第16話
Side紅。
失われた過去。
邂逅の予感
天気は快晴。私たちは、彩と鋼の国境付近に来ていた。彩と鋼の国境とは、険しい岩山である。
「はー、疲れた」
白亜がその場にへたりこんだ。よく外に遊びに行くものの、兵士として訓練している朱里・朱花や薪割り、水汲みなど結構力仕事もしている茶希や私達に比べたら、白亜はダントツで体力が無い。しかも険しい山道であり、仕方ないことだろう。
「姫様、まだ半分も来てませんよ」
呆れた口調の茶希に、白亜は疲れて不機嫌なのもあり怒ったような口調で言った。
「仕方ないでしょう、こんなに歩いたこと無いのですもの」
「誰でしょう。ついてくるって聞かなかったのは。担いで行くのも大変だし、足手まといかぁ」
「う」
的確なツッコミに白亜はさすがに反論出来ず、ぶちぶち言いながら歩き出す事にした。
「そういえば、シオン様は平気ですの?」
白亜は私から針の話を聞いている。私も不思議だった。
「あ?昔は一応兵士だったからな。今でも体はそれなりに鍛えてるぜ」
「きゃあ!」
シオンは軽々と白亜を抱えて歩き出す。
「白亜ぐらいなら、担いでも楽勝だぜ?」
ニカッと白亜に笑ってみせた。
「歩くー!歩く!歩きますから、下ろしてー!」
さすがに恥ずかしいらしく、必死に叫ぶ白亜。シオンは聞こえないフリをしている。これから敵地に赴くというのに、なんだろう。この緊張感の無さは。
「ふふっ」
あまりにもほのぼのとした光景に、思わず吹き出してしまった。
「うふふ」
「はは」
「あは、は」
私につられて、朱里・朱花・茶希まで吹き出した。
「あー!もう!笑ってないで助けてくださいましー!」
白亜があまりにも必死に叫ぶから、思わずまた皆で笑ってしまった。
険しい山道に、暫くの間笑い声が響いていた。
山道の、少し広い道にさしかかった時、私はふと思い出した。
「茶希、貴方に初めて会ったのはこの辺りだったわよね?」
「え?そうだったかな。あまり覚えてないや」
茶希は、恐らく5歳位の頃にここで落石事故にあった。馬車に乗っていたようだが、車は粉々になり唯一茶希だけがかろうじて生きていた。事故によるものかは不明だが、茶希は記憶をなくしており自分の名前すらわからなかった。
結局身元がわからず、紅が育てることとなった。
「こんなとこで、何してたんだお前」
「ここで落石事故にあって、奇跡的に生き延びたのよ」
「あー、そっか。悪い」
「気にしてないよ。僕はその辺全然覚えてないし。僕は母さんの息子の茶希だ。それでいい」
茶希は穏やかに微笑んだ。過去なんて気にしてないよ、というように。
「でもよ、ここでって事は茶希は鋼の人間て可能性もあるよな」
「関係ないよ。僕は僕だから」
茶希は気にしなかった様だが、私はシオンの言葉にドキリとした。確かにここは彩と鋼の国境付近であり、可能性は十分すぎる程にある。
そして、私以外はこの場の誰も知らぬ事がある。茶希の身元がわからなかったのは、身元がわかるような品が全くなかったためである。旅人にしては軽装過ぎた。持ち物は旅費にあてるためであろう宝石のみ。
可能性としては、十分にあり得る。茶希は、鋼から何らかの事情で逃げて来たのかもしれない。
「母さん?」
「紅様?」
「紅?」
口々に私を気遣い声をかけてくれた。茶希の言葉を反芻する。そう、関係ない。茶希が何者であろうとも、私の大切な息子であることに変わりはない。この子は、私が守ってみせる。
「なんでもないわ」
笑顔と共に、私は強く決意をした。
守ってみせる。
今度こそ、大切なものを失ったりしないと。




