと、ロディウス…いや、ロザリアは兵士達に歩み寄る。


「私を捕まえるがいい。朱里、茶希、クレア…それから、魔女…ありがとう」


 寂しげな微笑みを向けるロザリア。兵士達は、彼女を捕まえようとしない。

 クレアと呼ばれた女は、ロザリアの前に出た。彼女を庇うように。


「嫌です!ロザリア様は、悪いことなんかしてないじゃないですか!!執務だって勉強だって頑張って!民の為にって言ってたのに…何も…何も悪くなんかないです!罪なんかありません!ロザリア様を捕まえるなんて、絶対させない!」


 クレアは泣き叫んでいた。

 いつの間にか、クレアの隣にもう1人いる。茶色の髪と瞳。茶希は、クレアの頭を撫でた。まるで、子供をあやすように。


「久しいな、綱の民よ」


 いつもと違う、茶希の口調。思わず誰もが耳を傾けるような、圧倒的な存在感。


「私は、ロディウス。姉、ロザリアは私の母の咎が私に及ぶのを恐れ、私を逃がし、私のフリをした。彼女に罪はない。ただ、護ろうとした者を、そなたらは、罪人にする気か?」


 謁見室は、沈黙に包まれた。誰もが言葉を発することができない。兵士達も、もはやロザリアを捕らえることなど忘れてしまっているようだった。


「ロディウス…なんて事を!お前は彩で暮らしたかったのだろう!?」


 幸せだと、言っていたのにと、ロザリアは泣き出しそうに叫ぶ。身分を明かした今、茶希はもう彩には戻れないかもしれない。この国に、1人しか生き残っていない王子だから。

 しかし、茶希は優しく微笑んでいた。紅や白亜…近しい者にしか見せない、どこまでも優しい表情で。


「姉様はずっと、僕を護り続けていてくれた。だから、今度は僕の番だよ。僕はもう、護られるだけの子供じゃない」


 茶希は兵士達に向き直る。


「剣を収め、考えるがいい!お前達が真に忠誠を誓うのは誰か!国か!王族か!それとも、ロディウスであった、我が姉か!!」



 カラン。


 カラカラカラ…。



 兵士達はもはや、戦う気などない。剣を収め、あるいは落とし、呆然と姉弟を見つめている。


 1人が、言った。


「私は、ロディウス様…いえ、ロザリア様に忠誠を誓いました。奴隷だった私達を取り立ててもらったご恩は忘れていません。貴女は、身分に囚われず、平等だった。私の主は、貴女だけ。貴女が誰でも、構わない」


 それは、女性だった。強い瞳でロザリアに歩み寄り、跪く。


「俺もだ。戦争の最中、アンタは…いや、陛下は後ろでふんぞり返っているだけでなく、俺らを助けようとした。命に上など無いと、必死に手当てしてくれた。俺の兄弟の為に、泣いてくれた。俺の主は、アンタだ。王とか名前なぞ、関係無い」


 剣を捨て、1人、また1人と、人数は増えていく。


「お前たち…」


「ロザリア様、私は、ずっとロザリア様の味方です。諦めないで」


 クレアが、ロザリアを支えるように抱きしめる。


「こんなに、慕ってくれる人達が居るようだけど、諦めたら、この人達に失礼なんじゃない?姉さま」


 とびきりのイタズラが成功した時のような表情で、茶希はロザリアに声をかけた。


 もはや、謁見室に集まった半数以上の兵士達、文官、重臣が皆一様にロザリアに跪いた。


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