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閑話

 過去の呼び声


 大切だったひと

 茶希、朱里・朱花、白亜はそれぞれ客室をあてがわれたが、警備の関係上から男女別に、同室となった。シオンも後から来ると兵士に伝えられた。

 客室はかなり広く、3人で寝ても余裕がありそうだった。テーブル、椅子、暖炉が備え付けてあり、窓からは紅がいる美しい庭園が見えた。


 窓の近くに椅子を持って行き、茶希はただひたすら景色を眺めていた。その表情は固い。


「疲れ、た?茶希」


 心配そうに、朱里が茶希に声をかける。


「…いや、大丈夫。なんでも、ないんだ」


 茶希にしては珍しく歯切れの悪い言葉だったが、朱里はそれ以上は追求しなかった。


 室内に、静寂が満ちた。少し気まずかったが、茶希は朱里なりの心遣いをありがたく思った。


 だから、ひとことだけ言った。


「ありがとう」


 朱里は微妙な表情をした。あまり表情を表に出さない朱里にしては珍しい。


「言いたくないなら、言わなくて、いい。助け、要るなら、言って」


 朱里は、昔からそうだった。幼なじみの中でも、底抜けのお人好し。理由が無くとも困っているなら誰でも助けてしまう。


「うん」


 茶希が頭が上がらない相手の1人だ。また静寂が満ちたが、先ほどよりずっと穏やかな空気が流れていた。






 暫くして、シオンも客室に案内されて来た。


「お疲れ、様」


 シオンに気づき、ベッドに腰かけていた朱里が声をかける。


「何の話をしてたんだ?」


「あー、なんか彩にきた目的は何かとか、何が狙いだとか、昔の恨み話とか…後は取引のことと…」


 シオンは思い出せる限りのことを並べ立てた。一瞬だけ茶希を見て、何か言いかけたのに朱里は気付いた。


「シオン様、何か聞きたいこと、ある?」


「…ねぇよ」


 シオンは何も語らなかった。茶希はシオンの視線に気づかなかったらしく、不思議そうに朱里とシオンを見ていた。


「昔の恨み話って何?」


 しかし微妙な空気を察して、茶希が話題を変えた。


「ああ、大したことじゃねぇよ。アイツとは針と綱の戦争中にあったことがあってな。俺は片目とダチみたいな奴を亡くして、アイツは俺に重症を負わせられたわけだ」


「……」


「……」


 予想以上に重たい話に、茶希も朱里も凍りついた。大したこと、あるだろう。かなりの大事だろう。

 むしろそんな殺し合いをしながらも、表面上とはいえ普通に軽口が出てくるシオンにツッコミすらも出てこない。


「…寝るか」


 ずっしりと重くなった空気に耐えられず、口を開いたシオンの言葉に、残り2人は素直に従った。




 おとが、きこえる…

 茶希は目が覚めた。どこかから、ピアノの音が聴こえてくる。


 茶希は、何故かはっきりと解った。


『呼ばれている』


 枕と荷物で布団を膨らませ、あたかも人が寝ているように見せかける。シオンと朱里が寝ているのを確認すると、茶希はそっと部屋から抜け出した。


 解る。


 どこにピアノを弾いている、自分を呼んでいる人が居るのかが。


 解る。


 どうすれば、誰にも見つからずにそこに辿り着けるのかが。


 不意に肩に手を置かれ、ものすごく驚いた。

 いつの間にか、背後に朱里がいた。朱里は茶希の肩に手を置くと同時に口を塞いだため、驚愕の声が出る事は無かった。


「どこ、行くの?」


 こっそりと、朱里が聞いてきた。茶希は覚悟を決めた。


「僕は昔きっとここに居たんだ。この城の内部をはっきり覚えている。知らない筈の隠し通路まで。僕は、自分が誰だったか、今初めて知りたいと思った。過去なんて要らないけど、確かに僕は今、呼ばれているから」


 朱里は、止めても茶希は1人で行く気だと思った。茶希の本気を感じた。だから朱里も、決断した。


「条件、ある。オレ、音散らす、から、ついてく。皆、守る、仕事。朱花も、茶希、心配だから、行けって」


 実は朱里は茶希が出ていった時に寝ていたが、隣室の朱花が気づき叩き起こされたのだ。もとより護衛として来ていた双子は交代で寝ることにしていたのだ。


 風精の契約者である朱里・朱花は、風により音を散らしたり、集めて増幅したり出来る。こういった隠密行動にはうってつけであり、正直朱里の申し出はこういったことに不慣れな茶希にとって、かなりありがたかった。


「解った。頼む」


 茶希の言葉に、朱里は穏やかに笑った。


「頼まれ、た」


 そして、2人はピアノの音がする方に向かった。




 表情には出ないが、内心朱里は動揺していた。恐らく朱里達は城の中心部分に向かっているのだが、全く兵士に会わない。茶希は、城の構造だけでなく、兵士の巡回ルートまで知っていた。

 念のため、朱里は黄砂を喚び出し、音を拡散させ、ほとんど自分達の靴音すら届かないようにしていた。



 どれほど歩いただろう。見つからないよう道無き道を進んでいた茶希が、通路に移動した。


 その先の部屋から、ピアノの音がこぼれている。


 ギイ…


 茶希はためらいなくドアを開けた。


 ドアの中にいた人物は2人。片方は金髪。もう片方は茶希に似た茶髪。2人とも金の瞳をしていた。片方の目は、髪で隠れていたけども。

 ピアノを弾いていた人物は、夢の中の姉と同じだった。もう1人、姉の護衛らしき茶髪の女性が咄嗟に茶希を攻撃しようとするが、姉は優雅な動きで護衛の女性の攻撃を止めた。


「ローズ、ねえさま…」


 霞がかかったような記憶から、その名前が鮮明に蘇った。


「久しいな。私をそう呼ぶのは、この世ではもう1人だけだ」


 悲しげな微笑みをローズと呼ばれた、現綱国王・ロディウスは見せた。


「おかえり、ロディウス。よく、無事に帰って来たな。一目で解ったぞ。確証は無かったが、やはりお前だったか」


 ローズは、立ち上がると茶希をそっと抱きしめてた。


 ロディウス。茶希はその名を聞いた時から、ずっと違和感があった。茶希はやっと理解した。


 違和感を感じたのは、自分の名前を他者が名乗っていたからだ。自分の名前はロディウス。

 そして、目の前にいる茶希の姉の本名はロザリア。ローズは茶希だけが呼んでいた愛称だった。小さな頃、上手く呼べず、微笑みながらローズでいいと言ってくれた姉。


「ねえさま…」


 茶希は静かに姉を抱き返した。


「ローズちゃんは、ロディウス?茶希もロディウス?」


 不思議そうに朱里は首をかしげていた。ローズの護衛がイライラした口調で茶希にどなる。


「馴れ馴れしく、その名を呼ぶな!我らの王に、無礼な!」


 護衛の女性は腰のレイピアに手をかけた。


「よせ、構わん」


 冷静に、ローズは告げた。そして、茶希から離れ、朱里を見た。


「ローズと呼ぶのは構わんが、この場限りにしてくれ。私はこの国の王、ロディウスとして振る舞い続けなければならないから」


 朱里は素直に頷いた。この若さで周囲を偽りながら国を治めるのにどれ程苦労があるのか。自分の姉より少し小柄なローズを見つめ、この肩にどれほどの重圧がかかっているのかを思った。

 そして朱里はそっとローズの頭を撫でる。


「茶希のお姉さん、困らせたり、しない。ローズちゃん、頑張り屋。エライ」


 ローズは顔を真っ赤にして黙ってしまった。今までに、彼女は子供扱いを受けた事がほとんどないのだ。

 手を出せない護衛の女性はイライラしながら呪いっぽい言葉を呟いている。


 姉と朱里の様子に苦笑しながらも、茶希は告げた。


「大丈夫だよ、姉様。朱里は本人が言う通り、僕の姉様を困らせる事はしないから」


「ありがとう」


 ローズは美しい笑顔を見せた。昼間の高圧的な空気は無く、芯の強さを感じさせる晴れやかな笑顔。

 朱里は、いつかの茶希の笑顔を思い出し、やはり2人は姉弟なのだと思った。

 茶希は、その笑顔がとても懐かしかった。そして、護衛の女性にも見覚えがあった。


「君は、クレアだったよね?」


 茶希の言葉に女性はパアッと表情を輝かせた。


「私の事を覚えていてくださったのですか!」


 茶希の記憶が正しければ、彼女は茶希達の遠縁に当たり、幼い頃一緒に遊んだ記憶があった。それを告げるとクレアは嬉しそうに肯定した。


 茶希はローズにこれまでの経緯を説明した。事故にあい、記憶を失ったこと。炎の魔女に拾われ、今日まで育てられたこと。今の仕事のこと。そして、彩の民として生きていきたいことを告げた。


 ローズは黙って茶希の話を聞いていたが、暫くして重々しく口を開いた。


「ロディウス。お前の記憶は不十分なのだな。今の話で理解した。お前が帰って来たのは偶然だったのか」


「…姉様?」


「お前は肝心な所を覚えていない。お前の正体が知れれば、私もお前も恐らく殺される」


「な!」


「え」


 茶希も朱里も驚いた。クレアは沈痛な面持ちで俯いている。


「何故、私がお前のフリをしてまで玉座にいると思う?今、玉座につける者がいないからだ。あの忌々しい獅子王様のおかげでな!」


 姉が怒りをあらわにしている。それはとても珍しいことだった。茶希は呆気にとられながらも質問した。


「どういうこと?」


「あのクソ王が残した遺言は3つ。永劫に、彩を攻めない。庭園及び魔女の部屋の維持。そして、王位を継ぐものは必ず自分と同じ金の髪と瞳を持つ者であること」


 茶希の頭が痛んだ。何か映像が見えてくる。




 母が、泣いている。


 かあさま、やめて、ぶたないで。


 必死に小さな茶希が叫ぶが、手が止まることはない。


 母は、何か叫んでいる。


『お前さえ、陛下と同じ髪と瞳を持っていれば、私は正妃になれたのに!王になれない役立たず!あの生意気な小娘ですら、持っているのに!』


 茶希は思い出すと同時に理解した。


 茶希は母に疎まれていた。その髪と瞳の色ゆえに、母から愛して貰えず、日常的に暴力を受けていた。


 そしてローズは正妃の娘であり、母がローズを憎んでいたため、表立って仲良く出来なかったのだ。


 茶希は思い出した。その後の自分とローズがロディウスを名乗らざるを得なくなった経緯を。


あれは、確か激しい雨の夜だった。幼い茶希は雷の音に怯えていた。


 激しい雨で城下は殆ど見えなくなり、城は灰色に染まり、昼間なのに夜のように暗かった。


 それは、あまりにもあっけない終わりだった。

 茶希の母は、父である国王を愛するあまり、少しずつ精神が壊れていった。茶希を殴るのも、恐らくそのためだったのだろう。

 王は優しく、そんな母にも気を使い、たまに訪れてくれていた。そして、それが仇になった。


 どうしてそんな事になったのか、茶希には解らない。父がいる時の母は優しく、茶希にとって幸せな時間の筈だった。


 悲鳴。

 暖かい何か。

 壊れたように笑い続ける母。

 赤い、水溜まり。


 その、雨の日の夜に、母が父をナイフで刺し殺した。


 このままでは、茶希は罪人の子供として殺されかねないと判断したローズにより、世話係のおばさんに連れられて、茶希は馬車で城から逃げた。


 そして、悪天候の中、馬車は彩の国境に差し掛かり、そこで土砂崩れに巻き込まれた。


 そして、その事故によるものか、耐え難い事実に心が自己防衛を図ったかは不明だが、茶希は記憶を失った。


 ローズの言葉がきっかけとなり、全て思い出した茶希は、泣いていた。情けない自分が嫌だったけど、涙が止まらなかった。


「ロディウス?」


 心配そうに声をかけるローズ。その細い身体を、茶希は抱きしめた。


「姉様、忘れててごめん。僕の命を助けてくれたのは、姉様だったのに。僕は、姉様を助けたいと思っていたのに」


「いいんだ。お前が無事だったなら。いいんだ。もう一度、お前に会えた。幸せに暮らせているのもわかった。十分だ」


 ローズは茶希をあやすように、優しく微笑みかけた。茶希は、ローズと紅がとてもよく似ていると思った。


「姉様は、母さん…炎の魔女に似てるね」


「え?」


 ローズは意外そうな顔をした。


 茶希の中の紅のイメージは、強い人。

 たとえたった1人になっても戦う。自分を犠牲にしてでも他人を助け、何でもないと笑う人。


「僕は、姉様を助けたい」


 抱きしめる手に力をこめる。

 茶希は思った。もう幼い子供じゃない。出来る事はあるはずだ。助けたい。ここで姉を助けられないならば、紅の助けになることだって出来ない気がした。


「おれも、参加、する」


 朱里がまた、ローズの頭を撫でていた。


「わ、私も!」


 朱里に負けじと、クレアがローズの左腕にしがみつく。


「ぷっ」


 ローズは我慢できず、吹き出した。


「ふふっ、うふふ、あははははは!」


 なんだろう、このくすぐったい展開は。なんでいい大人が皆してローズにくっついているのだろう。ローズは久しぶりに心から笑っていた。


 王の死去後に、後継者が不在であれば、国が乱れるのは解りきっていた。幸いロディウスもロザリアも、幼さゆえほとんど公式の場に出なかったため顔を知るものが少なく、国を守る為には、唯一金髪と金の瞳を持つロザリアが、ロディウスとして王位に就くしか無かった。


 あれから、こんな風に笑うことなど無かった。


 本当なら、バレない為にも茶希に早く彩に戻ってもらうべきなのだろうが、ローズは嬉しかった。


「ありがとう」


 だから、もう一度笑った。

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