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第18話

 Side紅。


 炎の魔女を支えた人達。 


 見渡す限り高級品で埋めつくされた豪華な部屋の中で、私は独りだった。


 約50年。決して短くない時間をこの部屋で過ごした。部屋は、どこか寂しい気がした。ここにいた時は、高級品に関心を示す事もなく、庭園の花が枯れても咲いても、私の瞳は何も写してはいなかった。


 私はこの部屋に存在していただけ。ただ無為に時間だけが過ぎていった。




 静かだ。




 この部屋は、こんなに静かだっただろうか。いや、この部屋は元々後宮内にありながら庭園と柵に囲まれ隔離されており、特に夜は静かだった。それなのに、まるで自分がひとりぼっちで取り残されたような気持ちになった。今まで、こんな風に寂しくなることなど無かった。


 変わったのは、部屋でなく私…いや、私の周囲だ。


 こうしてこの場所で1人になって初めて気付いた。

私の周囲には、常に誰かがいた。彩にいて、孤独を感じることなど無かった。考えたことも無かった。




 それが、どういう事か。




 今更すぎる。解っているつもりで、解っていなかった。唐突に気づいてしまった。私は、1人で少しずつ自分を取り戻したと思っていた。でも、それは間違いだった。


 私はずっと優しい人達に支えられていたのだ。




 思い出す。




 私は自分しか見ていなかった。長すぎる、心を閉ざした刻の中でどれだけ 雪白と朱蓮を始め、心優しかった人々を傷つけただろう。




 あの、最期の雪白の表情。




 あの時は、わからなかった。あんなに彼女を悲しませたのは自分だということに。

 今なら少し考えたらわかることも、私はわからずにいた。きらびやかな寂しい部屋で、1人。私は涙を流し続ける。


 もう去ってしまった人達への、愛しさと後悔で。






「紅?」


 不意に、誰もいない筈なのに困惑した声がした。


「シオン?」


「どうした。お前、また泣いてんのか」


 何故か、シオンが部屋の中にいた。私を撫でる手は、ただ優しい。シオンはそっと私の涙を拭った。どうして彼がここにいるのか聞きたかったが、溢れだす感情が理性を吹き飛ばした。しがみついて本格的に泣き出す私の背を不器用に撫でる手に、私は安堵していた。



「シオンは、不思議だわ」


 ぽつり、と正直な言葉が口に出る。


「何が?」


 シオンは不思議そうにしている。


「あの人に、似ているのに似てないから」


「なんだそりゃ」


 多分始めは、似ている所に興味を持った。シオンは、雰囲気や、仕草がよく似ていたし、思い出と重なった。


 今は違う。違う所に安心している。私は紫苑の前ではこんなに泣くことなど、出来ない。紫苑と私は対等で、私は彼に良いとこを見せたくて、彼に泣き言を言うなど考えられなかった。

 シオンは、自然に側にいて、気がついたら、手を伸ばしてくれている。


 泣いていい。

 大丈夫だ。

 無理はするな。


 シオンは態度が、言葉が私を赦してくれている気がして、私はシオンの前では弱くなる。強い自分を保てない。彼はいとも簡単に私を暴く。

 そして、困ったことに彼の傍は安心できて、居心地が良すぎるのだ。


「なぁ、アイツってどんな奴だった?」


 シオンは私を抱いたまま、聞いてきた。名前を出していないのに、誰のことかわかった。


「どこまで知ってるの?」


「水都が雪白の記憶を見せてくれたからな。知りたいのは、お前からみた紫苑だ。それと、何故か俺は紫苑の記憶を持っているらしい」


「え?」


 私はもはや、どこに驚いていいのかさっぱりわからなかった。


「どういう、ことなの?」


「答えたら、教えてくれるか?」


 私は頷き、シオンの言葉を待った。


「ずっと、繰り返しみる夢があったんだ。最初は気にしてなくて、俺って変身願望でもあるんかなって思ってた。俺は、紫苑てやつになってて、妹と幼なじみの2人で紅い花畑で穏やかに時間を過ごす。でも、結末はいつも同じで、幼なじみの1人を庇って…多分死んだんだろうな。そこで記憶は途切れる…そういえばこっちに来てから見ないな」


「紫苑は、私を恨んでた?」


 声が震えないように気をつけながら、聞いてみた。


「いや?咄嗟にだったみたいだし、逆にお前が無事で良かったと思っていたぜ」


「私は、紫苑が好きだったの」


 ポツリと呟いた。


「そうか」


 シオンは優しく、どこか悲しげな表情をしていた。


「水都は、雪白と約束して、代々の青銀の姫達に雪白の記憶を伝えてた。お前を助けるために」


「そう、だったの」


 知らなかった。知らないうちに支えられていた。先ほど思ったことは間違いじゃなかった。私を1人にしないよう、どれだけの人が支えてくれていたのだろうか。


「私は、愚かだわ」


 自分の不幸に酔って、今の大切なものが何か、考えることもせず、そしてまた後悔する。


「そうか?頼まれたって、そいつがどうするかは自分で決めてるだろ。お前が頼んだわけじゃねぇし…解る気がする」


「何が?」


「青銀の姫達が、お前を支え続けた理由」


「え?」


「お前が好きだったからだろ」


「……!!」


 言葉が出ない。

 溢れるのは涙だけ。悲しみではなく、切なさと嬉しさ。


 茶希の言葉が蘇る。

『幸せになって』


 それは、青銀の姫達の声でもあったかもしれない。


「私は…」


 魔女だ。人殺しだ。それでも、シオンは、茶希は受け入れた。


「難しく考えんな。いいんだ。あまり自分を責め続けるな」


 私を、ゆるさないでと思いながらも、抱きしめる手は暖かく、優しかった。

 だからほんの少しだけ、自分を許してしまいそうになった。


「シオンは、何が知りたいの?」


 シオンは私を抱きしめたまま、じっとしていた。だいぶん落ち着いたから、私はポツリと聞いてみた。


「本当の、お前の話が聞きたかった。伝承でも、誰かの目でみた話ではなく、お前の目でみた、炎の魔女の物語が」


 いつか、約束した。私の物語を語ると。今なら、出来るかもしれない。


「いいわ。約束、していたものね」


 私はシオンに微笑んだ。


「どこから、話そうかしら…」


 何から話そうか。この500年、誰にも話さなかった、話せなかった物語を。


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