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閑話
予兆。
知らない筈の何処か。
茶希は、夢を見ていた。それは、幸せな夢だったと思う。
いつも厳しいけれども、優しい姉。ピアノを弾いているところにこっそり入って、よく聴いていた。
姉はとても賢かった。父の補佐をするのだと、強い瞳を輝かせ笑っていた。
世話役の優しいおばさん。周りは親切で。茶希のお気に入りは美しい庭園だった。本当はあまり入ってはいけない所だが、秘密の抜け道があり、こっそり入り込んでいた。
母は、茶希を見ようとはしなかった。何か気に入らないことがあるらしかったが、茶希にはわからなかった。
それでも、幸せに暮らしていた。大好きな姉がいたから。立場上、表立って仲良く出来なかったけど。
姉が、手招きしている。
『…』
頭が急に痛み、茶希は目を覚ました。
周囲は深い闇に包まれていたが、目を凝らせば、紅も白亜も、シオン達もいる。
「なんで今更…」
もう過去なんて要らないのに。
母さん達と生きていくと決めたのに。
泡のように脆く儚い過去の欠片は、ただただ優しく、胸が締め付けられた。
茶希の言葉は、深い闇に吸い込まれていった。




